3話 再び拉致られました
――翌日。
時刻は昼の十二時を過ぎたくらい。
罪深き童貞は街へ外出することもなく、ぐーすか部屋で寝ていたのだが、コンコンっと部屋のドアをノックされる音で目が覚めることになる。
次いで。
「ヨハン君? ヨハン君、いるのだろう? 頼む、早く起きてくれ!! きみにお客様だ!!」
寮長の慌ただしい声。
何事かと思い、着の身着のままドアを開けると。
「おお、良かった! やはり寝ていたか! ヨハン君、きみにお客様だ! すぐ支度して下まで降りて来てくれ」
そう俺に伝えると、寮長は猛スピードで階段を駆け下りて行った。
はて、俺に客とな?
まったく思い当たるフシなどなかったので、二階の窓から下の様子をチラリと覗き込む。すると、兵舎の前には昨日乗ったリムジン馬車が横付けされているではないか。
……ローズリリイやんけ。
え、なんでいんの?
やだ、会いたくないんだけど?
行かなきゃダメだろうか?
しかし居留守を使おうにも、すでに寮長が対応してしまっている。
くっ……、すでに選べる選択肢がないって酷くない? なんたってこんなことに。
全てを諦めた俺は、渋々と身支度を整えていく。
それにしても、なーんで大貴族の娘が、こんな平民の男に絡んでくるのかね? ローズリリイには王国ヒエラルキーを良く理解してもらいたい。イエス平民、ノータッチ。それを心掛けてもらいたいものだ。
そして準備が終わり、トボトボと玄関まで降りて行ったのだが。
「ねえ、遅いんだけど!!」
両腕を組んだガンバ〇ターのようなポーズで立っていたローズリリイに、開口一番そう言われる始末。
アポなしで来ておいてこの強気な態度。
もはや怒りを通り越して、逞しさすら感じる。
後ろのナイスミドルの執事さんが、どことなく申し訳なさそうにしていたのが唯一の良心か。きっと彼も苦労しているのだろう。
「お待たせしてすみません。まったく身支度を整えてなかったもので。えーっと、今日はどのようなご用件でしたでしょうか?」
「昨日の話の続きよ。馬車の中で説明するからとりあえず乗りなさい」
え、続きもクソもないんだけど?
なんの続きがあるというのか?
昨日、全部円満に解決したじゃんかよ。
「ほら、早く! こっちよ」
理解が追い付かず呆然と立ち尽くしていると、ローズリリイに腕を引っ張られ、そのまま馬車へと押し込まれた。
すっごい積極的なんスね。
兵舎に居た非番の先輩たちが、もの珍しさにこちらを見ていたが、誰一人助けてくれないという。
やはりラウルとルナ氏は尊いな。
でも二人って実家住まいなんだよね。
さすがにヘルプは望めない。
こうして俺は、再びローズリリイに拉致されることになった。
◆◇◆
執事に案内され、昨日のように向かい合わせに座る俺とローズリリイ。
専属のメイドがテーブルに紅茶を運んできたので、それを口にする。……うむ、旨し。食器から茶葉まで全てが一流。さすがは侯爵家。
今日はどうやらおもてなしはしてくれるようだ。昨日は茶すらなかったからな。
「それでローズリリイ様? お話とは一体なんでしょうか? 昨日の件で何か不備でも?」
カチャリと紅茶のカップを受け皿に戻して、そう切り出してみた。手短に行きたい。
「いいえ、違うわ。実はここにくる前に貴方の職場に行ってきたのよ」
「職場……ですか? えっと、何か御用でも?」
「ええ、実は私も貴方の言う特務隊に入ってみたくて、所長のアグライト男爵に直談判しに行ったのよ」
へぇ、そうなんだー…………って、何をバカなこと言ってんのこいつ!? 侯爵令嬢が警邏隊に入れるわけがないじゃん!! え、まじで何してんの?
「えっーと、まったくと言って良いほど話の流れが見えてきませんが、何かどうなってその結論に至ったのでしょうか?」
「以前、お爺様が若いころ、修行のために一人ダンジョンを渡り歩いたってお話をされていたの。陸上のモンスターたちとは違って、ダンジョンのモンスターって魔素の集合体でしょ? 倒せば倒すほど私たちの身体や技も強化されるってお爺様からお聞きしたのよね。なら私がそこへ行かない理由はないでしょ?」
いや、全てが初耳なんですが?
