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第二十二話 フローライト・エゼルは発表する。

 普通、貴族の令嬢は料理などしない。

 しかしながら、保存食の研究に取り組んだフローライトにとって料理は仕事の一環だ。


「この際、調理の簡略化に高級缶詰を開発して披露するのはどうかしら」


 すでに遠乗りでも、遠方への移動でも美味しい食事をすぐにとれるよう、エゼルの缶詰は広く市場へ浸透している。

 ただし、あくまで保存食として、簡易な食事のためだ。貴族にとって緊急時以外に用があるものではないし、実際口にする機会などほとんどないだろうし、そもそも見る機会もほとんどないだろう。

 しかし、そのままでもより味わいのある缶詰ができれば、欲しいと考える人も出てくるかもしれない。


「エゼル家が缶詰の有名どころではあるけれど、専売しているわけではないし……。非売品で開始して、高級であればそのままエイダン様のお名前で事業を行っていただけるよう進言させていただけたりしないかしら……?」


 これは自分の宣伝場所ではなく、あくまでエイダンが主体だ。たまたま調理に強い補佐がいたというだけであれば、反論も防ぐことができるだろう。


「そうね、まずは缶詰は魚介を考えることにしましょう。そして肉類に関しては狩猟大会でも狩れるものを使いお腹にたまるものをお出ししましょう。レシピもご希望いただければ持ち帰っていただけるようにして……」


 口にしてみると、徐々に方向性は定まった。


「よし! これで計画書を書きましょう」


 酒のみの会をやめるといっても、酒をなくすわけではないので料理に合うワイン等の選定も必須だ。どうせなら、果実酒もラインナップに加えていきたい。



 そして五日後、エイダンに会えたフローライトはさっそくプレゼンを始めた。


「まず、今回はお酒もお料理も楽しめるように考えております。お酒好きな方へのおつまみとしてこちらのカナッペを計画しております」

「材料の一部は新鮮な魚介を現地で調理した缶詰を搬入か。……このメニューは缶詰なのか?」

「はい。レーションではまず使わない、星付レストランでも使用されるセキオウエビや珊瑚牡蠣のアヒージョ、オレンジフィッシュのハラススモークなどを、漁港最寄の料理人に協力を仰ぎ缶詰にする計画です」

「なるほど……。確かに、野外での調理では制限もある。つまみとしても種類が多い方が喜ばれるな。森で海のものを食す贅沢も、想定外だろう」


 エイダンは顎に手を当てた。


「料理人の協力は得られそうなのか」

「はい。もともと親交があったり、伝があったりいたしますので。そして、改良をお願いいたしますが、草案となるレシピは私がお渡ししております」

『現地で調理したほうが、鮮度を保つことができるのはわかる。調理法にも詳しいだろう。だが、あえて城外の料理人の協力を得るのはフローライトに要らぬことを言った奴がいるのではないか?』

(平然とそれらしくお伝えしたつもりなのに気付いてくださった……!)


 気付かれる要素より説得できるだけの理由が大きかったはずなのに、見破られかけていることにフローライトは戦慄した。


(さすがエイダン様だわ! けれど、これは気付かれたくはないのだけれど!)


 口に出さないのは確証が得られないからなのだろう。ならば、確信を得られる前にとフローライトは説明を続けた。


「実は甘いものも缶詰でご用意することを考えております。シロップ漬けの果物だけではなく、チーズケーキを計画中です。大会を見学なさる方にはご婦人もいらっしゃいますので」

