2話 王都パニック その2 リトルピクシー
王都アウストラには東京新宿歌舞伎町のように、極彩色を放つネオンサインのような魔石で作られた魔灯が輝く地区がある。
その名は――リトルピクシー地区。
王都南西部一帯に広がる王国最大の繁華街となる。
魔灯による色彩豊かな看板、カンパニュラの花を模したベル型の街路灯が、通りの至る所に設置してあり、一晩中街を照らし続けている。
そんなこともあり、夜ともなれば、王都中の人が佃のように集まり、その喧騒は昼よりも格段と賑わしくなる。
独特の世界観の広がるリトルピクシー。
酒酔いのおっさんの腕に、ほぼ半裸の艶めかしい女性がくっついて歩くなんて光景が、そこらかしこで見受けられるのだ。
我々も、たった数分メイン通りを歩くだけで、飲み屋の客引きや、プロのお姉様たちから、幾度となく声を掛けられた。まさに客の争奪戦と化してる無法地帯と言えるだろう。
そんな大人のテーマパークを練り歩くこと三十分。
兄貴に案内されてやって来た店、ラウンジ『ムーンライト』は、とてもつもなく素晴らしい店だった。
………………
…………
……
「やーん、警邏隊の新人隊長さん、素敵ぃー! こんな若いのに隊長してるなんてカッコいーいー」
「今日はたっぷりサービスしちゃうから! はーい、あーんして?」
なんだこれは……。
なんなんだここは……。
ただソファーに座ってるだけで、自動的に果物やら飲み物が、際どい衣装を身に着けた美人なお姉様方から、童貞の口まで運ばれてくるんだけど?
しかもお姉様方が超密着されるもんだから、その大きなお乳が童貞の腕に常時ダイレクトアタックを掛けていらっしゃる。
くっ、谷間最高かよ。思わず雰囲気に呑まれて、両脇にお姉様方を抱き寄せてしまう。
「あーん、もう隊長さんのえっちー」
「あら、意外と胸板厚いのね? ス・テ・キ」
ああ、どうしよう……。
お触りオッケーのようです。
めっちゃくちゃ楽しいんだけど?
思わず身体の奥底から笑いが込み上げてきてしまう。
ダメだ、もう堪えらんない、らめぇ!
「げは、げはははは!!」
「ちょっと、やーだー、隊長さん笑い方がげーひーん」
「もう、仕方ない子ね? お仕置きしちゃうぞ? えい、鼻ピーナッツ」
お姉様たちが童貞の鼻の穴にピーナッツをぐいぐい押し込んでくるが、そんなことどーでもよく感じるほど楽しいんだけど?
むしろ先ほどより乳圧が強くなったような気がする。
もう一度言おう、なんだここは?
超楽しい。
「はっはっは、どうだ? 楽しいだろヨハン君? 綺麗どころを用意してもらったから今晩は楽しもうじゃないか!」
兄貴を見ると、すでに顔中キスマークだらけだった。
どうしたらあんなことになるのだろう?
昭和のギャグ漫画かよ?
でも兄貴の両隣りに座ってるキャストのお姉さんはまるで魔巨獣。兄貴が森でハントしてきたかもしれないという疑惑すら湧くほどの怪物である。
あれは熟練ハンターである兄貴でしか相手にできないだろうな。兄貴がまさかのくるもの拒まずの博愛主義だという。
やっべ、なんだろう? 全然羨ましくないや。
「はい、隊長さん? あーんして?」
セクシーなお姉様に言われるがまま口を開ける童貞。
どこにでもあるただのリンゴが、美女の手に渡ると極上の果実へ変化する不思議。
そのままシャクシャクと咀嚼すると――。
「どう、隊長さん? おいちぃー?」
「うん、おいちー」
――童貞の脳ミソが退化した。
そんな至福な時間をツーセット(二時間)たっぷり堪能する頃には、兄貴はすっかり出来上がってしまい、童貞は完璧な幼児に退化していた。
するとそこへ。
「お客様、お客様? そろそろ終了のお時間となりますが、延長なさいますか?」
支配人らしき男が、時間終了の合図を告げに童貞たちのテーブルへとやって来た。
しかし肝心の兄貴は泥酔しながらモンスターハントの真っ最中だ。聞いちゃいない。
……遅かれ早かれ夢の時間はいつかは終わる。
楽しい時間だからこそメリハリをつけて遊ばないと、間違いなく嬢たちに”沼”へと引きずり込まれてしまうだろう。
後ろ髪を引かれる思いとなりながらも、童貞はお会計を願おうとするが――。
「じゃあ、お会け……」
――と、そこまで言いかけると、両隣に座っていたお姉様たちの目付きがガラリと変わる。
「えー、隊長さんもう帰っちゃうのー? 延長しようよ、延長! もっと一緒にいたいなー?」
「そうよー、もっと甘えてくれないとお姉さんさみしーなー?」
くっ、ダメだ、惑わされるな!
