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肩を並べて

 勉強合宿の二日目の朝、俺はいつものように沙羅姉に叩き起こされる。夏休みだからといって、沙羅姉の日課の早朝ランニングが休みになったりはしないみたいだ。とはいえ、この二ヶ月ちょっとで俺の体力は飛躍的に向上した。


 沙羅姉もかなり加減して走っているんだろうけど、少なくとも、まったく付いていけないということはなくなってきた。でも、今日はちょっと勝手が違う。なんと、来栖さんも、俺と沙羅姉の早朝ランニングに付いていきたいと言い出したのだ。


 もちろん、俺も沙羅姉も、そんな来栖さんからの提案を快く受け入れたんだけど、実際に公園で走り出してみると、来栖さんの息はすぐにあがり始め、五分もすると来栖さんの体がヨロヨロとした動きになりだした。


「はへえ~っ 六条、先輩っ、東雲、先輩っ、ち、ちょっと待ってくださあ~いっ!」


 俺と沙羅姉は、そんな来栖さんの方に駆け寄って、一旦来栖さんを介抱する。前に来栖さん本人から、『わたし、運動はからっきしなんです』とは聞いていたけど、まさかここまでとは思っていなかったよ。そして、肩で息をする来栖さんに、沙羅姉はこう言った。


「ふーむ、来栖が積極的にランニングをしてみようと思ったこと自体は素晴らしいことだが、現時点で私は半分程度の力しか出していないから、これ以上ペースを落とすわけにはいかんからなあ」 

 

 もちろん、各自のペースで走ってもいいんだろうけど、それじゃあちょっと味気ないよな。俺がそんなことを考えていると、沙羅姉は俺にこう言った。


「仕方ないな。海人よ、お前が来栖と並走してやれ。私は本来の私のペースで走らせてもらう。それなら、海人も来栖もお互いを鼓舞し合いながら走れるだろう。と、いうことで、来栖の面倒はお前に任せたからなっ!」


 そう言うや否や、沙羅姉は俺の返事も聞かずに、とんでもないスピードで俺達の前から消えてしまった。そして、その場には俺と来栖さんが残される。


「ふわあ~っ 六条先輩、もうあんなところまで行っちゃいましたね。もしかしなくても、六条先輩って足が速いんですね~」


「ああ、沙羅姉はへたな陸上部員よりは間違いなく速いよ。その上、持久力もとんでもないから、沙羅姉が本気になったら誰も追い付けないんじゃないかな」


 俺と来栖さんは、小さくなっていく沙羅姉を見ながら、そんな会話をする。さて、俺達もこうしちゃいられない。俺は来栖さんの体力がある程度回復したのを見計らって、来栖さんに呼び掛ける。


「それじゃあ、俺達もそろそろ走ろうか。ペースは来栖さんに合わせるから、無理せずゆっくり走っていいからね」


「は、はいっ! 解りましたっ! わたし、もう大丈夫なので、行きましょう、東雲先輩っ!」


 こうして、俺と来栖さんは、公園の遊歩道を走り出した。来栖さんの走るスピードは、俺の早歩きくらいのゆっくりとしたものだったけど、そんな来栖さんの一生懸命な顔を見ながらのランニングは、いつもとはまた違う新鮮さだった。


 …………


 走り出してからしばらくして、来栖さんがわずかにペースを落として、俺に話しかけてくる。体が暖まり、額に汗を浮かべている来栖さんは、いつもとちょっと雰囲気が違う気がした。


「東雲先輩は、毎日、六条先輩と一緒にランニングをしてるんですよね? それって、お休みの日もなんですか?」


「あ、うん、そうだね。初めは面倒だなって思っていたんだけど、段々このランニングが生活の一部になっちゃって。おかげで体力もついたし、沙羅姉には感謝しないとね」


「そうなんですね。おふたりは、毎日、一緒に……」


 来栖さんはそう言うと、再びペースを上げて走り始める。そして、またしばらくして、来栖さんはまっすぐに前を向いたまま、少し荒めに息をしながらこう言った。


「わたし、あんまり運動が得意じゃないから、これまでは自分から運動しようって思わなかったんですけど、わたしだって、東雲先輩と肩を並べて走ってみたくて、今日はおふたりに無理を言ってしまいました。本当に、ごめんなさい、東雲先輩」


