第十七話 フローライト・エゼルは推察する。
「'''……貴女はどこまで知っているの?'''」
「'''知っていることは基本的事実のみで、レニー様のお困りごとについては想像でしかございません'''」
「'''構わないわ。言ってみて'''」
『本心でそう言っているのか、適当にカマをかけられているのかわからない状況でこちらからは言えないわ。でも、助けになる可能性があるなら無下にはできない』
真剣なレニーの瞳を見て、フローライトは優しく微笑んだ。
「'''では、遠慮なく。困りごとは、義妹のミリアさんの件だと考えています'''」
「'''…続けて'''」
「'''ミリアさんはレニー様のお姉様、ジェニー様と婚約者の立場を入れ替えてほしいと要求されているのではありませんか?'''」
『なぜわかったの!?』
(どうやら、当たりのようね)
実際のレニーからは強く動じた様子は見られないが、心の中まで嘘はつけていなかった。
「'''本来であればそのような願いは当主が一蹴すれば済むことでしょう。けれど金銭援助の関係で、後妻さんの権力が家の絶対条件になっているのではありませんか?'''」
「'''……その通りよ'''」
「'''それは困りごとですよね。いろいろな意味で'''」
現婚約者のジェニーがミリアと入れ替えられれば、今後貴族の間で後ろ指を差されることはほぼ間違いない。心に傷を負うだろう。
そもそも王家に婚約者を交代させたいと進言することはスネイル家として大きな問題になる。娘を交代させることは単純な話ではなく、一度王子に婚約解消を認めてもらう必要が生じるのだ。不興を買ってもおかしくはない。
(カイから仕入れたお話でほぼ確信は持っていたけれど……実際に聞いても、やっぱり信じられないわ)
なぜこんなことが理解できず、欲に忠実であるのか。
それがミリア母娘に対する印象だ。
『そうよ、その通りよ。諸々一般的な問題に加え、自己中心的なミリアは性格も悪いわ。養子になる前から新興貴族だったとはいえ、まだ当主は一代目。周囲が黙らざるを得ないような人格者ならともかく、彼女は絵にかいたような成り上がり。このままでは平民に対する偏見を助長しかねない。でももう、引き伸ばしも限界まできているのよ。計画もこれ以上待てないのよ……!』
性格が悪く幼いという話はフローライトもカイから得ていたが、そこまで悪いとは聞いていなかった。
ただ、内容が内容なので、どこまで性格が悪くても不思議には思わない。
「'''……エイダン殿下の妃になりたいというのは、姉の婚約を地位ある方から祝福していただき、絶対のものにしたいからよ。他国の王子……しかも妃の妹の夫に祝福を受けた婚約となればどのような汚い手を使っても変更などできないでしょう'''」
「'''なるほど'''」
「'''こんな、やましい思いを持っている者はエイダン殿下の妃にふさわしくないとでも言いたいのかしら?'''」
ややぶっきらぼうに言うレニーに、フローライトは首を傾げた。
「'''どこがやましいのでしょう?'''」
「'''はい?'''」
「'''レニー様は副次的な目的を持っていらっしゃいますが、計画の相手にエイダン殿下を選ばれたのはエイダン殿下の素晴らしさを知り、妃になりたいと思われた心があるのは本当でしょう? そうでなければ他国でも構わないではありませんか'''」
「'''まあ……確かに選びはしましたが。けれどそれも、ある程度文法が似ている国で人気がなく付け入る隙もありそうかつ私が国外に行くなら嬉しいと義母と義妹が思ったから消去法で…… '''」
「'''選ばれたなら、それだけで意味はございます! だから、解決した暁には色々と語り合いましょう?'''」
「'''解決ってどうやって!? 私だってどうにかできるならとうにしていたわ'''」
「'''おそらく、大丈夫です'''」
「'''でしょう……って、え!?'''」
『何言ってるのこの子!?』
レニーの驚きがわからないわけではない。
少なくとも手段があるならとうに実行していたことだろう。
だが、対象者のそばにいるからと言ってすべて把握できるかと言えば、そうでもない。
「'''次の連絡船で問題の御二方がこの国にいらっしゃるとの情報を得ました。間違いありませんか?'''」
「'''……ええ。よく知っているわね'''」
「'''でしたら、そこで片を付けてしまいましょう'''」
「'''そんなに早く!?'''」
「'''だって、早いほうがいいではありませんか'''」
信じられないと言うような顔をするレニーに、フローライトは自身が持つ情報と予定を伝えた。
話を聞き終わってもなおどういう表情を作れば良いのかわからない様子のレニーだったが、ゆっくりと口を開いた。
「'''あなたの目的はなんなの'''」
「'''それは、もちろんレニー様と仲良くなることですわ'''」
そして語り合う仲に発展させたいと、フローライトは心の中で言葉を続けた。
口にするためには、少なくともこのミッションを完遂させなければいけないのだから。




