1話 王国兵士ヨハンの目覚め
目が覚めるとどこか見慣れた白い天井が。
むくりとベッドから身体を起こして辺りをキョロキョロと見渡す。
簡素なベッドが四つ置かれた医務室だった。
どうやらいつの間にか、俺が住んでいる兵舎に併設された病院まで運ばれていたようだ。
部屋の窓から差し込む陽の光から察するに、おそらくまだ朝方であろう。
小鳥のさえずりがなんとも心地よい。
無事に助かった安堵感からか、俺は糸の切れた人形のように再びベッドにボフンッ倒れこんだ。
あの頭の痛みはヤバかった。経験したことのない痛みほど耐え難いものはない。よくもまぁ我慢できたものだ。
それにしてもまさかこの俺が転生者だったとは。
人は心底驚くとなんの感情も湧かないというが本当のことらしい。逆に冷静になるという。せっかく神様から授かったギフトの記憶を思い出したのに、他人事のように感じてしまうのは、この世界でヨハンとして過ごした時間が長かったことも要因の一つかもしれない。
だからまずは一度、頭の中の記憶を整理しなければならないな。これが夢じゃないということを確認したい。
だって俺が転生した理由からふざけているからね。まさにテンプレというやつだ。
前世の俺はどうやら「神様の手違い」とやらで死んでしまったらしい。というかなんなんだろうね、神様の手違いって。神様って全知全能じゃないの?
しかもその神様が女神様ではなくて、つるっぱげのじーさんだったってのも無性に腹が立つ。こういう時の相場ってのは美人な女神様だろうに。
あまりのテンプレ展開のため神様面談の内容は省くが、さすがの俺でも手違いで殺されてちゃあ辛抱堪らない。神様に悪質クレーマーの如く文句を言ってやった。その甲斐あってか、お約束の神様ギフトはいただけることになったが。
神様との手打ち内容にも満足した俺は、意気揚々と新世界へと旅立つことになるのだが、ここで再びありえないミスが発生した。
それはじーさんが転生体に前世の記憶の引継ぎを忘れるというものだった。
これはもうね、神様討伐を視野に入れても良いレベルのミスだと思う。あろうことか一度ならず二度までも。仏メンタルの俺でもさすがに許すことはできない。
この身を英霊と化し、ロンギヌスの槍を手に入れ、じーさんの頭を滅多刺しにしたい。それはもうズボズボと。そして最後は月に磔にして、その身で永遠に罪を償ってもらわなければ気が済まないレベルである。
しかし、そんなことしても俺が失った代償は取り戻せないことくらいわかっている。
幼少期からの修行パートも、俺TUEEEとなり最強冒険者への道も、可愛くて美人な幼馴染とのいちゃらぶ展開も、夢のエルフ奴隷ハーレムも、俺の野望という野望が全て水泡に帰してしまった。
さらに言えば、この世界で生を受けて十六年経つが、未だ俺が童貞というものすべてあのじーさんのせいである。前世から数えればゆうに童貞歴が四十年を超えるのだ。これは到底許されることではない。
おっと話が逸れてしまったな。
とりあえずじーさんの討伐は現状無理な話なので死んでから考えることにする。その時はとびっきりの呪詛を撃ち込んでやろう。俺の寿命が尽きるまで、毎日ちょっとづつ神への怨みを日記に綴ってやるんだ。びっしりと。
「……コノ怨ミ、ハラサデオクベキカ」
そんな神への復讐を誓った時だった。
どこからともなく頭の中にか細い声が聞こえてくる。
そして申し訳なさそうに一言。
――すまんのお。誠にもってすまん。
どこか聞き覚えのある声だった。若干声にエコーのようなものが掛かっているが。
うん、間違いない。
これ神様だわ。
というか下界に干渉できるのかよ!?
