3話
ゴゴゴゴゴォォォ
銀髪の薄い黄色のドレスを着た女性が立っている。
しかし、その女性からは異常な気配が漂っていた。
「何?この気配は?」
サキュバスの額から汗が幾筋も流れ落ちた。
その女性から黒いモヤのようなものが立ち上る。
「よくも・・・」
「よくも・・・」
俯いていた顔を上げると、さっきまでスカイブルーの薄い青色の瞳が真っ赤な瞳に変わっていた。
全ての存在をも射殺すような鋭い視線でサキュバスを睨む。
余りの気迫にサキュバスがたじろいだ。
「よくもぉおおおおおおおおおおおおおおお!イザベラをぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ブワッ!
腰まである長い銀髪が舞い上がり、全身から真っ黒なオーラが噴き出した。
「な、何なのよ!この邪悪な波動はぁあああ!四天王よりも強烈な波動なんてぇえええええええええええええ!」
すぐに悪魔の方へと視線を移した。
「バフォメッツ!あの女はヤバイわ!雑魚は放っておいて、この小娘をすぐに殺しなさい!」
悪魔が振り返ると、いつの間にか漆黒の巨大な剣を握っていた。
軽く膝を曲げると勢いよく飛び上がり、オリビアへと遙か上空から斬りかかった。
オリビアから噴き出していた真っ黒なオーラがいくつもの塊に分れ、その一つ一つがグニャリと形を変え、十数本もの真っ黒な槍に変化し空中に浮かんでいる。
スッと腕を悪魔へと向けた。
「シャドウ・ランス」
そう言葉を発した瞬間に漆黒の槍が勢いよく悪魔に向かって発射された。
ドス!ドス!ドスゥウウウ!
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
全ての槍が悪魔の全身に刺さり、悪魔は大きな叫び声を上げた。
悪魔に向けていた掌から、今度は漆黒の玉が飛び出す。
みるみると大きくなり、力なく落下している悪魔にぶち当たった。
「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
オリビアが叫びだすと、その玉が更に巨大になり悪魔を飲み込んだ。
しかし、まだまだ大きくなりゆっくりと天井へと昇っていく。
「な、何なのよぉおおおおおお!あの小娘はぁああああああ!バフォメッツが瞬殺ぅううう!そんなのあり得ない!それにあの魔力!四天王の魔力を軽く越えているわ!何者なのよ!」
信じられない顔でサキュバスがオリビアと天井へと飛んでいく黒い玉を見つめていた。
その黒い球が更に大きくなり直径は10メートルを軽く超えている。
「デッド・エンド・バニッシュ!」
ボシュゥウウウ
オリビアが叫ぶと天井が消え去って青空が覗いている。
黒い球がぶつかった部分がそのまま消滅したような感じだ。
悪魔の姿はもちろん見えない。天井にぶつかる前に消滅してしまったようだ。
「そ、そんな・・・」
唖然とした顔でサキュバスが消滅してしまった天井を見つめていた。
「あの魔法は・・・、信じられない・・・、私達魔族に伝わる伝説の闇の最上級魔法・・・、全ての存在を無慈悲に消滅するあの魔法は我らが主、至高の存在である魔・・・」
サキュバスが呟いていたが、急にピクンと震え、恐る恐る振り向いた。
その視線の先には真っ赤な目でサキュバスを睨みつけているオリビアの姿があった。
「こ、この小娘が・・・、ま、まさか、いえ!あなた様は・・・」
しかし、サキュバスがブルブルと首を振る。
「そ、そんなはずがないわ!あれは単なる小娘よ!」
「許さない・・・」
オリビアから再びどす黒いオーラが噴き出す。
「イザベラを・・・、私を唯一理解してくれた人を・・・、よくも・・・」
「よくも殺したなぁああああああああああああああああああああああああ!」
「くっ!こうなったら!」
サキュバスが左手の小指を噛み食いちぎった。
そして床へと吐き出す。
「私のこの身を媒体にして上級悪魔を呼びだすしかない!まぁ、何人かの男の精を吸収すれば失った指も元に戻るでしょうね。」
床に転がった指を中心に、先程よりも更に大きな紫色の魔法陣が浮かんだ。
ズズズ・・・
魔法陣の中からまたもや人影が浮かび上がる。
「こ、これは・・・、あり得ない・・・、あんなのが出てきたらこの国が亡ぶぞ・・・」
国王が汗びっしょりの顔で魔法陣から出てきた人影を見つめていた。
その表情とは対象にサキュバスがニヤニヤと笑っている。
「ここまですれば血も魂も回収は出来なくなっちゃうけど、あの化け物の小娘を葬るにはこれしか方法がないわ。グレーターデーモン!バズズ!もうこの国を滅ぼして!お前の好きなようにしなさい!四天王と同等かそれ以上の力があるあなたなら軽く出来るでしょうね。」
魔法陣から出てきた巨大な存在がゆっくりと立ち上がった。
獅子の頭と腕、背中には四枚の翼、尾は蠍、この世の者ではないと誰もが悟った。
そして、ここにいる全員が生きる事を諦めた。
「ここは?」
目の前が真っ暗になったと思ったら、いつの間にかこの空間にいるのだが・・・
周りを見渡しているが、どこまでも漆黒の闇が続いている。
【しくしく・・・】
(ん?)
誰かの泣き声か?