「……これらの計画は事業としても成り立つと思うんだが」

「はい。殿下の主催された会でのことですので、もしよろしければ終了後は引き続き殿下にお取り扱いいただければと思います」


 終わった後もエイダンの役に立ち続けられる計画は最高だ。

 フローライトはそう思ったが、エイダンは目を見開いた。


「そんなことできるわけないだろう」

「……計画に無理がありますでしょうか?」


 それなら、仕方がない。

 もちろん今回の計画も却下された場合は自分の事業として継続するつもりではいた。料理人の協力を何も達成しないままキャンセルするわけにはいかない。

 そして落ち込んでいる暇もなく、新たな計画を練らないといけないという焦りはある。さすがに残された時間に余裕はない。

 だが、聞こえてきた声は想像と違っていた。


「不備はない。だが、私が貴女の功績を横取りすることに耐えられない」


 その言葉でフローライトは世界に花びらが舞うような気持ちになった。


「まったく問題ございません! むしろ、エイダン様がいらっしゃらなければ私がこのお仕事にかかわることはありませんでしたし、考えもしなかったのですから、思いつくこともなかったのです」

「しかし……」

「それに、エイダン様にはこの計画で一番重要なところをお願いしなければいけません」

「一番重要なところ、だと?」

「はい。味見役でございます」


 参加者を満足させると判断する、そしてエイダン自身に泥を塗らないためのもっとも重要な役目である。

 もちろんフローライトとてそれに見合うだけの品を用意する決意はあるが、最終的に判断を仰ぐ必要がある。


「味見、か」

「はい。こちら、私の手製ではございますが、すでに試作品は多く用意しております。つぎにお会いできる時までにはさらに改良を加えなければならないのですが、まずはご許可いただけるのでしたら、試食をお願いしたく存じます。もちろん缶詰だけでなく、他の料理もお願いしたく存じます」

「は……ははっ」


 それは、フローライトが初めて聞いたエイダンの笑い声だった。

 声を上げた時のエイダンは手で顔を覆っていたので表情は見えなかった。そして、手を外した時にはすでにいつもの表情が浮かんでいるだけだ。

 しかし、その声はいつもより少し張りがある気がした。


「重大な役目を残してくれたこと、感謝する」

(拡大解釈すれば手料理を食していただくという野望を含ませていたなんて言えませんね)

「だが、新たな仕事も頼むことになる。缶詰事業でのちに利益が出た場合、福祉事業として還元したい。相談に乗ってくれるか?」

「もちろん、お手伝いさせていただきます!」


 見てすぐに利益の再分配を考えることに尊敬の念を抱きつつ、フローライトは返事をした。


「今日中にほかの部分も資料は読ませてもらい、返事をする。明日は登城できるか?」

「もちろんでございます。では、本日はこれにて」

「用事があるのか?」

『ずいぶん急いでいるな』

(そんなつもりはなかったんですが……!)


 実際予定はあるが、忙しいエイダンの邪魔をしてはいけないと思った方が比重としては大きい。しかし、それを口にすれば責めているようにも聞こえかねない。


 ならばと、フローライトは当初の予定を口にした。


「肉料理に使うラビックスを買いに市場に行こうかと」


 狩猟大会でもよく狩れるラビックスは少々下処理は面倒であるが美味しいし、何より場面に合う。


「付き添いはいるのか?」

「いいえ。ですが、ただの買い物ですので」


 昼間の王都の治安は悪くない。

 道を逸れなければ警備隊がしっかりと目を光らせてくれているので、危険なこともないはずだ。

 それでも肉を買いに一人歩きをする令嬢などそうそういないだろうが、してはいけないという理由もない。


「待て。一緒に行く」

「え!?」


 それならデートになるのでは!?

 そう思ったフローライトの心は跳ねる。


(待って待って待って、でも、きっとエイダン様は私が買い物に慣れていないとか、肉が重たいとか、そういう心配をなさってくださっている……かもしれないけれど! 実質お買い物デートということに変わらないわ!)


 そうして心躍らせるフローライトはエイダンの心の声などすでに聞こえなくなっていた。

 しかし、それはフローライトにとってもエイダンにとっても幸いだった。

 

『こんなに可愛い令嬢を一人で行かせてナンパなんてされたらどうするんだ! 言い寄ってくる奴の一人や二人いないはずがないだろう!』


 こんなエイダンの心の叫びを聞いてしまったら、確実にフローライトは挙動不審になるだろうから。

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