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異世界えぶりでい ―王国兵士の成り上がり―  作者: バージョンF
序章 どうも新人警備兵のヨハンです
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5話 名誉剣術指南役アンガスター・アシュレイ




 誘拐事件から翌日のこと。


 俺とラウルは東門詰所の所長室にいた。


 目の前には二段重ねの木箱に載ったパグ所長。


 周りには衛兵隊の隊長クラスの方々がズラリと並ぶ。


 しかも無駄に強面ばかり。


 緊張感が半端ない。


「えー、であるからして犯人確保の功績を称え、二人を表彰したいと思います。本当に良くやったね、お見事!」


 木箱の上でにこやかに書面を読み上げるパグ所長。


 強面の隊長たちからは万雷の拍手が。


 そう、そうなのだ。


 俺たちは昨日の一件で朝から表彰を受けている。


 それは病院送りにされたラウルも然り。


 ラウルもすぐに治療されたおかげか、当日に復帰することが出来た。獣人の回復力半端ない。


「まさか新人だけで誘拐犯を捕まえちゃうなんて信じられないよ! 新人では初めての快挙じゃないかな? これ、少ないけど臨時ボーナスね?」


 パグ所長……いや、もうめんどいからパグでいいか。


 そのパグが両手で感謝状と金一封、もとい銀貨一袋を渡してきたので、ははーっといった感じで恭しく受け取った。


 薄給の俺からすると臨時収入は素直に嬉しい。やったね!

 

 同じく隣り並びのラウルも同じように受け取った。


 しかしその顔はどこか浮かない感じである。


 まあ、気持ちはわからんでもない。


 一撃でやられちゃったし。


 でも昨日は俺とラウルは形式上ペアを組んでいたのだ。


 巡回時の事件だったので、その手柄も半分っこ。


 どこか納得のいっていない様子だったが、ラウルも頬の骨にヒビが入る重症を負ったのだから、気兼ねなく受け取ってほしいものだ。


 きみの雄姿はちゃんと見ていていたよ?


「特にヨハン君! 冒険者にワンパンでやられたキミが誘拐犯をやっつけちゃうなんてね! 昨日の僕の助言が効いたのかな?」


 うーん、それは絶対にない。


 俺の髪の毛に誓ってもいい。


 というか俺に乗っかってこないでほしい。


「いやー、本当にきみたちのような優秀な部下を持てて僕も鼻が高いよー!」


 パグの機嫌が絶好調で良いな。


 騎士団の上役から誉められたりしたのだろうか?


 俺の経験上、こういう上機嫌の上司って、たまに無意識で地雷をぶん投げてくる傾向があるんだよなー。


 ここは表情を顔に出さず塩で対応した方が、何事もなく過ぎるはず。幸いなことにラウルも意気消沈なことだし。


 変なフラグはへし折っていこう。


 それが俺の処世術。


「そこでそんな優秀なきみたちに朗報だよ!」


「朗報でありますか?」


 先ほどまで沈んでいたはずのラウルが、条件反射でパグの言葉を拾ってしまった。


 バカバカバカー。


 いくらコミュニケーション能力が高い陽キャとはいえ、そこは空気読めって!!


 絶対、ろくなことじゃないから。


「そう! 実は今日、騎士団から王国名誉剣術指南役であるアンガスター・アシュレイ様が東門詰所までいらっしゃっていてね」


「え、あの先代剣聖のアシュレイ様がこられているのですか!?」


「うん、ついさっきね。今は衛兵隊第九隊の訓練をご覧になられているはずだよ」


 ほらねー、すっごい強制イベント感。


 ラウルって主人公型イケメンくせに、どっかのNPCキャラの如く会話を進めちゃう。


「でね、その衛兵隊の訓練にきみたちも特別に参加することを許可しようと思ってね」


「ほんとですか!?」


 ラウルがなぜか満面の笑みで喜び始めた。


 自分の意志とは関係なく進んでいくイベントほど怖いものはないなぁ。

   

「ああ、もちろんだとも! 前途ある有望な新人のために僕も一肌脱ごうじゃないか!」


 く、パグが美少女キャラであれば俺の好感度は爆上がりだったのに。


 おっさんの好感度アップなんて成人してからの分度器くらい必要ないものである。


 仮にこれがエロゲーだったらBL、いやおっさんずラブのフラグが立ちそうだ。


 おっさんとの情事なんて誰得?


「では二人とも、すぐに訓練場に向かいなさい。話は第九隊隊長のスピドラ君にしてあるから」

 

「承知しました! 失礼します!」


 ラウルの嬉しそうな声が、やけに耳に付いた。




 ◆◇◆




「おい、ヨハン! 凄いことになったな!」


 所長室を出ると、ラウルが興奮気味に話しかけてきた。


 しかもその距離が近い。


 俺のパーソナルスペースなどガン無視である。


 野郎に近づかれて誰が喜ぶのか。


 美少女になってから出直してこい、なので塩対応。


「ん? 何がだ?」


「何がって、お前、あのアシュレイ様が直々に訓練場までいらしてるんだぞ? 運がよけりゃあ稽古をつけてくれるかもしれないだろ?」


 呆れるほど前向きな奴。


「いいか、ラウル? そのアシュラだかアシュライだかわかんないけど、そんな上役の人間が俺らのような底辺の人間にわざわざ稽古なんてつけてくれるはずないだろ? どうせ訓練場の外周でも走っとけ、で終わるって」


