エピローグ
「このまま無事に帰れると思うなよ?」
なぜか殺る満々なV字カットのおっさん。
首から下げている、自らの冒険者ランクを示すプレートの色はシルバー。
以前、俺を殴打した奴らと同じランクとなる。
「カミラさん、一体何が?」
まずは事情を聞かねばなるまい。
話し合いで解決できるならそうしたい。でもあちらさんは既に敵意全開だけど。
「は、はい。ここでギルドマスターを待っていたのですが、あの方に声を掛けられて……」
カミラさん曰く――。
受付けでアポを取り、ギルドマスターからの返事を待っていたそうだ。そこに彼らがやって来て、テンプレの如くカミラさんを口説き始めるという。
ただカミラさんの正体が警邏隊と分かると、おっさんたちの態度がガラリと一変。
話によると、おっさんたちのパーティメンバーが、つい先日ハーフベルの警邏隊に誤認逮捕されたらしい。
酒場で冒険者同士の喧嘩があり、その人は喧嘩の仲裁に入ったそうだ。
ただ恐らくタイミングが悪かったのだろう、仲裁に入ったおっさん冒険者ごと警邏隊はまとめて捕縛。
それによって受注していたクエストに人数不足で出発することが出来ず、クエスト未達成となってしまったらしい。
まあ、これもよくある話ではあるが、こちらとしてはご愁傷様としかいいようがない。
――しかし、当人は。
「お前ら警邏隊はいつもそうだ。碌に話も聞かずにすぐに投獄だとばかりキャンキャン吠えやがる」
いや、恐らく話は聞くぞ? ただ、おたくらが酔っ払ってるから口調がキツくなるだけだと思うんだけどな。
それに俺の時もそうだったが、末端の警備兵如きが殴られたくらいじゃあ、まずしょっぴかない。
よっぽどのことがない限り、捕縛するなんてあり得ないのだ。
ともすれば間違いなくその場に居た、一般人が喧嘩に巻き込まれた可能性が高い。
さすがに無抵抗の一般人に手を出せば、こちらとしても拘束せざるを得ないからな。
おっさんたちが巻き込まれたことは不憫に思うが、それを警備隊全体の責任として考えるのはおかしい。
「まったくふざけるんじゃねぇ! お前らのせいで受けてたクエストも失敗になっちまうし、どんだけ嫌がらせをすりゃあ気が済むんだ? おかげでたんまり罰金まで取られちまったじゃねぇか!!」
なるほど、まったくもって言い掛かりだな。
ちなみに冒険者が受注したクエストに失敗すると、内容によっては違約金が発生したりする。
しかも失敗が続けばランク降格することも。まあ、誰かに当たりたくなる気持ちはわからんでもない。
なので――。
「部署が違うとは言え、こちらの関係者があなた方に迷惑をお掛けしたことには間違いありません。心よりお詫び申し上げます。本当にすみませんでした」
――まずは謝ってみる。
過去、おっさんたちに、どんなことがあったのかは知らない。でもこれだけ警備隊を毛嫌いしてるのであれば、それ相応のトラブルがあったのは明白だ。
もしお互いの些細な誤解から生じたものなら、なんとかそれを紐解けないものだろうか?
暴力沙汰にならないんだったら、童貞はいくらでも頭を下げる所存にございます。
それにおっさんらも、自分たちのせいで冒険者ギルドの看板に泥を塗るのは嫌なはず。
民衆から支持されている冒険者の多くは、こう言ったごく一部の者たちが起こすトラブルを煙たく思っていたりするしな。
「………………」
あれ、おっさんの反応がない。
もしかして意外とこれで許して……。
――バチィィーーン!!
雷のような平手打ちの音がホール内に響き渡る。
「ヨハンさん!!」
――痛ったぁ!?
まじかよ、このおっさんいきなりビンタしてきたんだけど!? え、なんで? 今のどこに地雷ポイントがあった?
「へっ、上司が謝らず部下が代わりに謝るってか。お前さんはその姉ちゃんとは違うようだが今更だな。ほら先に殴ってやったぞ? これで正当防衛とやらが成立するんだろ? 掛かってこいよ、おら?」
おいおいおい、こいつ正気か?
自らトラブルに突っ込んでいくなんて。
「……あの、もし気に触ったことがあるのなら、そちらも一緒に謝罪させていただきますが?」
「うるせぇよ、いいから早く掛かってこい!」
あー、なんだろう?
違和感を感じるのはなぜ?
いくら警備隊が嫌いとはいえ、これは好戦的すぎるだろ? ツンデレお嬢様が可愛く思えるほどのバーサーカー具合。さすがにおかしいと感じるわ。
もしかして、このおっさん。
――わざと俺たちと揉めようとしてるのか?