というか、お前がダンジョンに行きたい理由に俺を巻き込むなや。
「ローズリリイ様? 失礼ながらダンジョンモンスターを倒していきなり強くなるなんて話を、自分は聞いたことありません。それが実戦経験という意味合いなのでしたら、何も危険なダンジョンに潜らなくてもいいのではないかと。騎士団を帯同して地上のモンスター討伐に出掛けた方が、安全面や効率面としても良いのではないでしょうか?」
ローズリリイの後ろに立つナイスミドルな執事さんも、俺の言葉にうんうんと頷く。
「わかってないわね! お爺様が言うには、地上とダンジョンでは魔素の還元率が全然違うっておっしゃってたわ!」
「還元率?」
「そ! 難しいことはあまりよくわからないけど、私たちも魔法を使う時って体内魔素を魔力へ変換して使用するでしょ? モンスターを倒した時に発生する魔素も、少しだけど人体に取り込むってお爺様がおっしゃっていたわ。それが私たちの力にもなると」
なるほど。要は表面化してない経験値なるものが存在し、この世界の人たちも、俺と同じようにレベルアップしていくってことね。
「それであれば確実に騎士団を引き連れて行くべきですね。こちらの部隊は新人の集まり、しかも少数です。下手すれば間違いなく死にます。そんな危険な部隊にローズリリイ様のような高貴な御方を入隊なんてさせられません」
やはり後ろのナイスミドルな執事さんが、大きくうんうんと頷く。ほんと苦労してんのな。
「騎士団なんて堅苦しくて嫌よ。ただの貴族の寄せ集めじゃない。それに私より強い人なんてほんの一握りなのよ? 変なプライドの塊のような騎士団よりも、貴方のところの部隊の方がよっぽど面白そうじゃない」
強さの判断基準を自分に設定しないでいただきたい。
それにお前も大概その塊の一つだからな?
「そうそう、執事のオリバーから聞いたんだけど、貴方って首領巨獣鬼を単独で討伐したみたいじゃない。それこそ同じことを出来る騎士なんて王国に何人いるのかしらね?」
げ、なんでこいつがそのことを知ってんの?
誰だよ、ゲロったの?
疑問に思って話を聞くと、後ろに控えるナイスミドルな執事が、密偵のごとく俺の身辺調査を行っていたようだ。
なるほど、だから俺の所在がこうもあいつに筒抜けだったのか。
「それで特務隊に入りたかったんだけど、アグライト男爵が、隊長である貴方の許可がない限り入隊を認めないって言うのよ」
え、そうなの?
というかさっきから気になってたんだけどパグって男爵なの? 領地なしの宮廷貴族なのだろうか?
「だから貴方に一緒に着いて来てもらって、私の入隊を許可してほしいのよ」
ほんとこのお嬢様、何を言ってるんでしょうね?
後ろの執事さんを見ると、首をブンブンと横に振った。
どうやら言っても聞かなかったらしい。
何故か俺と執事さんの間で成立している無言のアイコンタクト。
で、あるならば。
「え、無理ですけど?」
俺が断らねば仕方あるまい。
「なんでよー!!」
もちろん喰いついてくるのは織り込み済み。
ここは正論で打破していくしない。
「まず第一に、ローズリリイ様がいらっしゃるとチームの連携が取れないことです」
「どういうこと?」
「簡単なことです。チームメンバーがローズリリイ様に気を使うでしょ? それこそ隊長の俺でさえ貴女様にどのような指示すればいいのかわかりません。であるならば隊の雰囲気がギクシャクするのは必然というもの。さすがに任務中に不敬罪で処罰されては適いませんからね」
執事さんがうんうんと頷く。
どうやら良い流れのようだ。
「ふーん、それならお爺様に頼んで私をアンガスター家から除籍してもらうわ。どうせ家督はお兄様たちが継ぐもの。別に好きで貴族やってるわけでもないし未練もないわ」
これには執事さん、アメコミかと思うぐらいあんぐりと顎を下げていた。
かなりの想定外のようだ。
それにしてもお嬢様の思考がぶっ飛び過ぎてて困る。
というよりかは思い切りが良すぎるのか。
「お待ちください。まだ理由がございます。次に、遠征中は清潔を保てないということです。お風呂もなえればフカフカのベッドもありません。恐らく夜は野宿です。食事なんかも硬いパンに干し肉くらいなもの。ローズリリイ様にこれを耐えろと申し上げるにはちょっと……」
「全然、問題ないわよ! 以前、お爺様と武者修行の旅に出かけた時も外で野宿はしたもの。私は平気よ!」
ダメだ……、ちょっと俺の知っている貴族令嬢と大きくかけ離れているんだけど?
