第二十話 フローライト・エゼルは挑戦する。
レニーの申し出の後、フローライトは父親に相談という名の結果報告の手紙を送った。
レニーはどんな役回りでも良いから仕えたいとのことだったが、立場を考えれば頼める役は限られてくる。
幸いなことにフローライトには乳母はいても侍女はいなかったため、彼女は侍女として収まることになった。
ただ、レニーの能力はフローライトにとってとてもありがたいものだった。商売についてレニーはとても詳しいので、フローライトの抱える事業の手伝いを任せることもできる。
もはや侍女というよりむしろ側近というような言葉が似合う働きを見せてくれている。
そしてそのように新体制を確立していると、あっという間にエイダンとの定例お茶会の日がやってきた。
「……実は、スネイル嬢から辞退の申し出があった」
顔を合わせた時からどう切り出そうか悩んでいたことは気付いていた。
(きっと候補者が減ったから私が認められる可能性が高まったというわけではない、ということをどう伝えるかまよっていらっしゃったのよね)
今日もエイダンの側では緊張して何を考えているのかなど読めないが、想像はできている。
普通、候補者が減ったのであれば他の候補者が選ばれる可能性が高まる。だから言いにくいわけではないだろう。
しかしフローライトはその程度のことは想定していたので、逆に気を使わせて申し訳ないとさえ思った。
「存じております」
「そうか」
「余談ではございますが彼女は私の侍女となりました」
「は?」
エイダンの反応は至極素直なものだろう。
フローライトもエイダンの立場なら同じことを思うだろう。
「彼女からの強い要請がありまして……」
「そうか」
「はい。仲良くさせていただいております」
「……そうか」
なんとも言えない空気になった気もするが、少なくとも反対されている様子は感じられないので、とりあえずはほっとした。
婚約者候補同士が組んで何かを企んでると誤解される可能性もゼロではなかったため、ただただエイダンから聞こえてくる『そうか……』という声の連呼はその不安を消してくれる。
「ところで、二か月後に狩猟大会があるのは知っているか?」
「はい。存じております」
自身以外の家族が参加することもある王家主催の定例狩猟大会のことは、フローライトもよく知っている。
「そのことに関連し、王妃陛下から私に慰労会の主体となるような指示があったのだが、同時にあなたを補佐にするよう指示もあった」
その言葉にフローライトは目を瞬かせた。
狩猟大会の慰労会は、慰労会といっても大きなものではなく、簡単な食事を提供し、歓談の席を設けられるものだと兄姉からは聞いたことがある。
(けれど簡易とはいえ、王家の一員ではない私が関わるよう命じられたのは、候補者としての試験の一環ということよね)
しかし大事なことは試験であることより、エイダンの評価に関わる部分に自分が関与するということだ。
「大まかな流れは私も知っているが、王妃陛下いわく、例年通りでなくて構わないとの説明があった」
(ということは、むしろいつもと同じでないほうがいいのね)
「そして……言いにくいが、私はあまり時間がとれない。国王陛下から、多数の視察を命じられた」
「かしこまりました。でしたら、私が予定のたたき台を作成させていただき、ご確認いただく形でございますね」
「すまない」
「何をおっしゃるのですか。エイダン様は職務に励まれているだけではございませんか。私は喜んでお手伝いさせていただきたく存じます」
むしろ国王陛下がわざとエイダンにあまり時間をとらせないようにしたのだろうということは想像できる。
これはフローライトの能力を見るための課題だ。エイダンが主体となればそれが測れなくなる。
(エイダン様の評判を下げるわけにはいかないわ。少なくとも、エイダン様にご納得いただける計画をご提出しないと!)
そう気合を入れると、僅かにエイダンの声が届いた。
『忙しいだろう面倒な役割を担わせるなど、迷惑以外のなにものでもないというのに……。しかも、彼女が興味なさそうな狩猟大会だぞ』
(ああ、相変わらずお優しいこと。けれど、私はエイダン様のお役に立てるならなんでも歓迎だわ)
ただ、これを言ってもエイダンが信じるとも思い難かった。
本来緊張で聞こえないような状況下でも耳に届いてしまうほど、エイダンはそう強く思っているのだ。ならば他の言葉で気持ちをかるくしてもらうしかない。
「では、エイダン様。よい慰労会が開催できましたら、私にもご褒美をくださいませ」
「何かほしいものが?」
「私、お腹がいっぱいになるまでいちごのケーキを食べてみたかったのです。エイダン様もお付き合いいただけますか?」
半分は本気、半分は気が軽くなるように。
そう思ったフローライトの提案にエイダンは目を丸くした。
「あ、ああ。構わない」
『だめだ……。好きすぎる』
エイダンの心の声にフローライトは笑った。
(よかった、ダメと一瞬聞こえたからびっくりしたけど、エイダン様もいちごのケーキは大好きなのね)
なぜか甘いものを人前で食べることを恥ずかしがる男性は少なくない。エイダンも甘いものが大好きなことを気付かれたくないのかと思ったフローライトは机をバンバンと叩きたくなる気持ちを必死で抑えた。
(だめ、やはりエイダン様は可愛すぎるわ)
そんな彼女は、やはり自分へ向けられた好意に微塵も気付かないままだった。