理性がなくなるほど怒ってるようようにも見えないし……。やはり何かがおかしい。
確かめてみるか。
「先に言っておきますが、こちらに戦闘の意思はありません。よければそちらのご要望に沿う形で手打ちをしたいのですが?」
これで突っ掛かってきたのなら、もう「黒でーす」と自白しているようなもの。損害賠償を蹴ってまで、こちらと争う理由はない。
「はっ、とんだ腰抜け野郎だな? こっちがちゃんした言い訳をお膳立てしてやったのに掛かってこねーなんて、ほんと警邏隊は大したことのないクソ部隊だな?」
はい、確定ー。
もう間違いなく何か裏がある!
このおっさんには絶対に手を出すべきではないな。
何が目的なんだ?
「ほら、もう一発殴ってやるぜ、っとぉ!!」
おっさんから右フックが飛んできたので、すかさず身体強化、練度5、発動!
バシンっといい音が鳴るが、今度はそう大したダメージにはならなかった。身体も微動だにせず、巨木のようにその場に立ち尽くす俺氏。これならきっと殴った相手の拳の方が痛いはず。
しかし、他者からはそんな風には見られなかったようで、カミラさんがまさかの行動へと出ることに。
「お願いです、もうやめてください! 本当に、本当に申し訳ありませんでした! 私の態度が気に入らないというのでしたら、いかようにもさせていただきます! ですので殴るのであれば、どうか私を!」
そう言って俺の前へと出てきたのだ。
カミラさん、それはまずいって!
万が一、おっさんがカミラさんの顔に傷でも付けようものなら、俺は間違いなく身体強化練度10を発動した上で、天衣無縫の修羅と化す。
美醜関係なく女子の顔とはそれほどまでに尊い。
そうなれば、ギルドマスターに挨拶どころの話じゃなくなるから!
「カミラさんは下がっててください。ここは俺が話をつけますから。その後にギルドマスターとの……」
――あっ!?
「ヨハンさん?」
わかった。
違和感の正体。
「はっ! ちゃんちゃらおかしいな。話をつけるだと? つけれるもんならつけてみやがれ、おらぁ!!」
「ヨハンさんっ!!」
おっさんに頬を殴打されるが、ちょっとガン無視しておこう。殴られてもそんなに痛くないし。逆にもう殴りたいだけどうぞ状態。
そんなことよりも俺の感じた違和感の正体だ。
それは――。
ギルドマスターが出てこないことだ。
さすがに自分とこのギルメンが、これだけギルド内でバチバチやり合ってんのなら、嫌でも責任者が顔を出して止めに入るのが普通だろう。
いくら冒険者ギルドが警備隊のことをあまり良く思っていないとはいえ、こんなあからさまに敵対する行為はまずやらない。
冒険者家業は信頼が全て。
警邏隊と揉めて損するのは冒険者ギルドの方だというのに、肝心のギルドマスターが出てこない。
いや、むしろこのおっさん、ギルドマスターの命令で俺たちに絡んでいるような気がしてならない。
「ぐあ!?」
そんなことを考えていたら、俺をひたすらに殴っていたおっさんの拳が切れて出血し始めた。
レベルアップの恩恵もあるのだろうか、練度5の強化幅が以前のそれと違う。
グンッと上がってるような気がする。
それでもちょっとホッペがジンジンするけど。
「くそっ、なんなんだよお前はぁ!?」
そうです、私が転生クソ野郎です。
などとは言わず。
「――王都特務隊、隊長のヨハンと申します」
ちゃんと自己紹介をしてみた。
ポンポンっと服を叩きノーダメージアピールも忘れずに。
「もうやめにしませんか? なぜそちらのギルドマスターが、あなた方を使って我々といさかいを引き起こそうとしてるのかは知りませんが、さすがにこの争いは不毛です」
「な、何を言ってやがる!」
おっさんの顔に焦りが生じる。
どうやらビンゴのようだ。
こういう時のポーカーフェイスは大事。
「ヨハンさん、どういうことですか!?」
カミラさんがそう問うので。
「理由はわかりませんが、こちらのギルドマスターは我々とそちらの冒険者の方を、敢えて揉めさせようと考えているみたいです」
「そんな……、なんで……」
「適当言ってんじゃねぇぞ、こらぁ!」
V字おっさんが、テーブルの上に置いてあった未開封のワインボトルを俺の頭に叩き付ける!
――ガシャァァン!!
見事に砕け散ったワインボトルから溢れる落ちる液体が、俺の服を真っ赤に染め上げた。
「どうした! ほら、掛かってこいよ、このクソ童貞ホモ野郎が!!」
俺を怒らせようとしているようだが、ネタバレしたマジシャンほど見ていて虚しいものはないな。そんな分かりきった地雷を踏むほど俺は愚かではない。
にしても、ちょっとこれは酷い。後でこいつにクリーニング代を請求せねば。
さて、相手の企みが分かった以上、さっさと引き上げるとするか。でも、どうやって逃げよう?
V字おっさんは既に臨戦態勢だし、簡単には逃してくれないだろうな。
それならカミラさんを抱えて脱兎の如く逃走とかいいな。お姫様だっことか最高じゃん。何よりも女子にボディタッチ出来るのが良き。
……って、おやおや? 誰かこっちに来たぞ?
