8話 紅薔薇の輪舞曲 その2
まだ腹の痛みはあるが動けるくらいには回復したので、地面に落ちてた木剣を拾い、ローズリリイに向かい合った。
「あら、まだやるの? 言っておくけど私手加減なんて出来ないから。続けるのであれば容赦はしないわ」
言ってくれるねお嬢様。
ドSの極みのような性格である。
だったらその性格、利用してやろうではないか。
「ええ、さすがに手加減したまま終われませんからね」
スキル『挑発』……、なーんてね。
でも戦略的にここはあえて地雷を踏んでみた。
「このっ……、負けを惜しみを!! 貴方がそこまで言うのなら後悔させてあげるわ!!」
軽く煽ってみたら思いのほか効果抜群という。
キッと目を尖らせるローズリリイ。
ほんと怒りの沸点が低いこと。
「いくわよ!!」
そう口にすると、身を低くして突進してきた。
先ほどよりも断然速い。
「これで、――終わり!!」
一撃必殺を狙ったのだろうか。
速度が乗った渾身の突きを放ってきたが、スキルアップした反応強化のおかげで先ほどよりも攻撃軌道が良く見える。
そして筋力強化のおかげで回避に反応できる我がボディ。
チート万歳。
俺は木剣でローズリリイの突きをカコンッと弾く。
すると相手のバランスが崩れたので、軽く足を引っ掛けるとローズリリイは勢いよく地面を転がっていった。
はっはー、ざまあ。
ついでに転んだ弾みで、ローズリリイのスカートがペロンと捲れたが、中に黒の短パンを履いてやがった。
むぅ、これは惜しい。
パンチラを拝めるでのあれば今までのおこないなど許してやったものを。いや、むしろパンチラを見れるのであれば、全力で負けを認めて土下座しても良いくらいだ。
この赤髪ツンデレ顔だけはいいからな、顔だけは。
「……なっ!?」
ローズリリイは慌てて立ち上がると、まるで信じられないと言った表情でこちらを見た。
ふふん、でしょうな。
「貴方、一体何をしたの!? さっきまでの動きじゃない! それにさっきの攻撃効いてないの!?」
さすがはお嬢様。違いがわかるようだ。つーか、攻撃はめっちゃ効いたってーの。ムカつくくらいな。
「まあ、それなりに効きましたよ? 動きは本気を出せばこんなもんです。なんならもう少し手加減しましょうか?」
追撃の煽り。
お嬢様はプライドの塊のような方なので、頭に血を上らせてもっともっと攻撃方法も単調になってもらいましょう。
しかし、ここで予想外の出来事が。
「ふーん……、あっそう!! じゃあ私も本気を出しても問題ないわね? 死んでもほんとに知らないから!」
いやいやいや、今更本気とか。
さっきまでそこそこ本気だったのわかってるんだぜ?
それこそ負け惜しみだろ?
と、思ったのだがローズリリイが構えを変えた。フェンシングのように剣を前へと突き出す形となる。
うーん、どうやらブラフではなさそうだ。
なんか雰囲気がそれっぽい。最終奥義とかならちょっと本気でやめていただきたいんですけど?
そしてローズリリイが一呼吸吐く。
刹那、俺に向かって踏み込んできた。
「――アンガスター流……八ノ太刀、――蓬千樺!!」
ローズリリイの突きが空気をも切り裂いていく。
恐ろしい速さの突きに、木剣が数十本の残像として現れた。
あーあ、本当に俺を殺す気できやがったよ!
練度【8】の身体強化のおかげで、光速の突きをギリギリで躱していく。
しかし突きの風圧は鋭く、俺の薄皮が徐々に切り裂かれていき鮮血が宙を舞う。
ぬぉぉぉぉ、なんじゃこの技!? 避けてもダメージが残るってエグすぎん?
たまらず木剣で突きを払おうとするが。
――バキボギッ!!
なんと一瞬で木剣が砕け散った。
ちょっと強度ぉ!?
