6話 フォルナ村実地研修 撤退命令
「ラウル、ネイさん! 百メートル先のT字路にゴブリン三体だ。このまま距離を詰めて一人一殺で行くぞ。いけるな?」
「「了解!!」」
四階層へ降りてもやることは変わらない。
先手を取って反撃を受ける前に終わらせる。それだけだ。
ラウルはシールドバッシュでゴブリンの体勢を崩し、そのまま剣で首を薙ぎ払う!
見事な連続攻撃だ、かっこいい。
ネイ氏は槌矛をフルスイングして、ゴブリンの頭をスイカのように叩き割る!
すっごいパワフル! これもかっこいい。
そしてラストを飾るのは俺。
こそっと後ろから近づいて、急所目掛けてぷすっと剣を突き刺す。
…………この落差よ。
アサシンのように動いたはずなのに、なぜか姑息な男のような取り回しになるのはなぜだろう?
しかも字面だけみたらサイコな通り魔。
相手がゴブリンじゃなかったら、お巡りさんこいつですー、なレベルである。
解せぬ、なぜか圧倒的に足りない主人公パワー。
そんなことを心の内で嘆いていると。
「ヨハン君、少しまずいかもしれない」
グラッドさんが辺りをキョロキョロ見渡しながら、そう語り掛けてきた。
どうしたんだろう、そんなに警戒して?
もしかして腹でも痛いのだろうか?
あの挙動不審っぷりは、山でトイレを探すようなレベルだ。
絶望に近い。
万が一、ズボンの中で茶色い固形物が大爆発なんてことになれば、グラッドさんは社会的に死ぬ。
なんとかしてやらねば。
俺は小声で。
「グラッドさん、ヘソの上辺りを押すと少し腹痛が和らぐみたいですよ?」
「腹痛じゃねーよ!! 瘴気だよ、瘴気!! 足元に紫色の煙が出てきたろ!?」
ふと足元に視線を移すと、足首の辺りにドライアイスを彷彿させるような紫色の煙が漂っていた。
おおっ!? 気付かなかった。
「これは?」
「魔瘴石から発生する瘴気だよ。視認できるレベルとなると鉱山がダンジョン化しようとしているのかもしれない。これはかなり危険な状態だ。ヨハン君、今すぐ引き返そう!」
うーん、なるほど。
無念だ、上官から撤退命令が出てしまった。
現在、俺たちのいる場所は四階層の後半部辺り。もうあと少しで五階層へいけるかなってくらいの場所である。
このまま撤退すればターニャちゃんバッドエンド間違いなし。
ヤンデレターニャがこの世界に爆誕する。
パーティリスクを考えるとそれもやむなし、というところだが、やはりロドリゲスさん生存の可能性も捨てきれない。
だったら。
「グラッドさん? 隊の指揮をお任せしてもいいですか?」
「なぜだ?」
「このままみんなを引き連れて撤退をお願い出来ればと」
「……ヨハン君、きみはどうするつもりだ?」
「五階層へと降りて、生存者がいないか気配察知だけでもしたいと思いまして」
「隊長っ!!」
ルナ氏が心配そうにこちらを見つめる。
こんな童貞の心配をしてくれるなんて、なんとも心地よい優しさを頂戴してしまった。
「ヨハン君? 作戦途中の単独行動は隊務規定違反となる。それをわかって発言しているのか?」
おお、そんな罰則があるのか。知らなかった。
あー……、罰かー。
罰を受けるのはちょっと嫌だなぁ。
謹慎かな。それとも減給?
まあ、どちらにせよ嫌だ。
……だがしかし。
ターニャちゃんの尊い笑顔が失われる方がずっと嫌である。心の天秤はずっとターニャちゃんに傾き続けているからね。
「そうですね。であるなら仕方ありません。隊の規定に従い、大人しく罰を受けることにしましょう」
「正気か?」
「もちろんです。罰を受ける受けないなんて俺にとっては些末なことです。そんなことよりも、もっと大切なことが自分にはあるんです」
「…………隊長」
するとルナ氏がギュッと両手を握り、叫ぶようにして言い放つ。
「それなら私も、私も一緒に連れていってください!」
ルナ氏の言葉が、なぜか脳内で自動的に”私と付き合ってください”に変換される。
はい、よろこんで!
