第十八話 フローライト・エゼルは招待する。
そして、レニーの義母と義妹が入国する日がやってきた。
船が到着する頃、フローライトは王宮の一角でレニーとお茶会の準備をしていた。
本来であればただの婚約者候補同士で、城の一角を借りてお茶会を催すなどできることではない。けれどエイダンを通じとある情報を伝えたところ、快く場所を借りることができ、今に至る。
場所が場所だけに、今日はアレグザンダー語での会話となる。
ここで他国の言葉で会話しようものなら、何か悪さを企んでいると考えられても文句は言えない。もっとも、そのような心配をされないからこそこの場を借りることができてはいるのだが。
「善は急げと思いまして、港へ使者を派遣しました。今日、レニー様と王宮でお茶会をするので、お疲れでなければどうぞとお伝えしました」
「ありがとうございます。きっと、二人はやってきます」
『下手をすれば王宮で迷ったと言って、勝手な場所まで行きそうね』
そう口にしたレニーに、フローライトは苦笑した。
本来であれば到着当日に呼ぶなどどうかしていると思うのだが、早く解決しておきたいという気持ち以外に、あまり良いとは言えない人物に国を散策してほしくないという気持ちもある。
そんな話をしていると、遣わせていた使者の一人が急ぎで戻ってきた。
いわく、二人はここに向かっているとのことらしい。
「では、打ち合わせ通りで。念のためですが、御二方もアレグザンダー語でも問題ございませんね?」
「はい。実家の仕事の関係もあってでしょう。私より堪能です」
「ならば、片付くのも早そうですね」
そう話した後、決戦前にフローライトたちは先に一杯ずつ紅茶を飲んだ。
気合いはすでに、十分だ。
※※※
やがて現れた二人組は、まるで事前に声がかかることを想定していたのかという程のドレスアップ具合であった。
(綺麗と言えば綺麗だけど……これが通常なら、相当派手ね)
肌の手入れも大変そうだと、ある意味感心しながらフローライトは二人に挨拶をした。
「ようこそおいでくださいました。私、フローライト・エゼルと申します」
「お招きありがとうございます。長い船旅で退屈していたので、ありがたいお申し出に感謝しますわ。私はリーネル・スネイル。こちらは娘のミリアです」
「初めまして、フローライト様。お招きいただき、感謝申し上げます」
感謝の言葉を口にし、極上の笑みを浮かべている母娘にフローライトは感心した。
(見事に心の中と顔が一致していないのも、ここまでくるとあっぱれとしか言えないわ)
二人の心の中は数々の不満が渦巻いていた。
『疲れてるのにどうして今日なのよ。今日しかないって言われたら、乗り込まないわけにいかないじゃない』
『こんなお茶会さっさと終わらせて、金の香りがするところを探さなくてはいけないわね。王宮に入れることなんてそうそうないんだから、チャンスは逃せないわ』
(さすが母娘。思いは一致しているのね)
できれば善良な方向にそれを伸ばして欲しかったと思っていると、ミリアが急に手を合わせて音を立てた。
『そうだわ。この苛立ちを解消するためにも、お義姉様に困って頂かなくては』
そんな声が聞こえた直後、ミリアは口を開いた。
「このお茶会はフローライト様がお誘いくださったのですよね? ありがとうございます」
「お気になさらないでくださいませ。それに、私が、ではなくレニー様と私が、が正解でございますので」
「え? お義姉様が? 普段はお誘いくださらないのに……どのような風の吹き回しですか?」
そう口にするミリアを見て、フローライトは『予想を裏切らない性格の悪さね』と再び感心する。
ぶりっ子にも見える仕草に庇護欲をそそられる者もいるかもしれない。
ただ、フローライトから見るとお遊戯の延長に見える。あまりにも演技が拙い。
「普段は誘わないのではなく、普段はお茶会自体をしないのだから誘えないことは知っているでしょう」
「ああ、そうでしたか。お義姉様に、ご友人はほとんどいらっしゃいませんものね」
『そんなお義姉様がこの国で王子妃になるなんて不可能なのよ。でも、候補者から外れても家には入れてあげないわ』
優位に立って得意げなミリアに一言言いたいが、今はまだ頃合いではない。
フローライトはグッと堪え、けれどこれ以上の無駄話は精神衛生上良くないと本題に入ることを決めた。
「実は私、今日はリーネル様にお伺いしたいことがあるのです」
「何なりと。その代わり、私も後でエゼル家のお話を聞きたいわ」
そう言われて、フローライトはにこりと微笑んだ。
「では、遠慮なく。七年前のスネイル家の商船が難破した事件について、お尋ねいたします」
『え……? なぜ、それを今……!?』
明らかな焦りの気持ちを聞かせたリーネルにフローライトは時間を与えない。
「あの難破事故の後、夫人のご実家であるシーフィル商会は非常にご活躍されたと聞き及んでおります。やはり、困ったときは助け合うという互助の精神に基づいてのものなのでしょうか」
『なんだ、その程度のことなのね。焦ったわ』
急激に張り詰めた表情を和らげながら、リーネルは微笑んだ。
