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第二十一話 フローライト・エゼルは計画する。

 慰労会の資料を見て、フローライトが気になったのは料理の項目である。

 例年はさまざまな酒が振る舞われるが、料理はつまみ程度である。


(……お腹はすかないのかしら?)


 もちろん個々で用意しているものもあるだろうが、狩から続けて行われる会までに食べる時間があるのかが不明だ。

 空きっ腹に酒というのもよくないと思う。


(もちろん、これがいいという方もいらっしゃると思うけれど……。いつからこの形式なのかしら)


 そんな疑問を抱き、フローライトは書庫で過去の記録を探した。

 そして遡った結果、約二十年前に当時の騎士団長が慰労会の指揮をとったことが始まりだった。

 現在は隠居しているその元団長が引退後酒造りに励み、名産品を生み出したのはフローライトも知るところだ。


(ああ……だいたい読めたわ。酒盛り会になった後、そのまま来てしまっているのね)


 去年の主催も騎士団になっているので、前例を踏襲して今日まで来たのだろう。

 一応他の理由として野営で再現できるものでなければならないとの記載もあるが、通常野営で酒盛りはしない。


(この時期といえば建国祭も終わって溜まった執務を終わらせねばならない時期……。今年のエイダン様のようにあからさまでなくても王族方はなかなか手が空かないから、気になっていても変更計画を立て辛いわね)


 しかも、大義名分がなければ指揮をとる者を変更すると騎士団に伝えづらい。


(その結果、試験の一環として考えられるだろう私を側に置いているエイダン様に任命された、というのは考えすぎかしら)


 何にせよ、例年通り騎士団が準備を担っても問題がなかった催しをあえてエイダンの担当にするのだから、そのままでいいというわけではないだろう。

 直接任命したという王妃に会うことができれば本当の狙いもわかるはずだが、謁見の予定はない。


「いずれにせよ、変えても満足していただけるだけの準備をしないと」


 それに、フローライトには変えたい理由がもう一つある。噂程度でしかないが、エイダンが下戸だと聞いたことがある。

 しかし用意されているものによって、場が場であれば飲まざるを得ないかもしれない。それは避けたい。


 そして気合十分に書庫を出ようとドアを引いて開けた時、ちょうど正面から人が入ってきた。

 相手はフローライトと同世代か少し上に見える、料理人の格好をした女性だった。


(珍しい)


 もちろん料理人が書庫を使うこともあるかもしれないが、珍しいのはその格好だ。

 清潔さを考えると料理に関係ない場所へ行くのであれば着替えるだろう。また、万が一にも書物に汚れをつけないという意味でも然り。

 特に王宮料理人であればまず守るだろうことをしていないというのであれば、よほど急ぎの用件があると見える。


「失礼いたしました」

「お気になさらず」

 

 フローライトは柔らかく返事をしたが、次の瞬間思わず固まった。


『どこのどいつよ、エゼル嬢という奴は。書庫にいるって聞いたわよ』

(ここの私でございます)


 しかしフローライトには料理人に探される覚えもなければ、『どいつ』と言われるような覚えもない。

 手を挙げて名乗り出るわけにもいかないが、無視できることでもないのでフローライトは口を開いた。


「人をお探しなのでしょうか?」

「え?」

「失礼、そのようにお見受けいたしましたので。よろしければ一緒にお探しいたしましょうか?」


 相手も見ず知らずの令嬢からそのように言われるとは思っていなかったのだろう。突然の声かけに身構えていた。


『ご令嬢がどうして……。でも、都合がいいわ。ご令嬢ならエゼル嬢の顔もわかるかもしれない』

(私、顔も知らない方から恨みを買っていたのかしら……?)

「ご配慮、痛み入ります。フローライト・エゼル嬢をお見かけになりませんでしたでしょうか?」

「私でございます」

『貴様か!!』


 普通の令嬢に対しては普通に接するらしい女性が、どうして自分には攻撃的なのか。

 逆に興味深いとさえ思い始めたフローライトは優雅に微笑んだ。


「ご用件を、お伺いいたします」

「はい。実はこの度エイダン殿下が狩猟祭の慰労会を担当されるにあたり、貴女様がお手伝いをなさると耳にしたのですが、催事にかかわる宮廷料理人は王家の方々、そしてその命を受けた方の指示を受けるのが慣例となっております。ですから、何かございましたらエイダン殿下を通じてご命令ください」


 そんな表面上の言葉の裏では怒涛の勢いで別の感情が溢れ出ていた。


『貴女は王族じゃないんだから出しゃばらないでよ! エイダン殿下をお慕いしている体を装っているようだけれど、一体何を考えてるのかしら!? 余計なことをされたら迷惑甚だしいわ!』

(なるほど、要約すると怪しい者は排除したいということね)


 エイダンを慕っていることを疑われてもいるが、それはきっとエイダンを心配してのことだと前向きに捉えることにする。


(とはいえ、私はエイダン殿下の補佐に付くようご命令を賜ったわけだから、私も指示ができる立場にあるんだけれど……。もちろんエイダン様に確認を取りながら進める予定だけど、試作品の作成になれば一回一回確認をとるのは難しいわ)


 それはエイダンにとっても手間以外の何物でもない。

 かといって敵対心がかなり高い相手を言い負かせば、のちのち面倒なことにもなりかねない。なにせ、本来相手は敵ではないのだ。


(本当の王族なら舐められてはいけないときっちり伝えなければいけないけれど、私は違う。ここで必要なのは、うまく立ち回る方法だわ)


 なるほど、これも試験の一環なのだろうかと、フローライトは思った。


「かしこまりました。ご用件は以上でしょうか?」

「え? は、はい」

『どうして? 言い返さないの?』

「では、ごきげんよう」


 そしてフローライトはその場を後にする。


(料理を変更したいけれど、料理人には頼めない。かといって、アゼル家の料理人を使えば角も立つことでしょう)


 そうなれば、できることはただひとつ。


「私がメニュー開発に取り組みましょうか」


 それなら、まったく問題がないだろうから。

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