プロローグ
……痛い。
めっちゃ痛い。
泣きそうになるくらい痛い。
俺は今、酔っ払いに顔面を殴打されて、鼻血を垂れ流しながら地面にうつ伏せに転がっている。
新人警備兵である俺は、職務上、仕方なく冒険者同士の喧嘩の仲裁に入ったが、結果はコレだ。
床ペロ万歳。
元々、ただの一般人だった俺に、あんな肉食獣のような脳筋どもの喧嘩を止めろという方が無理なのだ。
オーガの喧嘩をゴブリンが止めれるとでも?
お店には悪いが、このまま気絶したフリをして同僚たちを待たせてもらおう。
一人ではまず無理。
まさにミッションインポッシブル。
俺が所属する王都警邏隊の警備隊部門全員、いや……あの二人を見る限り騎士団出動まで必要かもしれない。
とにかくどう見ても俺の手に負える状況ではないのは間違いないだろう。
言うなれば戦略的撤退に近い。
だから再び止めに入らないのは、決してあの二人が怖いからジャナイヨ?
それに本当に痛みが酷いのも事実である。
殴打された鼻頭もそうだが、なぜか頭が割れるようにズキンズキンと痛むのだ。
あの冒険者に変なスキルでも使われたのだろうか?
普通の頭痛とは異なる痛み方だ。
言うなればゴブリンに直接脳髄を食われているような感じ。まぁ食われたことないけど。
ただあまりの激痛に時折意識を持っていかれそうになる。
もしかしてこれって本格的にヤバいやつ?
物凄く不安になるんだけど?
すぐに回復魔法を掛けてもらわないと生死に関わったりして……、いやしかし、今起きようものなら間違いなくあの酔っ払いどもの餌食となる。
さっき殴打された時も、まるで肉食獣が草食獣を見るかのような目つきだったし。
くっ、ここはやはり我慢だ、我慢。
頼むから早く来てくれ、戦友たち!
そんな俺の切なる願いも虚しく、冒険者同士の喧嘩は一刻ほど続いた。
時間が経つにつれ、全身に嫌な汗が滲んでいく。
そして俺は我慢に我慢を重ねたせいか、同僚たちが駆け付けたと同時にその意識を手放すことに。
意識が沈んでいく中、俺はある不思議な体験をすることになる。
走馬灯のように見たこともない記憶の数々が気泡のよう流れていくのだ。
それは俺が日本人だったころの記憶……。
――いわゆる前世の記憶。
この俺こと新人警備兵ヨハンが覚醒した瞬間だった。