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第九話 フローライト・エゼルは再再会する。

 再会の日を一日千秋の思いで待ち侘びることになるとフローライトは当初思っていたが、実際は一瞬で当日になったと感じていた。

 前回の花季祭の時と同様、色々と準備をしていているうちに面会の日が来てしまったと言うわけだ。


(万全とはまだまだ言えないけれど……できることはすべて、行ったはず)


 対話のシミュレーションや、佇まいをよくするための身体の鍛え直しもしっかりと実施した。エイダンに提出するつもりの自身の事業のあらましについて何度も書き直しているうちに、うっかり爪と皮膚の間にインクをつけてしまうミスも犯したが、手袋一つで隠せるものなので大したことはない。


「手袋はいいわね。ペンだこも隠せるわ」


 気合が入りすぎた結果普段の何倍も強く握っていたこともあり、指先に令嬢らしからぬものを作ってしまったが、これで問題なくなるのであればそもそも問題がなかったに等しい。


 王都の屋敷から城までは王家の馬車が迎えにやってきた。

 そして城に到着すればすぐに騎士が案内をしてくれる。


 そして……案内された先に、エイダンはいた。


(エイダン殿下……‼︎)


 前に挨拶をしてから二ヶ月も経っていないし、実際この瞬間まではあっという間に今日が来たと思っていたが、エイダンと顔を合わせることができた感動は前回数年ぶりに会えた時と同じくらい大きかった。


(この想いを熱く語りたい‼︎ けれど、今勢いよくそんなことをしては殿下に驚かれるわ)


 時間はある。

 ひとつひとつ、時期を見定めながら口にしていく必要があるのはフローライト自身理解している。

 そして、今一番必要なことは婚約者となってもふさわしい振る舞いができるかどうか示すことだ。


「再び殿下とお話しさせていただく機会を頂戴できたこと、誠に光栄と存じます」


 本当であれば、拝謁を許された至高の喜びだ。

 ただ、うまく伝えられなければ顔にしか興味がないと誤解されかねないため、そして話せることは事実嬉しすぎることであるから言葉にまったく偽りはない。


 エイダンは相変わらず無表情だ。


 心の声は聞こえない。

 ただ、それはエイダンが何も思っていないからというわけではないし、フローライトが自分の意思で制御しているわけでもなかった。

 以前と同じく、フローライトの心臓が大暴走してまったく心の声を拾い上げられないだけだ。


(ああ、やはりご年齢よりも幾分も落ち着いておられ、大人びていらっしゃるわ)


 エイダンと目が合ったフローライトは微笑んだ。


「話すために呼んだわけではない」


 その言葉に、フローライトは確かにそうだと納得した。王家側としては話すこと自体より適性検査もしくは試験というほうが近いのかもしれない。

 そう考えると少し心が落ち着き、同時にエイダンの声が聞こえてきた。


「そなたは婚約者になった。不服なら申し出よ」

『いや、こんな言い方では高圧的すぎるだろう!! 彼女に選択肢を与えたいなら、もっと柔らかく言うとか、あるだろう!?』


 フローライトはその心の声を聞き、思わず目を瞬かせた。


『ほら見ろ、怖がっただろうが……。私は怯えられる表情しかできないのだから、せめて言葉だけでも……ああ、口下手なのが恨めしい……!!』


 もちろん、まったく怖がってなどいない。


『こんなに怖がらせるような男の婚約者など嫌に決まっているだろう? 気の毒で仕方ないじゃないか。しかし、勝手に話をすすめた父上と母上は何を考えているのだか……』


 この間もエイダンの表情は僅かにも動いていない。

 フローライトも驚きのあまり固まったが、脳内はお祭り騒ぎになっていた。


(え……? 殿下の内面は全然クールではないじゃない! こんなに可愛い方だったかしら!? 昔より可愛さに磨きがかかっているわよね!? こんなギャップ、世界一可愛いに違いないわ……‼)


 叫びたくなるほどの気持ちがなんとか表面に出なかったのは、エイダン本人にとっては不本意ながらも無表情でいたからだろう。

 フローライトにとってエイダンは、無意識にでもリスペクトできてしまう反射が備わっている。


(でも、殿下は私の気持ちを大事にしようとしてくださっている……。なんて、なんてお優しい方なの!! もちろんそれは昔から知ってたけれど!!)


 自身にとって良いか悪いかではない、ただただ相手を気遣うエイダンにフローライトはこのひとときだけで日記帳一冊を埋め尽くせてしまうのではないかと思ってしまう。


 ただ……それはとてもありがたいことではあるけれど、それだけでは物足りない。


「殿下が私にご不満を抱かれたのであればお話がなくなることも仕方ありませんが、私は殿下とお会いできると知って楽しみにしておりました」


 自分は楽しみにしていた。

 だから候補者になったのであれば、そのチャンスを最大限生かすつもりだ。

 けれどエイダンが嫌なのであれば、そこははっきりと自身の意思を貫いてもらいたいと思う。


(でも、口にすると恥ずかしいわ……!! だって、告白みたいじゃない!)