……なんてことになればいいのになぁ。
そんな桃色な妄想を振り払うかのように真面目に答えた。
「それは駄目です。みんなのリスクを減らすための単独行動なので。ルナさんがついてきてしまったら、その意味がなくなってしまうでしょ?」
「だけど……」
ルナ氏が言葉をつづけようとする前に、ラウルが割り込んできた。
「おいおい、ヨハン? 水くさいなー、俺も一緒に連れてけよ」
「そうですよ、隊長殿? 仮に生存者がいたらどうするんですか? それこそ救出するのにリスクが高いじゃないですか?」
と、ネイ氏。
おいおい、これは一体どういうことだ?
そんな青春ちっくな展開は求めてなかったんだけどな。
「はぁ、まったく。揃いも揃って隊務規定違反者ばかりだな? ……仕方ない、三十分だ。残り三十分で切り上げるぞ?」
そしてなぜか折れるグラッドさん。
おう、テンプレぇ。
空気と化しているケイシーは、みんなが行くなら私も行くみたいな子なので問題はなさそうだ。いや、それはそれで問題なのだが、今は構ってられない。
「では、皆さん力を貸してもらえますか? 最短でここを突破しましょう」
「「了解!!」」
隊形を整えて、先を急ぐ。
何体か坑道の先にゴブリンがいるが、もはや俺たちの敵ではないので、バッサバッサと薙ぎ倒して行く。
――リンゴ―ン、リンゴーン。
そしてレベルも上がるという。
絶好調じゃないか、俺。
そんな絶好調男は二十分もしない内に、目的の五階層へと降りた立つことが出来た。
「隊長、生存者はいますか!?」
そうルナ氏が言うので、すぐさま気配察知を掛けると。
「…………生きてる。何人かの気配を避難施設で感じる!! ……ルナさん、六人も生存者がいますよ!!」
「ほんとですか、隊長!?」
ルナ氏思わず涙目。
それと同時にターニャちゃんヤンデレ化回避ルートが開かれた。
「グラッドさん、救出に向かいますがいいですよね?」
「ああ、ここまで来たんだ。どうせなら助け出して帰ろう!!」
地図を確認しながら、奥へ奥へと向かう。
ただ一つ心配なことが。
ここ五階層は上階よりも瘴気濃度がさらに濃く、紫色の靄は膝下の辺りまで達しようとしていた。
しかも俺たちの向かう避難施設の奥には、おどろおどろしい気配を感じるのだ。
正直、俺の本能が行くなと申しております。
めっちゃ怖い。何が怖いって雰囲気が怖いのだ。体験型お化け屋敷のような、何か出てくるんじゃないかって恐怖を覚える。
でもそんなことはみんなには言えない。
俺を信じてついて来てくれた仲間がいる以上、そんな弱音なんて吐ける訳がない。
だからロドリゲスさんを回収してソッコーで帰還しようと思う。それはもう光のように。
「ヨハン君、ちなみに魔瘴石の気配も感じるか?」
と、グラッドさん。
聞いて欲しくはなかった。
「はい、ビンビンと。恐らく避難施設の奥です」
「……そうか、その周りにモンスターの気配は?」
「ありません」
「出来ればとなるが、魔瘴石の破壊も試みたい。恐らくこのまま放置してしまえば鉱山のダンジョン化は止められまい」
ええ、わかってますとも。
俺もそれはわけっているんだが、なんか直感でやばい感じがするんだよぉぉ。
早く逃げろと本能が申しておるのです。
お家に帰りたい……。
そして邪魔なゴブリンを倒しながら、猛ダッシュで進むこと十分……。
俺たちは目的の避難施設へと到着することが出来た。
そこは岩肌に掘られた防空壕のような場所。入口には重々しい鉄製の扉が備え付けられていた。
中に人の気配を感じる。
扉を開けようとするが、内側からカギが掛けられているようで開かない。
仕方なしに叫んでみることに。
「警邏隊です! 助けに参りました! ここを開けてください!」
しかし反応はない。
警戒しているのだろうか?
それにしたって居留守は良くないと思うよ?
すると見かねたルナ氏が、扉をドンドンと叩きながら訴えかけるようにして叫んだ。
「ロドリゲスさん、いらっしゃいますか!? ターニャちゃんに頼まれて助けに来ました! ターニャちゃんが心配してます! いらっしゃるのであれば返事をください!!」
そんなルナ氏の声に呼応すからのように、室内からこちらへ近づいてくる気配が一つ。
そして……、ーーガチャ!!