それでも止まらないローズリリイの連続突き。
俺はそれを必死に回避していく。
とにかく無心で避けることだけに集中した。
擬音にして『オラオラオラオラオラ』のような刺突である。気分は倍速の弾幕ゲー。
しばらくすると、ローズリリイのスタミナが切れたのか突きの嵐がピタッと止んだ。
「はぁはぁはぁ……、ほんと憎たらしいくらいの反応の良さね。まさか八ノ太刀を避けられるとは思わなかったわ。でも貴方、獲物がなくなっちゃたわね? どうするの? 負けを認めるなら今よ?」
肩で息をするローズリリイ。どうやらかなりの体力を消耗する技と見える。連発するのは厳しそうだ。
代わりの木剣をもらおうと周囲を見るが、残念ながら誰一人近くにはいなかった。
むしろ俺とローズリリイの戦いに巻き込まれないよう、全員訓練場の端へと避難していやがった。
く、薄情な奴らである。
「ふふ、手詰まりのようね? それに今負けを認めるのであれば、私の稽古の練習台として雇ってあげても良いわ。まあ、いわゆる私の従者ね。口惜しいけど貴方の反応の良さだけは評価してあげる。こんなとこにいるよりもお給金もいいわよ?」
うっわー、まったくもって嬉しくない提案。
給料が良くても誰がバーサーカーゴリラの稽古台になんてなるか。それこそ命がいくつあっても足りんわ。
「いや、結構です」
「はっ!? なんでよ!?」
まさか断られるなんて微塵も思ってもみなかったお嬢様。顔がリンゴのように真っ赤に染まっていく。
おう、ツンデレぇ。
「まだ負けるとは思っていませんので」
そう言って構えをとる俺氏。
素手でも勝算はあるのだ。勝算が。
「武器もなしに私に勝てると思ってるの!? それに貴方も限界じゃない!!」
ローズリリイの視線を辿ってゆくと、見つめる先は俺の足。股間じゃなくて残念だ。
しかしさらに残念なことに俺の足は、生まれたての小鹿のようにブルブルと震えているいた。他者から見れば立っているのもやっとな感じの震え方である。
げ、まじかよ!? 全然、気づかなかった!?
これはまずい……、まじで限界やんけ。確かに足もズンッと重いような。
しかし、ここで身体強化を解くのは非常にまずい。
なんか凄まじい反動が俺に直撃するような気がするのだ。
反動でダウンするにしろ、せめてこの試合を終わらせてからじゃないと格好がつかない。
「確かにそのようですね。ですが条件は同じです。ローズリリイ様も先ほどの技で消耗が激しいと見ました。だから最後の一撃を入れた方が勝ちということでいかがでしょうか?」
「……いいわ。その条件のみましょう。でも貴方が負けたらさっきの提案をのんでもらうわよ?」
く、これだからツンデレは。
稽古台は諦めて欲しかったが、これ以上勝負を長引かせても俺に勝機はない。
やるしかない。
「わかりました。それでお願いします」
「ふん、なら構えなさい、今度こそ終わらせてあげるわ」
そう口にするローズリリイの顔には、うっすらとした笑みがこぼれていた。自身の勝ちを確信しているのだろう。
両者の距離はおよそ十メートル。ローズリリイであれば一足で間合いを詰めれる距離だ。
狙うは後の先。
「いざ……」
俺がそう口にすると。
「尋常に……」
ローズリリイがそう返す。
そして……。
「「勝負っ!!」」
それが開始のゴングとなった。
やはり一気に距離を詰めてくるローズリリイ。
どうやら先ほどの技を再び繰り出すつもりだ。
ほんといい性格してやがる。
だが……、ここで俺も同時に間合いを詰める!!
「アンガスター流八ノ太刀、――蓬千っ……な!?」
あの突きの嵐は発動すると回避も難しく非常に厄介な技と言える。しかし弱点がないわけではない。
発動前に若干の溜めラグがあるので、その隙を突いて発動する前に潰してしまえば良い。
俺は一瞬で間合いを詰めると、左手でローズリリイの右腕をグッと掴んだ。
「――嘘でしょ!?」
まさか発動前に捕まるとは思っていなかったのか、完全にこれは想定外だったようで、ローズリリイの焦りが手に取るように分かる。
そのまま俺はローズリリイの右腕をグイッと左に捻ると、まるで芯の丸い鉛筆が、鉛筆削りで削られるように空中で半回転した。
合気道の小手返しの超強化版である。
そのまま地面へと投げ飛ばす。
ーーズダァーーン!!
ローズリリイはなんとか受け身を取るが、それでも勢いは殺せなかったようで、苦悶の表情を浮かべると一瞬硬直した。
「くはっ!?」
そして俺はトドメの正拳突きをローズリリイの顔面ギリギリにピタッと寸止めした。
――勝った!!
どうよ? すっげぇスマートな勝ち方じゃない?
さすがに訓練とはいえ女子を殴るのは気が引けるからな。これならこいつもグゥの音も出ないだろ?
ふとローズリリイの方を見ると、既に涙目だった。
ふふん、赤髪ツンデレ討ち取ったり!!
そして俺が勝利宣言をしようとするが。
「俺の勝ち……『ゴンッ!!』……だっ?」
急に立ち眩みがして足から崩れていく。
何が起きたかのかはすぐわかった。
ローズリリイが俺の後頭部目掛けて延髄蹴りしやがった。
それは……反則……だ……ろ?
ダウンと同時に身体強化も解けて、身体中からミシミシミシ……と嫌な音が響いていく。
さらに蓄積ダメージと、身体強化の反動で俺はそのままアヘ顔を晒して床ペロすることに。
俺はそのまま警邏隊病院へと運ばれ入院。
目が覚めたのは三日後のことだった。