 本当に解消されたところで、エイダンが幸せになるなら問題ない。今までの推し活に戻るだけだ。

 しかし、自分の想いを伝えるのはこんなに恥ずかしいものなのかと驚いた。エイダンにエイダンの政策で恩恵を受けている有り難さを伝えるなら、恥ずかしさなどまったくない。

 けれど、自らの内のことをエイダンに伝えることは顔から火が出そうだと思ってしまう。

 そうなると、もうエイダンの心の声は聞こえなくなった。聞こえるのは発せられた音声のみだ。


「何?」


 恥ずかしさでどうにかなりそうであったが、エイダンの問いかけに対する答えは反射的に口から飛び出した。


「以前ご挨拶した折はお話しすることができませんでしたが、是非とても優しい瞳をなさっている殿下とお話ししたいと、誠に勝手ながら私は望んでおりました」


 不審な点はないはずの理由に、幼い頃の迷子という恥ずかしい理由は省いて伝えると、エイダンは目を見開いた。

 

「殿下? 私、何か失礼なことを申し上げましたでしょうか?」


 少しずつ気持ちが落ち着いてきてはいるが、まだ心の内は聞こえない。


「……いや、それはない」


 それからやや間を置いて、エイダンは視線を逸らせながら言葉を続けた。


「私の瞳の色を見て、優しいと言った者は今までいなかった」

(寡黙でもいらっしゃるから、そちらが目立ってしまうことを殿下もご自覚されているのね)


 それも素敵なのに、周囲に伝わらないことがやはりフローライトにはもったいないと思う。

 そう思っていると、エイダンはため息混じりに呟いた。


「せめて華やかな瞳の色なら、何かかわっただろうか」

(え?)


 瞳の色に何の問題があるのだろう?

 改めてエイダンの瞳を見ても、そこにはフローライトの大好きな色しか見当たらない。


「殿下の御髪と瞳は綺麗な夜の色でございますね」

「夜の色?」

「はい。私の瞳は昼の空色ですが、髪は夜の月の色でございますので、髪はお揃いでございますね」


 フローライトの言葉にエイダンは固まっている。


(わ、私はそう思ってたけれど……少し図々しすぎたかしら!?)


 一般的におそろいといえばもっと近く似る必要があるかもしれないとも知っているが、このあたりは感覚の自由度だとフローライトは思っていた。

 だが、エイダンは違ったのかもしれない。


「もちろん、お色だけでは優しさなど示せるとは思いませんが……」


 お揃いの話題からは逸らそうと、フローライトは急ぎ言葉を足した。


「では、何から私に対する印象を感じている?」


 納得できなかったからのか、それとも世辞だと思ったのか、あるいはそのどちらもか。

 しかしその問いかけはフローライトにとって悩む必要がないものであった。


「殿下は今も私を心配してくださり、優しいお顔をなさっています。ですから、やはりお優しい方だと思います」


 多くを語っても構わない状況であったなら、フローライトも熱く語ったことだろう。しかし、残念ながら今はそのような場ではない。


(もし最初に心のお声を聞くことができていなければ、殿下の表情にも、いえ、それ以前に殿下の素晴らしさにも気づけなかったかもしれません)


 何せ、フローライトがエイダンのことを深く知ったのはあの出会いがあり、そこから調べたからである。しかし、外見と普段の気持ちが大きく異なることを初めて知った。


(けれど、私はもう知ってしまっています)


 口にはできない言葉も心の中で言葉にしながら、フローライトは微笑んだ。

 そしてそう思えば、やはりエイダンには幸せになってもらわなければいけないと強く思う。


(そう、私はなんとしてでも殿下に幸せになっていただきたい。そう心に決め……)

『決めた』

(え?)


 自分が改めて決意をしたのと同時に、エイダンの言葉が聞こえてきた。

 落ち着いてきているとはいえ、今の自分の緊張具合から考えれば、まだ心の声が耳に届くには早い状態だ。


 例外として考えられるのは、よほど強い意志をエイダンが持った時だけで。


『現状、彼女は嫌だと口にはしていない。ならば口にされるその日まで、こちらから関係解消など絶対に口にはしない』


 それはありがたいことこの上ない話であるが、なぜその結論に至ったのか、フローライトには理解ができなかった。

 その為、素直に喜ぶと言うよりは頭上に疑問符が多数浮かぶ。

 しかしそのような状況をエイダンが知る由もなく、彼の決意は続いた。


『もし彼女がそれを望むのであれば誠心誠意土下座してでも思いとどまってもらいたいが……そのときは潔く協力しよう』

(そんなこと、絶対にあるはずないではありませんか‼︎)


 何を馬鹿なことをおっしゃっているのですか、と言いたくなる申し出は、まったく以って見当違いなものである。


「何か言ったか? すまない、少し考え事をしていた」

「お気になさらないでください」


 あまりの衝撃に堪えきれなかった言葉が少し漏れてしまっていたようだった。

 それでもさほど不審に思われなかったことに安堵しつつ、フローライトは話題を変えた。


「それより、私は殿下とたくさんお話しさせていただきたいと思っております」

「ああ。なんの話だ?」

「災害備蓄や軍用の保存食について、いくつか試作品も持ってきているのです。コストや保存のしやすさ、味についてもお話しできればと考えております」


 そしてまとめてきた書面を差し出した。


「これは……。とても興味がある」

「ありがとうございます」


 明確な心の声が聞こえた訳ではないが、色々と混ざった複雑な気持ちの塊がフローライトの元には届いていた。それは『嬉しい』や『楽しそう』などをはじめとした前向きなものである。


(よかった。楽しいお話の時間にできそう)


 エイダンの心の声の理由はわからないし、選ばれた理由もわからないままだ。

 けれど、一旦考えるのはやめた。


 理由にまったく興味がないと言えば嘘になるが、そんなことよりはエイダンに興味を持ってもらっている話の方が大切であるし、今はともかく、今後の振る舞い次第で不適格だと判断されかねない。

 気にするだけ時間がもったいないというものだ。考えるのは後からでもできる。


 それに今日は話ができる上にエイダンのギャップも知れて、もはや贅沢を満喫しすぎているので、疑問に気持ちを割く余裕がなかったのも理由にあった。

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