第十二話 フローライト・エゼルは乗り込まれる。
(あらまぁ! とても元気なご令嬢だわ)
メイドがフローライトに状況説明をしている間にも、レニーの声が部屋まで届く。
「お、お嬢様……いかがなさいますか?」
「それはもちろん、お会いしたほうが宜しいでしょう? どうしたの、顔色があまり良くないようだけれど……?」
「お嬢様こそ大丈夫なのですか!? 殿下の婚約者候補という者が来ているのですよ!?」
「そうね。確かに突然いらしたから、そのことには驚いているけれど……ただ、ほかに候補者がいらしても不思議ではないと思うのだけれど……?」
仮に候補ではなく本当の婚約者であったなら、何事かと思ったかもしれない。だが、現状はそうではない。エイダンは関係解消を自分から言わないと心の中で思っていたが、婚約内定だと思っていたわけでもない。
そもそも妃選びとなれば本人の意向だけではなく王や王妃の考えも強く反映されるだろう。
(むしろ殿下の婚約者候補が私一人となれば、少なすぎるわ)
そのような前提がある以上、他の候補者の存在を知ったことは、意外というより必然であった。
ただし、レニー・スネイルが候補者であったのは驚きだ。
フローライトも面識があるわけではないが、その名は耳にしたことがある。
(いずれにしても長々と待たせては面倒なことになりそうだわ)
そう考えたフローライトは賑やかなエントランスへと向かった。
「お待たせいたしました、レニー様。お初にお目にかかります、フローライト・エゼルと申します」
「待ったというほど待っていないわ。それより、突然の訪問にもかかわらず出てきてくれるなんて、あなたは律儀な人なのね」
(あら、意外だわ)
事前の断りなく乗り込む程なので、もう少し身勝手な相手なのかと思ったが、自身の無茶な振る舞いを客観的に理解しているらしい。
「立ち話もお疲れになりましょう。応接室へご案内させていただぎすね」
「けっこうよ。一言ご挨拶を申し上げにきただけですから」
その言葉と共に彼女の方からとてつもない量の言葉が流れ込んできた。
『エイダン殿下の妃は私なのよ! 国が違って言葉が違うハンデを乗り越えるために勉強しにきたんだから! でも細かい言葉なんてわからないからシミュレーションしてきた返答しかできなくて長時間話すなんて無理だけど!! だから言い捨てて帰りたいんだけど!!』
怒涛の言葉にフローライトは一瞬驚いたものの、歓喜した。
(レニー様はエイダン様に言葉の壁を乗り越えるほどの魅力を感じでいらっしゃるのね!?)
そう。
フローライトが最初に意外だと思った理由は、スネイル家は隣国リーファの名門貴族であることだ。
国際結婚が珍しいわけではないものの、それらは両家の間に取り交わされるものである。あえて国外から『候補者』として迎えるとは考えにくい。迎えるのであれば、確定した婚約者としてだろう。
(でも、今のレニー様のお気持ちで理解したわ。レニー様はご自分で婚約者候補に名乗りを挙げられたのね……!)
それならば選考の対象にしても問題はないのだろう。
「あなたの手腕は私も聞いているわ。けれど、私も負けるつもりはありませんので」
『しゅわん……でよかったわよね? 違う言葉だったら、……まぁいいわ。変な顔はしていないし、間違えていないはず』
おそらくレニー自身は母国語で考えを巡らせているのだろうが、フローライトの心を読む力に言語は関係ない。
だからこそ、レニーの努力に感服する。心の中の可愛らしい様子とは異なり、表面上は非常に勝気な令嬢のように振る舞っている。
それほどこの場で負けてたまるかという想いを秘めているのだろう。
もっとも、エイダンの役に立てる働きをしたいと願うフローライトの熱量も決して負けてはいない。
ただ、フローライトは張り合うタイプではない。
(同志がこんなところで見つかるなんて……!)
激しく感動したフローライトはレニーの堂々たる宣言をただただ喜ばしく感じていた。
そして、礼には礼で返さなければと思いながら口を開いた。
「'''ご訪問、心より感謝申し上げます'''」
「え?」
「'''加えてレニー様の母国語ではなく、私たちの国の言葉でお話しくださったことに感謝申し上げます。ですので、私もお返事はリーファ国の公用語でお話しさせてくださいませ'''」
実はフローライトは語学が得意である。
外国語を学ぶ令嬢は珍しいと思うが、様々な地の商人と交渉する時には多くの言葉が使えたほうが便利かつ有利になることがあるので、フローライトは力を入れていた。
だからこそレニーも母国の言葉が返ってくるのは想定外だったらしく、目を丸くしていた。
(とはいえ、珍しいのは国内でのお話よ。現にレニー様もこちらの言葉を学ばれているし、リーファ国で珍しいかどうかは知らないけれど……)
だが、相手の言葉が話せるかどうかは今は大して重要ではない。
それよりも気になることがあるのだ。
「'''失礼ですが、一点ご質問が。レニー様は他の婚約者候補の存在について、どこからお聞きになったのでしょうか?'''」
そう。
自分は聞かされていないのに、なぜレニーが自分のことを知っているのか。
それがただただ疑問だった。