「て、底辺って……。ヨハンってマイナス思考すぎやしないか? それとアシュレイ様な?」


「世の中マイナス思考くらいがちょうどいいんだよ。悪いことが想像できればどんなトラブルも対処しやすいだろ?」


 そう、これは俺の教訓でもある。


 例えば好きな女子から放課後に呼び出しを受けても、まずそれをドッキリと疑うことから始めるのが良い例だ。


 俺のような童貞が告白されるなんて夢にも思っちゃあいけない。


 良くて○○君に手紙渡してほしいの、である。


 良くてポストマンなのである。


 童貞の自己評価をなめちゃいけない。

 

「へぇー、意外だ。ヨハンってもの凄く慎重なんだな。もしかして隊長の資質とかあったりして」


「おいラウル、やめてくれ。冗談でもそんなこと口にするな。そんな面倒くさいこと絶対しないから」


「なんでだよ! ヨハンなら良い隊長になれそうな気がするんだけどな。なあ、もしヨハンが隊長になったらさ、俺を隊にいれてくれないか? なっ、面白そうだろ?」


「だからならないっつーの! というか面白くもなんともない。それにまず俺が隊長なんてなれるはずがないだろ!」


「えー、そんなこと言うなよ」


 そんな冗談を交わしながらラウルと東門詰所の裏に作られた訓練場へと到着した。


 しかし、そこは普段の訓練場のような殺伐とした雰囲気ではなかった。


 三十人ほどの脳筋野郎どもが怒号を発し、汗や血しぶきが飛び交う阿鼻叫喚の地獄のような場所。


 野郎どもは二人一組となり、布の巻かれた木剣で実戦形式の試合を至る所で繰り広げていた。


「すっげぇ、さすが衛兵隊の訓練だな!! 俺たち警備隊の訓練とは訳が違う」


 ラウルが目を輝かせながらそう話す。


 これのどこにワクワク感があるというのか。


 見てみろよ、みんな上役がきてるから少しでも良いとこ見せようと、相手を殺す勢いで打ち込んでるぜ?


 みんな身体中傷だらけ、さすがは脳筋、アホである。


 ただ野郎どものあまりの熱量に声を掛けることもままならず、出入り口で立ち尽くしていた俺とラウル。


 そんな俺たちを不審に思ったのか、脳筋代表のような色黒マッチョがこちらへとやって来た。


 その顔は鬼瓦そのもの、なぜか怒ってらっしゃる。


「おい、貴様ら警備隊の者だな? 今は我ら衛兵隊の訓練中である。何用であるか!」


 初対面でキレられるとはこれいかほどに?


 いくら警邏隊が縦社会とはいえこれは理不尽極まりない。


 だから衛兵隊は嫌なんだよなー。


 俺たち警備隊を下に見るからさ。


「はっ、申し訳ありません! アグライト所長より衛兵隊の訓練に参加するよう言われてやって参りました! 大変お手数となりますがスピドラ隊長にお取次を願えますでしょうか?」


 ラウルがこれでもかというほどのコミュ力を発揮してくれる。さすがは挫けない心持ちの陽キャである。めっちゃ頼りになるわ。というかラウルの方が隊長向いてないか?


「ほう、貴様らがアグライト所長の言っていた新人か。俺がこの第九隊の隊長であるスピドラだ! 訓練には参加させてはやるが、今日は騎士団よりアシュレイ大先生がお越しになっている! くれぐれも情けない姿を見せてくれるなよ?」


 スピドラと名乗った色黒マッチョの視線の先には、ちんちくりんなじーさんが訓練場に設けられた仮設テントの中で、衛兵たちの訓練をにこやかに見ている。


 外見としたらちっちゃな福禄寿のような老人。福禄寿とは七福神の中にいる杖持ったおじいちゃんね。まあ、なんにしろ武術を扱うような人には到底見えない。


 しかしそんなことよりも俺には気になることが一つ。


 その福禄寿の後ろにとんでもない美少女が立っているではないか!


 ハーフアップにまとめた長い赤髪に、ツンデレ仕様のぱっちりお目目。年齢は恐らく俺と同じくらいだろうか。


 上半身は白銀のブレストプレートを身につけ、下半身はミニスカートに太ももまである黒のロングブーツという、なんともエロゲー要素満点の美少女だった。


 あんたのために着てきたんじゃないからね、という言葉が何故か脳内補完される。


「おい、そこ! 何をもたもたしてる! 早くこっちへこないか!!」


 美少女に見惚れていたら、色黒マッチョに叱られた。


 どうせ何をしても叱られるのだ、だったら聞いてみるか。


「あの、すみません。あのテントにいらっしゃる女性はどなた様でしょうか?」

 

「テント? あぁ、あの御方はアシュレイ大先生のお孫さんであるローズリリイ様だ。間違ってもお前のようなみそっかすが話しかけても良い御方ではない。わかったらさっさと訓練を始めるぞ?」


 そう言って俺も布付きの木剣を渡された。


「おい、グラッド! この小僧の相手をしてやれ!」


「了解しました、隊長!」


 呼ばれて出てきたのは細身の好青年。


 マッチョしかいないと思ったがそうではないようだ。


 ただその体つきはまさにゴリゴリのボクサー、ぱっと見は強そうである。


「きみ、名前は?」


「ヨハンです」


「俺はグラッド。第九隊の副隊長補佐をしている。いつもなら手加減して相手をするんだが、今日はそんなこと言ってられなくてね。大先生が見てるんだ。悪いが全力で相手をさせてもらうぞ」


 はい、地雷きましたー。


 好青年かと思いきや承認欲求の塊とは。



 俺の苦難は続く。



 

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