 そんな、俺だって、来栖さんとこうして会話しながら走れて、とても嬉しいよ。沙羅姉と一緒に走ってるときは、会話どころじゃないから。俺が来栖さんにそう伝えようとすると、俺達の前で手を振る沙羅姉がいた。


「おーい! お前ら、ちょっと遅いんじゃないかーっ! もうかなり時間も経ってるぞーっ!」


 俺が時計を確認すると、確かにもう走り出してから一時間近く経っていた。そして、俺達は沙羅姉が待つベンチの前に向かう。


「ゴメン、沙羅姉。ちょっと来栖さんと話しながら走ってたもんだから遅くなっちゃったよ。沙羅姉は、ずっとここで待ってたのかい?」


 俺が沙羅姉に確認すると、沙羅姉は少し呆れた様子で、俺になにかを放りながらこう言った。


「そんなわけがあるかっ! お前らが楽しく会話をしている間、私は向こうの坂道でダッシュ十本を終えて、ちょうど今ここに戻ってきたのだ! ほれっ! これを飲んだら、家に帰るぞっ!」


「わっとっと! いきなりなんだよ、沙羅姉っ!」


 俺は沙羅姉が放り投げたものを慌ててキャッチする。すると、手が急に冷たくなり、俺の手には、まだふたの開いていないスポーツドリンクが握られていた。


「運動のあとには適切な水分補給だ。来栖もしっかり水分補給しておけよっ!」


 そう言って、沙羅姉は、来栖さんにもスポーツドリンクを放る。それを受け取った来栖さんは、まるで砂漠で彷徨っていた旅人のように、スポーツドリンクをグイグイと飲み干す。


「ぷはあっ! あ~っ、やっぱり運動のあとのスポーツドリンクは美味しいですね~っ! わたし、喉がカラカラだったので、つい、一気に飲んじゃいましたっ! あれっ? そういえば、六条先輩の分はないんですか?」


 来栖さんがそう言うと、沙羅姉は少し言いにくそうに、苦笑いをしながら、首をかしげている来栖さんにこう言った。


「いや、それがだな、今、来栖が一気飲みしてしまったのが、私と来栖の分だったのだ。ちょうど手持ちが二本分しかなくてな、女同士なら回し飲みでもよかろうと思って渡したのだが、まさか一気に飲んでしまうとは思わなかったよ、ハハハ……」


 それを聞いた来栖さんは、少し飛び上がってから、沙羅姉に向かって大袈裟に何度も頭を下げる。


「ゴ、ゴメンなさいっ! わたし、喉が渇いていて、ついっ! あわわ! どうしよう、わたし、お金持ってきてないし……!」


「いや、私は構わんよ。それに、まだ海人の分もあるから、それを私と海人で分ければよかろう。しかし、それでは()()海人と間接キスをすることになってしまうな、ハッハッハッ」


 いや、沙羅姉、それは今言わなくてもいいだろ。そんなこと言われたら、変に意識しちゃうじゃないか。しかも、『また』なんて言ったら、来栖さんが。


「ふえっ!? 東雲先輩、前にも六条先輩と間接キスしたことあるんですかっ!? ひゃあ~っ! わあ~っ!」


 ほら、やっぱりね。来栖さんはよくも悪くも純情なんだから、そんなこと言ったら、変に意識しちゃうって。こうなったら、もうこのスポーツドリンクを俺が飲むわけにはいかないよ。


「沙羅姉、俺はあっちの水飲み場で水飲んでくるから、このスポーツドリンクは沙羅姉が飲んじゃってくれよっ!」


 俺がそう言いながらスポーツドリンクを沙羅姉に放り返すと、沙羅姉はそれを片手でキャッチしながらニッと笑う。


「そうか、悪いな、海人っ! それじゃあ、こいつは遠慮なく私が頂こう。いや~ 海人と間接キスが出来なくて残念だっ!」


 まったく、こんな悪質な冗談もないもんだ。俺はげんなりしながら、少し離れたところにある水飲み場へと向かう。そして、水を飲み終わった俺は沙羅姉と来栖さんと合流して、ジョギングをしながら家へと帰る。


 あ、よくよく考えたら、俺が口を付けずにスポーツドリンクを飲めばよかったじゃないか。いや、そんなこと今更言ったってなんにもならないよな。それにしても、沙羅姉との間接キス、か。初めてのランニングのときの間接キスを思い出しちゃって、なんだか恥ずかしいよ。

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