4話 トラブルは突然に
「おい、全員武器を捨てろ!! 変な動きはするな? じゃなきゃ、この女の首にナイフがブスリだ」
そう言って刃の腹を女性の首元へ強く押し当てる男。
恐怖のあまり声も出ないのか、目から大粒の涙がポトリと落ちるお嬢様。
悲痛な面持ちすら可憐である。
無事助け出したら、彼女の何かがバグって俺に惚れてくれたりしないだろうか?
ああ、しまった、邪念が漏れた。封印、封印っと。
「おい、やめろ! そんなことをしてどうなる!? ここから逃げ切れるとでも思っているのか!!」
そんなこと考えてると、なぜかラウルが人質がいるのにも関わらず男を煽り出した。
おい、逆効果だって!!
もっとネゴシエーションしないと逆効果だって!!
煽って目を付けられても良いことないって!!
「ふん、くその役にも立たない警邏隊か。おい、小僧。武器を捨ててこっちまでこい」
ほらね、言った通りでしょ?
悲しいかな。
人質がいるため、選択肢を選べないラウル君。
男の言われるがまま行動するしかない。
持っていた剣を捨てて、ジリジリと犯人に近づいていく。
ほんとなぜ煽ったのだろうか?
ここは上手い具合に不意打ちするのがベストだろうに。
イケメンの定義に不意打ちNGみたいな『制約と誓約』でもあんの?
「止まれ! そこで両手を地面につけてかがめ!」
そしてラウルが言われるがまま地面に両手を着くと。
「――がふっ!?」
なんとヤクザキックが顔面にクリティカルヒット。
これはエグい、外道め。
引くわー、まじ引くわー。
無抵抗の相手にヤクザキックは酷すぎる。
これにはさすがのラウルも一撃で床ペロ状態に。
そしてなぜか周囲の女性陣からは野次が飛ぶ。
俺の時とはひどい違いだ、さすがイケメン。
「うるせぇ!! いい気味だ。おい、小僧? 実力が伴わないくせに一丁前に出てくるんじゃねーよ。ザコはザコらしくすっこんでろ」
おっしゃる通りで。
確かに後ろにすっこんでいたい。
なんならこのまま何も見なかったことにしたい。
でも悲しいかな。
そんなことは出来ないのよ。
なぜなら目の前に助けを求める人がいるのだから。
その人たちを守ることこそ俺たちの使命なのだから。
――だから絶対に彼女は助ける。
そしてあわよくば俺に惚れてほしい。
ああ、ダメだ、邪念がじじいの小便のように漏れてしまう。封印、封印っと。
すると遠巻きに警笛が鳴った。
――ピィィィィィィィーーーー!!
どうやら騒ぎを聞きつけた衛兵隊がこちらに向かっているようだ。よし、希望の光が見えた!
「おら、道を開けろ!! どけ、どけぇい!!」
男が野次馬を押しのけて、東門と反対に位置する街道へ出ようとするが、集まった野次馬が多く中々前へと進まない。
ナイフを大袈裟に振り回しながら人垣に道を作っていく。
あいつ……、この状況で逃げ切れると思ってるのか?
いや、違うな。
何か逃げ果せる手段があるんだ。
というか、単独で白昼堂々と誘拐事件を起こすなど正気の沙汰ではない。
ドラマや映画なら、ここで他の仲間が逃走手段を用意して合流してくるはず……狙うならそこか。
よし、街道側に回り込むべ。
野次馬の比較的後方に位置してた俺は、そのままグルっと街道側へと回り込む。
絶対、逃がさないんだからね!
するとちょうど街道先から、二頭の馬がものすごい勢いでこちらに駆け込んでくるのが見えた。
しかも一頭は空だ。
誰も乗っていない。
もう片方に乗っている男が、手綱を器用に操って馬を誘導しているようだ。
「きたか!? こっちだ!!」
野次馬を抜けた男が、仲間に合図を送り合流を図る。
そして人質を左脇に抱えて走り出したが、そうは問屋が卸さない。
「そこまでだ、止まれ!! 彼女を離すんだ!!」
俺が男の前へと立ちはだかる。
「ああ、どけよザコがぁ!! 殺されてぇのか!?」
ふふ、くっそ嫌なタイミングだろ?
ざまあ。
「殺されるつもりはない。お前を捕縛させてもらう」
「おいおい、警備兵如きが俺を捕まえられると思っているのか? 生意気な口を聞きやがって……」
あらら、お怒りモード突入ですな。
「……いいぜ、殺してやるよ!! 残忍になぁ!!」
顔を真っ赤にして男がキレた!!
さて、どうするかな?
人質がいるので剣での攻撃は不可。
やるなら体術で捌くしかない。
しかし相手はがたいの良い大男。
おそらく身長は190センチ以上、俺よりも20センチは高く、リーチでは圧倒的に不利。
もはや無差別級という括りですら不条理に思えるほどのハンデ戦である。
それでも何故か俺は負ける気がしなかった。
だから。
「ふふっ、口だけの卑怯者が語るじゃないか? さっさと掛かってきなよ?」
めっちゃ煽ってやった。
ヘイト管理で標的を俺だけにロックオンさせる。
人質には危害を加えさせない。
「こんのぉ、クソザコが誰に向かって口を聞いてやがる!!」
――アクティブ身体強化フル発動。
凄まじいほどの膂力が身体の底から湧き上がる。
うん、これならやれる!