あいつらって確か……。
「カミラさん、今日のところは帰りましょう。また後日、改めて伺うことにしませんか?」
「は、はい!」
「逃すと思ってんのか、こら!?」
「ええ、あなたはそう思ってるようですが、後ろにいる皆さんはそう思ってらっしゃらないようですよ?」
「何を……」
V字おっさんが振り返ると、先ほど集結したおっさんどもが、昨日ラウルが話していた『紅衆』と呼ばれるプラチナランクの冒険者集団にあっさりと拘束されていた。
「ヴァ、ヴァーミリオン!? なんでここに? 出て行ったんじゃないのか!?」
「きみと彼の騒動を聞きつけてね。舞い戻って来たよ。さて、これは一体どう言うことか説明してもらえるかな?」
リーダーと思われる赤いコートを着たイケメンが、V字おっさんにぐいっと詰め寄る。
さすがのV字おっさんも相手が悪いのか、これには腰が引いてしまうようだ。
「く、くそっ!! プラチナランクだからと言っていい気になるなよ! このことはギルドマスターに報告させてもらうからな?」
「ああ、好きにすればいい」
そう言い残しV字おっさんが逃げ出すと、後ろで拘束されていたおっさんたちも解放され、すたこらどこかに消えて行った。
するとイケメンリーダーが。
「きみ、大丈夫か? うちの者が迷惑を掛けた。本当にすまない」
と、頭を下げる。
おお、どうやらこのイケメンリーダーは良識ある人のようだ。さすがはプラチナランク。
「いえいえ、大丈夫ですよ。服は汚れてしまいましたが、こちらに怪我はありません。それにあなた方が謝罪する必要はありませんから」
「そう言ってもらえると助かる」
「しかし、またなんでこんなことに?」
「それについてだけど、また日を改めてこちらから出向かせてもらってもいいかな? ここだとちょっとね。察してもらえると嬉しい」
あー、なるほど。これは失敬、失敬。
冒険者ギルドも一枚岩じゃないってことか。
「承知しました。では、我々の住所ですが……」
そんなやり取りをして、紅衆に見送られ我々は冒険者ギルドより撤収。なんとか無事にその場を後にすることが出来た。
――しかし。
馬車に乗り込むと、カミラさんがいきなり声を上げて号泣するというトラブルに遭遇する童貞。
「ひっく、ひっく……、ヨハンさん、ごめんなさい。わ、私が、不甲斐ないばかりに、ヨハンさんが、たくさん、殴られちゃうことに、なってしまって……、ふぇぇーーーん」
どうしよう?
カミラさんの嗚咽が酷くて句読点が半端ないことに。
V字おっさんとのやり取りが霞むほど、困ったんだけど? なんて声を掛ければ正解?
「カ、カミラさん!? ほら、怪我なんてしてませんから? もう元気、元気、元気はつらつ、なんてね」
「全身真っ赤じゃないですかぁー、ふぇぇーん」
これはワインだっつーの!!
え、もしかしてワインの匂いで酔っ払ってんのこの人? なんか幼児退化してるぞ?
それから帰るまでの間、俺はカミラさんを慰め続けた。
そして特務隊支部に帰ると、さらに騒動は続く。
俺の姿を見たローズリリイとルナ氏がキレて、冒険者ギルドにカチコミに行こうとしたのだ。
これには焦りに焦る。
というかなんでルナ氏までキレてんの!?
真顔で矢筒に矢を補充してる姿怖ぇーよ!!
そんなこんなで事情説明をすることしばらく。
やっと落ち着いたのか。
「それじゃあヨハンは相手の動向を見るために、わざと様子を見たってことね?」
「そういうことです、リリイさん」
「それにしたって無抵抗の隊長に対しての暴力は、決して許されることではありません!」
「まぁまぁ、ルナさんも落ち着いて。それが相手の狙いのようなんで仕方ないです」
「でも!」
なぜかルナ氏が納得してくれない。
「それに後日、プラチナランクの紅衆の方々が、事情を説明するためにここまでやってまいります。その時に改めて考えるとしましょう。今、動くのはなんだかまずい気がしますので」
「わかりました。でも、私はその冒険者を絶対許しませんからね」
ルナ氏、意外と頑固。
その優しさが嬉しい反面、ルナ氏を怒らせると怖いんだと思い知らされる今日この頃。
こうして俺たち特務隊を巻き込むようにして、騒動の火種は大きくなっていく。
ハーフベル冒険者ギルドの、波乱の幕開けとなった。
【あとがき】
本日も異世界えぶりでいを読んでいただきありがとうございます!
二章ラストの投稿です。
後に加筆するかもしれませんが、その際はまたあとがきでお知らせさせていただきます。
三章はハーフベル冒険者編を予定しております。
引き続き読んでいただけましたら幸いです。
最後に感想、誤字報告、ブクマ、評価をしていただきました皆様、本当に感謝感激雨アラシ。
これからもどうぞよろしく!




