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第十九話 フローライト・エゼルは語り損ねる。

「レニー様、大丈夫でございますか?」

「え、ええ。ありがとう。こうもあっさり、懸念が消えるとは思わなくて」


 しかしそう告げたのち、レニーは俯いた。


「フローライト様は素晴らしいですね。私は、ずっと近くにいたのにこのようなことには気付けませんでした」

「灯台下暗し、近くにいるからこそわからないことはよくありますわ。それにいくらあの方々の性格が悪くとも、彼女らのおかげで助かったとも思わされていたのですから、そこまで悪い人間だと思うほうが難しかったでしょう」


 だから気付かなくてもレニーのせいではない。

 そう言葉に含ませながら、一方でフローライトは別のことを考えていた。


(逆に遠ければ伝わる、ということでもないけれど。例えばエイダン殿下の素晴らしさとか、素晴らしさとか、素晴らしさとか、なかなか広まらないことが本当に悩ましいわ)


 世の中そう簡単にいかないものだということは思い知らされているが、そう思わずにはいられなかった。


「フローライト様。落ち着きましたら、ぜひお礼をさせてくださいませ」

「いいえ、結構です。お礼なんて、とんでもないことでございます。勝手にさせていただいたことですから」


 実際、最初はレニーの不安を取り除きたかったという気持ちからの行動であったが、その動機もしくは原動力はその後エイダンについて語り合いたいという野望からだ。

 しかも調査の過程で自国にも悪影響を及ぼしていることが判明したのだから、むしろ礼はされるものではなくすべきものになっている。


「ですが、私が助かったのは事実です」

「では……今度、改めてお茶会をしていただけませんか?」


 そして二人で語り合いたい……そう思っていたのだが。

 なかなか思い通りにはいかないのがこの世である。



 ※※※



 後日フローライトはレニーを屋敷に招待し、改めてお茶会をすることにしたのだが、そこで思いがけない土産物を示された。


「レニー様、こちらは何でございましょうか?」


 数十枚に及ぶ紙の束を、フローライトは首を傾げて眺めてみた。

 なかなか上等な紙であるのは明らかであるが、フローライトには紙束を受け取る予定はなく、これが一体何なのか想像がつかない。

 しかし戸惑うフローライトとは対照的にレニーは自信に満ち溢れた様子であった。


「これは私の気持ちです」

「お気持ち、ですか?」

「はい。フローライト様にお仕え致したく、思いの丈と特技など、思いつく限りのことを書き記して参りました」

(なんですって?)


 フローライトは使用人を募集したことはない。

 そして、たとえ募集していたとしても同じ婚約者候補を使用人にしようとは思わない。

 それは相手を冒とくしているようなものではないか。


 それなのに、なぜこのようなことになっているのか。

 それがそのまま顔に出てしまっていたからか、レニーは「読んでいただければわかりますわ」と、フローライトに紙束を読むよう勧める。

 その言葉になんとか笑みを浮かべながら紙束を手に取れば、レニーからは一層大きな心の声が飛んできた。


『やったわ! 見ていただける‼︎』

(ここで見ないと言えるほど、私も空気を無視できません……!)

『御恩の返し方はわからないけれど、お仕えさせていただき全身全霊で尽くさせていただくことが一番だわ!!』

(いえ、返していただく以前に本当にそんなに思っていただくものではなくて……という以前に、そんな想いを抱いていらっしゃるならもっと強く気にしないでほしいとお伝えしなければいけないのかしら!?)

『これでお姉さまの婚約の継続も、我が家の置かれた状況も改善したのだもの! 思い残すことはないし、婚約者候補からも辞退させていただくし、完璧だわ』

「え?」


 重ならない思いからまさかの言葉が聞こえ、フローライトは思わず声を漏らした。


(候補者から辞退なさるって……!?)


 しかしレニーは当然、そのことに対する反応だとは思わない。


「しょ、少々分厚くなってしまったことは承知しておりますが、これも熱意ゆえと解釈していただければ」


 少し恥ずかしがりながらレニーは言うが、フローライトもそんな様子に構ってはいられない。


 聞き間違いかもしれない。

 けれど、そうでないのであれば大変なことだ。


「レニー様のご厚意は大変ありがたく思いますが、同じ婚約者候補であるにも関わらず私にお支えくださるとなれば、レニー様に不利益が生じる恐れがあります」


 辞退は何かの間違いだと、フローライトは言葉を選びながら尋ねた。

 そしてたとえ辞退が間違いであったとしても、仕えたいと言ったことは聞き間違いではない。

 ならば、それは思いとどまってもらわなければならないことだ。


 だが、レニーは満面の笑みを浮かべた。


「それでよいのです。私の一番の目的であった、お姉様の幸せは守られ、元義妹の狙いの阻止は叶いましたから」

「で、ですがエイダン殿下のことは好ましく思っていらっしゃるのですよね?」

「もちろん良い方だと思っておりますが、目的が達成されている以上、他に相応しい方がいるのであれば無駄な争いをしたいわけでも、絶対に輿入れしたいわけでもありませんし……何より、私はエイダン殿下よりフローライト様と親しくなりたいと思っておりますわ」

『すべてはこのために、私は尽くしてきたのかもしれない』


 そんな強いレニーの心に、フローライトははっきりと圧されていた。


(待って待って待って、エイダン殿下への輿入れをしたいわけでもないって……ああ、それは私も恐れ多いという気持ちでは同じだけど! でも、殿下より私と親しくしてくださりたいっていうことは……私と熱量が相当違うということ……!?)


 それだと、熱く語り合うという当初の野望は困難なのかもしれない。

 そう思ったフローライトの脳内ではガラガラと何かが音を立てて崩れていく気がした。

 せっかく巡り会えたと思った同志が実は勘違いだったというのは、あんまりだ。


(で、でも、まったくお話ができないわけではないわ。だって、他にも候補がいらっしゃった中からエイダン殿下を選ばれているし、そもそも語学の習得だって一朝一夕でできるわけではないわ。そうなると、お姉さまのことがある以前から殿下のことを想っていらっしゃったとも考えられるじゃない。そう、たとえ交易の関係上こちらの言葉を学んでいたという可能性があったとしても……)


 しかし、そう考えながらフローライトももはや言い訳を考えている状態であることには気付いていた。

 語り合う仲間ではない。

 その事実はひどく衝撃的で、現実を受け入れ難いと思ってしまう。


「フローライト様、これからもよろしくお願いいたしますね」

「こ、こちらこそよろしくお願いしますね」


 精神が正常な状況であれば、断る理由を考えただろう。好意的なレニーの申し出はありがたいが、彼女の本当の利にはならないと思うからだ。


 だが、今のフローライトにその思考能力は残っていなかった。ただ、喜ぶレニーを見ていると『まぁ、いいか』とさえ思ってしまうほどだった。

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