「もちろんよ。目先の利益だけを追っていては、先が知れているでしょう?」
優雅にもっともらしいことを言うリーネルに「まさにその通りですね」とフローライトも相槌を打つ。
「ですが、その先にあることが悪事である場合は、まったく感心致しませんね」
そう微笑めば、リーネルは目を見開く。
「あなた、失礼よ。その言い方だとお母様が何かをしたようじゃない」
「あなた方が何をしたとは言っておりません。一般論の話ですよ」
フローライトはそう言って、こともなげに紅茶を一口含む。
『何を知っているというの』
ただ怒るミリアとは対照的にリーネルは内心焦り始めていた。
それならとフローライトは照準をリーネルに定めた。
「スネイル夫人。私のお話、もっと聞いていただけますか?」
「そうね、なかなか興味深い内容だわ」
『大丈夫、カマをかけられているだけよ。小娘如きが、わかるはずがない』
その気持ちごと把握できる現状にフローライトは、絶対に容赦しないと心に決めた。フローライト自身が小娘と思われること自体は大したことがないのだが、そのような言葉がすぐに出てくるということは、普段からレニーに対してそう思っているからだろう。
「実は不思議なことが判明したのです。当時のスネイル家の船に積み込まれているはずだった高価な品々が、後日別の商会により我が国に持ち込まれたのです。我が国の商人たちはスネイル家の船が沈んだため、代替品が手配されたとの説明を受けていました。しかし実際には沈没した船に乗っているはずだった品物が届いたのです。不思議ではありませんか?」
「再手配されたものなのでしょう? 同様の商品を届けることなら、記録をたどれば難しくもないではありませんか」
「ええ、再手配ならそうでしょうね。だからこそ今まで気付かれていなかったのでしょう。……でも、それならどうしてスネイル夫人の実家が営むシーフィル商会経由で、沈んだはずの品物と同じシリアルナンバーが入った品物が届いてしまったのでしょうね?」
一層顔色が悪くなったリーネルに、フローライトは懐から懐中時計を取り出した。
「まさか私の持ち物が関わっているとは思っていなかったのですが……当時のスネイル家の帳簿に、偶然にも私の持ち物がございまして。こちらで輸入業を営む宝飾店の店主も几帳面な方ですので、他の商品とともにシーフィル商会経由で得た記録を残していらっしゃいました。また、他の方にもお声をおかけいただきまして照合作業をさせていただきました」
「そ、それは随分不思議な話だこと。偶然でしょうね」
「私の想像では、すでに沈没することを知っていた方が高価な荷物をくすね、国外で売り捌いていたのではないかと思っております。結構な額となれば、そのままスネイル家に支援金だと言って恩を得ることもできますね」
もはや『お前、当事者だろう』と言っているフローライトをリーネルは睨みつけた。
「面白い話かと思っていたけれど、不快だわ。侮辱を受けるほど、私は暇ではなくてよ」
「では、貴女の立場からのお話をしてくださって結構ですよ。取り調べのお部屋をご用意しておりますから」
「そのようなところに行く必要はありません。証拠もないでしょう?」
確かに、単にシリアルナンバーが同じ懐中時計があるというだけで留め置くのは難しい。
だがそんなことは承知していたので、別の理由も用意している。
「では、まずは人身売買の件でお話をお聞きする形にしましょうか」
「!?」
そしてフローライトが手を挙げると、それまで待機していた騎士がやってきた。
「別室に証拠となるものは揃えてあります。お話を聞くのは私ではなく、専門の者ですからご安心くださいませ」
「私は知らない!」
『どうしてバレているの!?』
心の声が聞こえなくても、焦っている顔は明らかにおかしい。
フローライトはにこりと微笑んだ。
「人身売買に関して法で禁止されていることはご存知ですね。お時間はたくさんございますから、ゆっくりお話しくださいませ。なお、帳簿などはリーフェ王国にも写しをお送りいたしますので」
話を聞かないフローライトに苛立った様子のリーネルはレニーを睨みつけた。
「レニー! あなたも私たちを陥れる気なの!?」
「人聞きの悪いことを仰らないでください。私はたとえあなたが罪を償っても許す気はありません」
リーネルに負けないほどの強い瞳でレニーは反論した。
「お父様もすでにご存じです。離縁の届出を済ませ、既に認められていることも併せて教えて差し上げましょう」
二人が来るまでの間にそれほどのことを済ませているとは思わなかったのだろう。
目を見開いたリーネルと、状況が呑み込めていないミリアはそのまま騎士たちに連行された。
ミリアは何かの間違いだ、妬みからの陰謀だ、と叫んでいるが、その姿がフローライトには滑稽に見えた。
「陰謀も何も、ミリアも他に詐欺を働いていたのだけれど……。まぁ、今からきっちり説明を受けてもらえますでしょう」
そう言いながら、フローライトはレニーを見た。
レニーは気どころか魂の抜けたような表情になっていた。