プロのお姉様方にとって童貞とは言わばカモネギ。これは純なる童貞をカモにしようとする罠なのだ。というか仕事。
それにラウンジ『ムーンライト』は王都屈指の高級店。兄貴の驕りと言えど、勝手に延長するわけにいかぬ!
「ねぇ、隊長さん、延長しよー? ね、ね?」
そう言って胸を童貞の腕に押し付けてくるライトアームキャストレディ。
それに連携するが如くレフトアームキャストレディのお姉さんも童貞の耳元で熱い吐息を吹きかけてくる。
「ほらぁ、延長するんでちゅよね? え・ん・ちょ・う」
これには堪らず童貞も――。
「延長するでちゅー!」
――再び脳ミソが退化するという。
ダメだ、抗えなかった!!
しかし、そんな童貞の言葉にぱあっと喜ぶ、お姉様二人に魔巨獣二頭。
まあ、兄貴もベロベロに酔っぱらっちゃてるし、勝手に延長したとしてもバレないだろう。むしろ兄貴が酔っぱらって延長したことにしよう、そうしよう。
そして、我々の至福な時間は、さらにツーセットほど続き、店の滞在時間は大台の四時間を超えようとしていた。
しばらくして、我々の前に再び現れる支配人。
終了の合図を告げにきたと思いきや、語れた言葉は意外なものだった。
「お客様、お客様? お楽しみの最中、誠に申し訳ございませんが、少しよろしいでしょうか?」
「はいはい、なんでちゅかー?」
おっと、いけないいけない。楽しすぎて脳ミソが退化したままだった。
しかし、そんな退化した童貞に対しても、顔色一つ変えることなく淡々と話を続ける支配人。さすがプロと言うべきか。
「実はとある御方から、ぜひともお客様と話をしてみたいと、お声が掛りましたので、お知らせさせていただいた次第にございます」
ん? とある御方? 誰だよ、とある御方って。え、超怪しいんだけど?
仮に反社会系組織の人とかだったらまじ面倒くさいし。何が悲しくて、こんな場所に来てまで仕事せねばならんのだ。夢の国にリアルは必要ないんですよ。なぜなら夢だから。ここは断る一択だな。
「あ、すいません。お断りしていただいてもいいですか?」
そんな童貞の言葉に、今まで表情一つ変えなかった支配人の顔が何故か青ざめる。
はい、ビンゴ。
やはりどうやら童貞の読み通り先方さんはかなりヤバい人物のようだ。というか、支配人も目に見えてポーカーフェイスを崩しちゃあかんでしょ? 童貞は弱い生き物だから警戒しちゃうよ?
「お、お客様 ? それではどうでございましょう? 今回のご請求分は当店の負担とさせていただきます。さらにVIPルームにもご案内させていただきますので、お客様のお時間が許す限り楽しんでいただくというのは?」
いやいやいや……、ちょっと待って支配人? 怪しさ激増なんですけど? そんな目に見えて罠とわかってんのに飛び込む奴いる? もっと切るカード考えなさいよぉ。
「あ、いえ結構です。会計でお願いします」
そんな童貞の言葉に支配人が焦りに焦る。
よほど先方が怖いらしい。
「お、おおおお、お待ちください、お客様! そ、それではこれはいかがでしょう? 当店、ナンバーワンキャストであるエンリコ、そしてナンバーツーキャストのテンチメもテーブルに着かせます! 本日は夜通しで接客させていただきますので!」
だーかーら、怪しいんだって!
先方が誰だか知んないけど、一見の客に対して行うサービスじゃないから! どんな危ない地位にいる奴なんだよ!? やだ、僕もう帰る! 夜の世界怖い!
童貞が無理やり席を立とうとするが、目が血走った支配人がすかさず言葉を被せる!
「服を……、服を身に着けないルールとします!!」
叫ぶようにして言い放つ支配人。
そして同時に絶句する我々一同。
必死すぎんだろ支配人!!