普通もっとウフフ、オホホしてる生き物だとばかり。
なんでこんなに逞しいの?
ホームレスの経験でもあるの?
なるほど、これはあの執事さんも手を焼くわけだ。
「あの……、一つお聞きしても?」
「何? なんでも答えるわよ?」
「なぜ、俺なんですか?」
そう、そこなのだ。
別に俺じゃなくても騎士団には強い人や、面倒見のいい人が絶対にいるはずである。何もここまで無理をして特務隊に入らなきゃいけない理由が見つからないのだ。
するとローズリリイは顔をプイっと横に向けこう言い放つ。
「それは貴方が…………、同い年だからよ!」
「へっ?」
彼女の頬が徐々に紅潮していく。
オウ……、ツンデレぇ。
それにしても肝心の理由が無茶苦茶だな。
理由が同い年って……、ふふ、ふふふふ。
俺は堪えきれず含み笑いをしてしまう。
「何が可笑しいのよ!! 悪い!? 実力の近い同年代の知り合いなんて私にはいないもの!! ちょっとくらいチームメイト気分を味わわせてくれたっていいでしょー!?」
「いや、その……なんというか、意外だったもので」
可愛いとこあるじゃないかお嬢様。
なら、ちょっと条件出してみるか。
条件を理解した上で入隊したいって言うのならもう及第点でしょ。俺的には文句はない。
それに童貞の指示で動くツンデレお嬢様とか面白そうだし。というかむしろ良いし。滾るし!
「あの、ローズリリイ様?」
「何よ!?」
ツンデレ特有の恥ずかしがり屋が爆発して顔が真っ赤だ。
「入隊するにあたっていくつか条件があるのですが、それは呑んでいただけますでしょうか?」
「いいわ、言ってみなさい」
「まず入隊したらチームメンバーに迷惑を掛けるような自分勝手な行動はしないこと。協調性を持ってコミュニケーションをとるように心掛けてほしいです」
「大丈夫よ。なんなら私のことを呼び捨てにしてくれても構わないわ」
「次に、仕事内容に文句を言わないこと。あくまでも特務隊は調査チームです。ダンジョン攻略部隊ではありませんので、調査だけして終わりということもあります。もしかしたらローズリリイ様が期待しているような仕事内容にならないケースの方が多いかもしれません。それでも良いのでしょうか?」
「ええ、これも経験と割り切るわ」
「そして最後に、隊長である俺の命令は絶対に従ってください。攻撃にしろ撤退にしろ、その判断は俺がします。これが無理なようでしたら入隊を諦めてください」
「全然、問題ないわ。殿を務めろというのであれば喜んで引き受けるわ」
おいおい……、まじかよ全部条件を吞みやがったし。
執事さんを見ると、何やら諦めた様子。
ご期待に添えず申し訳ない。
童貞は、童貞の指示で動くお嬢様を見てみたいのです。
「でも、私からも貴方に条件があるわ」
な、なんですと!?
ここにきて手のひら返しとか。
さすがはS属性の申し子。
「入隊したら私への敬語をやめて頂戴」
フッ、とドヤ顔のお嬢様。
嫌いじゃないなぁ。
「わかりました。では、お言葉に甘えてそうさせていただきます、ローズリリイさん」
「長ったらしいからリリイでいいわ。私もヨハンって呼ぶから」
そこは隊長だろ、と思ったがまあいいか。
恐らくパグが与えてくれただろう、最終防衛ラインを粉々に粉砕してしまった俺氏。
さて、どうなることやら。
俺たちはパグに会うために詰所へと向かった。
【あとがき】
本日も読んでいただき誠にありがとうございます。
ローズリリイを仲間に入れたい今日この頃。
もう少しだけだらだらが続きます。
昨日からブクマ、そして評価していただいている読者の皆様!本当にありがとうございます。まさかここまで伸びるとは……。自分でも驚いております。とても励みになりました!みんなツンデレ好きなんですかね? 違うか。また今後も頭を空にして読んでいただければと思います。
お知らせですが、明日の更新はございません。
4話、5話の書き直しのため、次は8月6日(土)となります。
しばしお待ちください。
よろしくどうぞ!