「死にさらせぇぇぇぇ!!」
ナイフを持った男から恐ろしい速度の突きが放たれる。
が、しかし。
俺は男の腕に掌打を放ち攻撃を逸らす。
うん、攻撃が見える。
めっちゃ見える。
きっと反応強化の賜物。
僕にも見えるよ、ラ◯ァ。
ニュータイプ万歳。
「小癪なぁぁぁ!!」
再度、突きが放たれるが、ボクシングのスウェーするが如く躱してゆく。
ヒュン、ヒュンっと音を立ててナイフが空を切る。
護身体術の効果もあるのか、体捌きもお手の物。
それに相手の攻撃が単調すぎて当たる気がしない。
というか人質が邪魔で同じ軌道の攻撃ばかり。
「ヒラヒラヒラヒラと……、こんのぉ!!」
相手が大振りになったところで、俺はカウンター気味に男の左肩に掌打を叩き込んだ。
「ふんっ!!」
――ゴキュ!!
結果、あまりの衝撃に相手の肩の関節が外れた。
たまらず抱えていた人質をポロリと落す。
俺はすかさずそれをキャッチ。
男はタタラを踏んでそのままドスンっと尻持ちをついた。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁーー!!」
激痛からか、肩を押さえ地面にうずくまる男。
「終わりだ」
そして無抵抗の相手に、トドメの顔面ヤクザキック!
そこに慈悲はない。
だって俺も外道ですから。
それにラウルの仇でもある。死んでないけど。
「ぶへぇっ!!」
おしっ、勝利!
男が倒されたのがわかったのか、合流しようとしていた仲間は、くるりとUターンをかまし、街道先にある森へと逃げて行った。
あーあ、しまった。こりゃ捜索になるなぁ。
でもまあ、実行犯は確保出来たし、仮に裏で動いていた奴がいても芋蔓式に釣れるでしょ。
とりあえず一件落着。
◆◇◆
「お、お嬢様ぁぁーー、ご無事でしょうか!?」
「おい、貴様さっさとお嬢様を放せ!」
「お前如きが触れて良い御方ではない」
「去れ、下郎が!」
ザ・セバスチャンがこちらへ駆けつけたと思ったら、一緒にやってきた護衛の騎士から酷い言われよう。……解せぬ。
感謝の言葉くらいあってもいいじゃんね?
「あの、お怪我はないでしょうか?」
お嬢様を文字通りお姫様抱っこしているので、そんな言葉を投げかけてみた。
初めて女子とこんな至近距離での接触。
まさに至福、発情メーターはすでにレッドゾーン。
すると俺の問いに彼女は腕の中で静かに頷いた。
良かった、問題ないようだ。
しかしこれ以上の接触はまずい。
お付きの騎士たちの殺気がヤバいことになっている。
「では、下ろしますね?」
彼女を地面に下ろすと騎士の傍に控えていたメイドが、お嬢様を支えて早々と連れて行ってしまった。
残念、童貞など眼中になしか。
お嬢様とのロマンスはないようだ。
瞬殺で砕け散るという。
それにしてもお嬢様スタイル良かったなー。腰なんて下手したらポキッと折れそうなくらい細かったし。でも細い割に肉付きは良いのはなんでだろう?
女子の身体って想像以上に柔らかい。それにやたらと良い匂いがするし。体内に芳香剤でも隠し持ってんの?
お嬢様の残り香に想いを馳せながらクンカクンカしていると、いつの間にかやって来たザ・サバスチャンが。
「あの、私ルトナーク辺境伯に仕える執事のスミスと申します。この度はセレスティナお嬢様をお救いくださり誠にありがとうございました」
綺麗なシルバーバックの頭をこれでもかというほど下げるスミスさん。
精錬されたお辞儀というのは大変美しく、また受ける方も気持ちが良い。
さすがは執事。
「スミスさん、頭を上げてください。お気になさらず。お嬢様がご無事で何よりです」
「そんな訳には参りません。貴方様のおかげでお嬢様だけではなく我々も救われたのです。是非、お礼をさせていただきたく存じます」
そう言って再び恭しくお辞儀をするスミスさん。
「いえいえ、これは我々の仕事ですからお礼は結構です。お気持ちだけで十分とさせてください」
下手にお礼を受けとって貴族家と繋がりを持つのはあまりよろしくない。
しかも今回の相手は東の果ての辺境伯である。
万が一にも気に入られて警邏隊から引き抜きとなっても厄介だ。
それに実際によくある事例でもあるからね。
王都勤務の兵士が地方騎士団に入団するってやつ。
俺は今の王都の暮らしが気に入っているのだ。
いくらセレスティナお嬢様が可愛いとはいえ、それで辺境に行きたいかと言われるとNOである。
ここは断りの一択しかない。
なんとかスミスさんの申し出を断るが、「旦那様より改めて……」と不審な言葉を残し、彼ら一同はこの場を後にした。
何もないことを祈りたい。
その後、実行犯は駆け付けた衛兵隊に拘束されて牢獄へと直行。
ラウルもついでに運ばれ病院へ。
俺はなぜか状況報告のため、一日詰所に拘束された。
これが一番疲れるという、解せぬ。
【あとがき】
本日も読んでくださりありがとうございました。
ボチボチ書いてまいりますのでどうぞよろしくお願いします。