これには思わず童貞も。
「はい?」
座り直して聞き直してしまった。
「ですので服を身に着けないルールといたします!」
真顔で言いなす支配人。
どうやら脳ミソがイカれたわけではないらしい。至って真面目なようだ。
「お客様とご指名のキャストはVIPルームに移っていただき、部屋に入り次第、服を脱いでいただきます」
おいおいおい、なんだよ、そのファイナルウェポンは!? 支配人がすっげぇカード切ってきたし!!
「服を着ないんですか?」
「ええ、そういうルールですので」
「男も女も?」
「ええ、そういうルールですので」
「やばいっすね」
「ええ、そういうルールですので」
ルール最強かよっ!
ふと、童貞の隣に座るキャストのお姉様を見るとドン引きしていた。しかも支配人を見る目がゴミクズと同じ。どうやらお姉様方もこのルールは聞いてないもよう。
「いかがでございましょう、お客様? VIPルームでの出来事は我々も見なかったことにさせていただきます。存分にお楽しみいただければと」
しかも、童貞卒業のルートまで、ご丁寧に準備しちゃってくれてるよ支配人!
なんだよなんだよなんだよ、究極の選択じゃねーか! やめてよ、そう言うの。全裸パーティ開催してほしくなっちゃうじゃないか!
そして悩むことしばらく、童貞の出した結論は。
「素敵ですね、そのルール。そちら様の格別な計らい、痛み入ります」
童貞の言葉に、支配人の顔もぱあっと明るくなる。
ポーカーフェイスどこいった?
「それではお客様っ――」
「――だが断る!! お会計を」
「お客様っ!?」
やはり童貞の意思は固かった。
店のケツ持ちに反社もしくはヤーさんがいるとわかっていて、そこに飛び込むほど愚かではない。童貞は安牌を望むのです。
さよなら、俺の全裸パーティ。
さよなら、俺の卒業式。
童貞は安心安全、そして健全なエロスを求めて旅に立ちます。
さて、そうと決まればそろそろ兄貴を起こすか。さっきからずっと魔巨獣のおっぱいに顔を埋めて寝てやがる。ワイルドすぎるだろ。
童貞が兄貴を起こそうと立ち上がると、まだ諦めきれないのか支配人が再び話かけてくる。
いい加減しつこい。
「そ、それでは、当店の永久VIP会員を……「――マーカス、そこまででいい」」
そんな支配人の言葉に被せるように現れたのは、一人の男。歳の頃は二十代前半だろうか。透けるような金髪を六四にふわりと分けている頭の良さそうなイケメンだ。
「わ、若様!?」
若様? おいおい、どこの商家のおぼっちゃんだよ。というか、俺の記憶にないまったく知らん奴がいきなり登場したんだけど?
「マーカスにきみを呼んでくるようにお願いしたのは私なんだ。変に警戒させてしまってすまないね」
「えーっと、失礼ですがどちら様でしたでしょうか?」
反社の御曹司かもしれないので、出来るだけことを穏便に運ぶ童貞。関わり合いになりたくなかったが、当人が現れた以上仕方がない。
「ああ、これは失礼。私は王都中央で商会を構えるユーラポートと申します。どうぞお見知りおきを」
「ご丁寧にどうも。自分は警邏隊所属のヨハンと申します」
これでもかと国家権力を強調しておく。
こちとら国家の犬なんで、変に手出ししないでね?
「ええ、よく存じ上げてますよ」
そう語ると、ふっ……と笑う金髪イケメン。
なんだろう、こいつ……。
容姿といい、立ち振る舞いといい、ラウルとはまた違ったハイスペックイケメンのような気がする。
既に童貞の隣に座ってるお姉様方の目がギャグ漫画のようにハートマークになってるし。
登場僅か数分で童貞から全てを奪い去るという。
く、これだからイケメンは!!
こうして俺は商人ユーラポートと出会うことになった。
これが後々の波乱のきっかけになるとも知らずに。
【あとがき】
いつも異世界えぶりでいを読んでいただき誠にありがとうございます。
主人公のご褒美編でございました。
次回から四章のストーリーが動き出します。
お待ちくださいまし。
最後に、毎度毎度のことながら誤字脱字報告してくださる紳士淑女の皆様、本当に感謝申し上げます。もっと見直してからUPせいと、つっこんでやってください。本当にありがとうございます!!