「おい、じじい? これは一体どういうことだ? 話が全く違うじゃないか! 全知全能の神が聞いて呆れるぞ」
――ほんとすまんて……すまんて、すまんて。
これでもかと無駄にエコーが掛かる声。
イラっとした。
「すまんで済むわけないだろーが! こっちは人生掛かってんだよ! というよりも既に就職して生活基盤まで出来ちまってるし。これから大幅に進路変更しなきゃならない俺の身にもなってみろよ?」
庭師の父と、裁縫士の母。
俺が警邏隊に入隊出来たのは、父がある貴族宅の仕事を受けたのが始まりだった。父が屋敷の主に気に入られ、仕事にあぶれていた哀れな息子の相談をしたのがキッカケである。だから俺が下手に警邏隊を除隊してしまえば、父の顔、いや父の職も失い兼ねない行為となるのだ。
だから正直な話、敷かれたレールの上をひたすら走り切るしかないのが俺の現状とも言える。
後一年……いや、後三ヶ月ほど俺が覚醒するのが早ければ……無念。
――これを授けるから許してほしいのじゃ。
すると身体の内側に、ビクンと刺激的な感触が。続けざまに頭の中に妙な機械音声も流れる。
【創造神ガイアードよりヨハンに『祝福』が与えられました。スキルポイントが500P加算されます】
おいおい。
「こら、じじい? 有無を言わさず買収すんな。とりあえず面と向かって話したいからまずはここまで降りてこい!」
――それは無理じゃ。これが、限界。ワシが降臨すると世界が大変なことになる。勘弁して。……勘弁して、勘弁して。
「というかそもそも下界に干渉できるなら、なぜすぐに俺の記憶を復活させなかった? そうすればここまで拗れることもなかったし。もしかしてミスの発覚が怖くてそのままなかったことにしようとしたんじゃないだろうな? どうなんだ、じーさん? まさかここまできて嘘なんてつかないよな?」
――うっ、それはその……。
「やっぱりか。神様がミスをもみ消すなんてどーかしてるぞ?」
――そう年寄りをいじめんでくれ。異世界転生などそう前例がない手続きなのじゃ。儂が悪かった。何か望みはあるか?
「いきなり望みとか言われてもすぐに思いつくかってーの。……じゃあ、とりあえずこれは貸しにしとくわ。だから今度は絶対忘れんじゃねーぞ?」
――あいわかった。それもいた仕方なし。その時は再び儂を呼ぶが良い。さらばじゃ。
「あ、おい、こら、まだ勝手に帰るんじゃ……」
さすが天上天下唯我独尊であるじーさんだ。言いたいことだけ言って帰りやがった。まだ文句も言い足りないのに。
「まあ、でも神様相手に貸しを作れたのは大きいな。これは上手く活用せねば。何にしよう?」
そんな感じでブツブツと独り言を呟いていると、廊下からパタパタと小走りで近づいてくる足音が聞こえてきた。
そしてガラッと両開きの引き戸が開けられると。
「あぁ、ヨハンさん! 良かったぁ、やっと目が覚めたんですね? 何やら声が聞こえたので来てみたんです。心配したんですよー?」
部屋へとやってきたのは、この病院の天使とも言える存在ナタリーさんだった。
歳は俺の二つ上のお姉様。童顔アイドルフェイスにスタイルは巨乳巨尻という童貞殺しの権化とも言える彼女。
肩口で切り揃えられたウェーブの掛かった金髪に、パツパツの白いナース服がよく似合う。というか胸の部分が今にもはち切れそうである。
正直、彼女目当ての兵士は多い。彼女に手当てされたいがためにわざと怪我をする奴もいるくらいだ。
天真爛漫に誰にでも笑顔で接してくれるナタリーさん。そんな彼女についたあだ名がアウストラの白い小悪魔。
推定Hカップという凶悪な兵器を装備し、なおかつ愛想も良いという。
堪らん、堪らんよ。
付き合いたい。
むしろ告白されたい。
というか告白してほしい。
盲目的に俺を愛してほしい。
「ヨハンさん、ここに運ばれてきてから三日間も眠りっぱなしだったんですからね? あまりお仕事で無茶しちゃダメですよ?」
そう言って微笑む彼女。
これはもうあかんですわ。
まじでラブいですわ。
彼女に童貞キラーの称号を追加したい。
というか。
「え? 俺、三日も寝てたんですか?」
「はい。顔の傷はすぐ治ったんですが、なぜか意識が回復しなくて。先生も打ち所が悪かったんじゃないかとおっしゃってました。ヨハンさん、ちょっと失礼しますね」
するとナタリーさんの右手が俺に額にピタリと添えられる。
うわー、柔らけー。
女子の手、柔らかいよー。
もう結婚してほしい。
「うん、お熱もないようですね! じゃあ、ヨハンさん。先生を呼んできますから少し待ってくださいね」
そう言うとナタリーさんは足早に部屋を後にした。
ああ、しまった。
仮病を使ってもっとナタリーさんと触れ合えば良かった。せっかくのチャンスが無駄に。こういう時に機転が利かないのが童貞たる所以なのかもしれない。
そしてナタリーさんに呼ばれて入ってきたヨボヨボの院長先生に、もう問題ないから早く退院せい、と催促されすぐに部屋を追い出された。
なんでもナタリーさん目当てで部屋に居座る愚か者がいるらいしい。皆考えることは同じである。
とりあえず今日のところは安静にとのことなので、そのまま隣接する兵舎へGO。
部屋に戻って神様ギフトの確認をせねば。
「さて、選んだチートが凶と出るか吉と出るか。こればかりは試してみないとな」
あーあ、まじでナタリーさん俺のこと好きになってくんねーかなー。