扉が開いた。
「あ、あんたたち、た、助けに来てくれたのか?」
出て来たのは、頬のこけた中年男性。
見た目は路上生活をされているプロの方々のような佇まい。十日もこんな場所にいたらそうなるわな。
とりあえず俺が代表で応えることに。
「はい、王国警邏隊の者です。あなた方を救助しに参りました」
俺の言葉に部屋の奥からも歓声が上がる。
皆やつれてはいるが六人全員無事である。ほんとに餓死してなくて良かった。
室内を見ると地面にはワインなどの酒瓶や、干し肉の残骸などが落ちていた。
なるほど食料は多少なりともあったのか。
「あの、この中にロドリゲスさんはいらっしゃいますか?」
居ても立っても居られないルナ氏がそう問い掛ける。
「ロドリゲスは私だか、ほんとにターニャが君たちを呼んでくれたのか?」
扉を開けた男がそう応える。
ロドリゲスゲットぉぉぉ!!
そして。
うぃーあーー、ミッションコプリィィィートぉ!!
まじでおめでとうだよ、俺!!
ターニャちゃんとのハッピーエンディングは目前である。後はロドリゲスを送り届けるだけだ。
ノシを付けてターニャちゃんに渡してあげたい。
「詳しい事情は後で。とりあえず一刻も早くここを脱出しましょう」
その時だった。
まるでアクセルペダルをべた踏みしたかのような勢いで、ぐんぐんと強まる邪悪な気配。
やはり悪い予感とは的中するもので、散々調子こいていた俺に天罰が下ることに。
――ドォォォォォォォン!!
轟音がしたと思えば、いきなり鉱山が縦に大きく揺れた。
体感とすればマグニュード7.0。
さすがにこれはヤバい。
鉱山で地震とか最悪のケースやんけ。
このままだと天井が崩れて生き埋めになってしまう。
「みんな早く部屋の中に入るんだ!!」
俺の号令とともに駆け込むようにして部屋へと避難。
ここも無事とは限らないが、天井から大きな岩盤が落ちてくるよりはマシだろう。
突如発生した地震は時間にしてたった三十秒ほどだったが、俺たちに恐怖を与えるのには充分すぎる時間だった。
恐怖で誰一人口を開こうとはしない。
唯一、地震経験がある俺が多少動けるだけであった。とりあえず生き埋めになっていないか気になるところ。
恐る恐る避難施設の扉を開ける。
するとーー。
そこは先ほどまでの景色とは打って変わり、一面見渡す限りの平坦な場所と化していた。
迷路のような坑道から、壁も何もかもなくなり、ワンフロア全て更地になるという規格外の現象が起きたのだ。
……うわぁーい、ここでサッカーが出来るぞぉ。
人は理解の範疇を超える事象を目の当たりにすると、現実逃避したくなるんだなって思った。
「な、なんていうことだ……、鉱山がダンジョンと化してしまった……」
背後からグラッドさんがやって来て、今の俺が聞きたくない台詞ベストワンを簡単に口にしてしまうという。
「とにかくすぐにここから脱出しましょう! 幸いなことに四階への通路の入り口は位置は変わっていません」
早くここから逃げ出したい。
ロドリゲスさんも回収出来たし、ダンジョン攻略は騎士団にでも丸投げすればいい。後のことなんて知らんがな。
――しかし運命の神様は、そんなみみっちい俺を見逃してくれなかった。
部屋の中央部、地面から突き出た大きな黒い水晶。
恐らくこれが魔瘴石なのだろう。
そこから黒い靄が大量に上がり、みるみる内に巨大な人型を形成していく。
体長にしておよそ五メートル、かなりデカい。
黒い靄が身体からペリペリと剥がれ落ちると、そこに現れたのは一体の巨大な魔物。
「嘘だろ……、なんでこんなところに首領巨獣鬼が現れるんだよ!!」
どうやらあれがダンジョンのボスのようだ。
もう堪んないね。
【あとがき】
本日も読んでくださり誠にありがとうございます。
実地研修編のラスボスが登場しました。
まだ少しだらだらと続きますがお付き合いください。
お知らせですが、明日と明後日の更新ですが、仕事の都合によりございません。
次回の更新は23日(土)となります。
しばしお待ちください。
最後に、昨日評価いただきました読者の皆様、本当にありがとうございます。
暇つぶしがてら読んでもらえれば幸いです。
よろしくどうぞ。