【しくしく・・・、何で、何で私はいつも一人ぼっちなの・・・】
この声は?
ふと足元から声が聞こえたので下を見ると・・・
俺の足元に小さな女の子が蹲って泣いていた。
(誰だ?)
その女の子がゆっくりと顔を上げ俺を見つめている。
見た目は5歳くらいだろうか?
銀色の髪の毛に薄い青色の瞳の女の子がジッと俺を見ている。
(凄い・・・)
その女の子を見て思わず胸がドキドキしてしまった。
まるでピクスドールのように真っ白な肌に整った顔、いや、整い過ぎてまるで人間ではないと錯覚するほどの美少女だった。
(こんな美少女が実際にいるのか?)
それほどに美しいと思った。
その女の子が俺を見つめながら泣いている。
「お兄ちゃん・・・」
「どうした?」
「お兄ちゃんも私の事が嫌い?私って生まれてきたらダメだったの?」
(どういう事だ?)
「私って混じりもの、出来損ないっていつも言われていたの。本当のお母さんは私が生まれてすぐに死んだし、誰も私の事を好きになってくれなかったの。」
(あっ!)
あのバカ弟が言っていた事なのか?この子は妾の子だというだけで、一族から虐待されてきたのか?
「イザベラが・・・、イザベラだけがずっと私を守ってくれたの・・・、だけどイザベラは・・・、もう・・・」
あの女性の護衛騎士の事か?
確かサキュバスに殺されてしまった・・・
この子は?
(そうか・・・)
俺がこの子の精神の中に転生してしまったのか?
何でそんな事を?
この子に何があるのだ?
俺はこの子を守る為に転生したのだろうか?
「ねぇお兄ちゃん・・・」
女の子がジッと俺を見つめている。
「お兄ちゃんは私を守ってくれる?さっきはここで見ていたけど、お兄ちゃんが私を守ってくれた・・・」
「だから・・・」
申し訳なさそうに俺の服を握りしめ震えていた。
この子はずっと一人ぼっちだったんだな・・・、唯一の理解者になるはずの婚約者からも、婚約破棄の形で突き放されてしまった。護衛の人も殺されてしまい、もう誰も頼る人がいない・・・
「心配するな。」
そう言って、俺は女の子を抱き上げジッと見つめた。
この子には涙は似合わない。
それにこの子は笑顔がとても似合うと思う。
女の子が驚きの顔で俺を見つめていた。
「俺が必ず君を守る。ずっとな・・・、だから安心しろ。」
「本当に?ずっと?」
「本当だ。約束する。」
カッ!
(何だ!)
急に視界が明るくなった。
一面真っ黒な世界だったが、真っ白な世界に変わっていた。
そして・・・
(そ、そんな・・・)
目の前の少女が・・・
(し、信じられない・・・、こんな事って・・・)
15、6歳の女性の姿になっていた。
あの可愛らしさは更に可愛く、年相応に綺麗に成長した姿になって、この世の人ではない程の超絶美少女になっていた。
その少女が俺をジッと見つめている。
しかもだ!2人で抱き合っている!
人生で初めて女の人を抱きしめている!
その上、彼女があまりにも美人だから心臓が破裂しそうなほどにドキドキしているよ。
「約束よ・・・」
ギュッと彼女が抱きついてくる。
「私はオリビア・・・」
(やはりこの体の子なんだ。)
「そして、あなたの名前は?」
「篠原勇気、もしかして名前が先かな?そうならユウキ・シノハラだよ。」
「ユウキ・・・」
彼女がとても嬉しそうに微笑んだ。
「元気が出る名前ね。ユウキ・・・、なぜだろう・・・、ずっと昔に聞いた気がするの。」
(まさか?)
「気のせいだと思うよ。俺の名前ってどこにでもある名前だし・・・」
(いや?)
ここは異世界であって日本ではない。
俺のような日本人の名前なんて聞いた事は無はいはずだろう?
しかし・・・
俺は本当にどうしたのだ?
道を歩いている最中に爆発に巻き込まれ死んだと思ったら・・・
こうして女性の体になっているわ、その女性に会うわ・・・
(分からない事ばかりだ・・・)
「私はあなたとずっと一緒・・・、もう離れないで・・・、いえ・・・、絶対に離さないわ。」
ドキ!
オリビアさんが俺を見る目が怖い!さっきまで薄い青色の瞳だったのに、徐々に赤く変化している。
そして真っ赤になった瞳が俺の瞳を見つめていた。
その瞳に見つめられると・・・
(何だ?底無しの沼?真っ赤な瞳なのに真っ暗な闇を感じる。)
どこまでも深く暗いその瞳に吸い込まれそうになった。
その瞬間、全身に警報が鳴った気がした。
いや!
これは生命の危機に関する警報に近いものだ!
その深くどこまでも暗い瞳に呑み込まれないよう気を強く持つ。
しかし!
オリビアさんがギュッと更に強く抱きしめてきた。
これが女性の力?
そう思えるほどに力が強い!
いや!
強いってものじゃない!
(し、死ぬぅぅぅ・・・)
全身が万力で絞められたかのようにギリギリと骨が軋む音が体の中から聞こえた。
絶対にこれ以上は聞いたらダメな音だと思う。
(あ・・・、意識が・・・)
先程のようにまた視界がブラックアウトし、意識が無くなった。