終業式を終えて
あの赤星による騒ぎもだいぶ落ち着いて、気付けばもう一学期の終業式だ。二年生になってから今日まで、色々あったよな。初めての彼女、(沙羅姉同伴とはいえ)初めてのデート、そして、初めてのキス。たった三ヶ月とちょっとの間で、俺の生活は激変してしまった。
いや、もちろん、それもそうなんだけど、それと同じくらい、俺と沙羅姉との距離が近くなったのも大きな変化だよな。まさか、同じ屋根の下で沙羅姉と暮らすなんて思っていなかったし、沙羅姉がやたらスキンシップを取ってくるもんだから、本当に参ったよ。
それに、来栖さんの友達の鍋島さんが親友の武と付き合い始めたり、佐伯さんがやたらと騒ぎの中心になって、一事は情緒不安定なったり、本当に、肉体的にも精神的にも、よくも悪くも充実した毎日を送っているよな、俺。
でも、そんなことになった大元の原因は、俺が来栖さんの告白を受けたことであって。もし俺が来栖さんからの告白を受けなかったら、恐らくこんなに俺の生活が変わることもなかっただろう。本当に、人生は選択ひとつでどうなるか解らないよな。
さて、それはそれとして、終業式を終えた俺は、来栖さんと並んで、自分の家へと帰る。そんな俺達を、周りはなんだか遠巻きに見ている気がする。その原因はよく解っているんだけど、俺も来栖さんもそんな周りの空気をちょっと煩わしく思っているんだ。
赤星が来栖さんにキスをしてから、赤星の家が火事に遭うという流れのなかで、学校中に、『もし東雲と来栖のカップルに手を出したら、なんらかの力が働いて、家族もろとも消されてしまう』という噂が立ち始めたのだ。
もちろん、そんなことはないんだろうけど、あの火事の裏に、沙羅姉が暗躍している疑惑を持っている俺としては、あながちその噂も間違ってはいないんじゃないかとも思っている。沙羅姉、本当に、そんな無茶苦茶なことはしていないよな?
そして、いつもの三叉路で来栖さんと別れて、俺は自分の家へと歩いていく。いつもの下校時間とは違う時間帯なもんだから、周りには生徒もたくさんいる。帰り際のサヨナラのキスはお預けだ。
そして、俺は自分の家の前へと辿り着く。俺は家の鍵を開け、恐らく沙羅姉が待つであろう家の中へと入っていく。そこには、もちろん沙羅姉が俺を待ち構えていて、そのスタイルは、いつもの夕食のときと同じ、制服にエプロンだった。
「おお、帰ったか、海人。今日の昼食は軽く蕎麦でも茹でてみたぞ。バッチリ冷えているから、さっさと着替えて食べに来い」
「あ、ああ。解ったよ、沙羅姉」
沙羅姉の様子はいつも通り、なにも変わったところはない。赤星の家が火事に遭ったニュースを見てからも、沙羅姉はこんな感じだ。沙羅姉は、『これはさすがにあの赤星にも同情をせざるを得んな』とは言っていたけど、その心のうちは俺には解らない。
こうして、俺と沙羅姉は二人での昼食を終えて、食後にキンキンに冷えた麦茶でティータイムを楽しむ。そこで、俺は沙羅姉に、今後のことについて尋ねる。
「そういえばさ、沙羅姉は夏休みの間は自分の屋敷に帰ったりはしないの? さすがに、親御さんも夏休みくらいは、沙羅姉に帰ってきて欲しいんじゃないのかな?」
そんな俺からの問いに、沙羅姉は腕を組んで、少しムスッとした顔をしながら答える。
「それがだな、あの二人ときたら、『大きな仕事が片付いたから、私達はそのままバカンスを楽しませてもらうよ』と、つい昨日連絡があったのだ。全く、仲がよいのはいいことだが、娘一人を残していくなどとは、非常識だとは思わんか? 海人よ」
確かに、その話だけ聞けば非常識だけど、たぶん、沙羅姉の親御さんは、俺達が一緒に生活するのを邪魔しないようにしてるんじゃないかと思う。親御さんがどう思っているかはともかくとして、俺としては、嬉しいやら悲しいやら、ちょっと複雑だ。
「いや、沙羅姉の親御さんならそれくらいはしそうだけどね。沙羅姉の親御さん、本当におしどり夫婦だからね。それに、屋敷には鴨川さんや他の世話係の人もいるから、安心だと思ってるんじゃないかな?」
「それはそうなのだが……」
う~ん、なんだか、沙羅姉のご機嫌が少し斜めだな。よし、ここは、沙羅姉のご機嫌を取るために、夏休みの予定について提案をしてみた。
「まあまあ、沙羅姉。この際だから、一度家に帰って、ゆっくりと羽を伸ばしてきたらどうだい? 俺のことなら大丈夫だからさ」
そんな俺からの提案は、一回深呼吸をして、機嫌が治った沙羅姉によって見事に突っぱねられる。
「いや、せっかくの海人に彼女が出来てからの、初めての夏休みなのだ。私は海人と来栖に目一杯この夏を楽しんで欲しい。だから、私がお前らの夏休みを全力でバックアップさせてもらおう。そのために、まず私はやらなければいけないことがあるのだ」
沙羅姉はそう言うと、なんだか妙に真面目な顔になる。そして、沙羅姉は俺にこう言った。
「手始めにお前と来栖と私で、勉強合宿をやろうかと思っているんだ。夏休みを気兼ねなく楽しむためには、宿題はさっさと片付けるに限る。勉強は学生の本分だからな、疎かにするわけにはいかん」
うん、沙羅姉の言うこともよく解るよ、勉強は大事さ。でも、今、沙羅姉は、『勉強合宿』って言ったよな? それって、つまり……
「あのさ、沙羅姉。勉強合宿ってことは、『来栖さんをうちに泊める』ってことでいいのかな?」
俺が念のために沙羅姉に確認すると、沙羅姉は、こともなげに俺に言ってのける。
「ああ、合宿なんだから当然だろうが。わざわざ家から通うよりも、そっちの方が効率的だろう。大丈夫、来栖の親御さんの説得は私に任せろっ!」
いやいやいやっ! それってつまり、ひとつ屋根の下に、男一人と女二人ってことだろ!? そんなの無理に決まってるじゃないか。沙羅姉は、なんでいつも間をすっ飛ばしてことを運ぼうとするんだ。
「沙羅姉、俺だって健全な男子なわけで。もし、来栖さんの親御さんが許可してくれたとして、もしなにかの間違いが起こったらどうするんだよ。俺、来栖さんの親御さんになんて言えばいいのさ……」
俺が頭を抱えながらそう言うと、沙羅姉は、俺を軽く小突いてから、真面目な顔をしながら俺にこう言った。
「馬鹿者っ! 今回の合宿は、あくまで勉強のための合宿であって、たとえ恋人同士であっても、お前が考えているような不埒な行為は私が断固として許さんぞ。そういったことは、お互いをもっと知ってからだ!」
なんだ、沙羅姉は、俺と来栖さんを無理矢理くっつけようとしているわけじゃないんだ。それなら、沙羅姉のこの提案は、とてもありがたいものなんじゃないのか?
「それならいいんだけどさ。でも、沙羅姉はどうやって来栖さんの親御さんを説得するつもりなんだ? あんまり手荒なことはしないでくれよ、頼むからさ」
俺がため息混じりに沙羅姉にそう言うと、沙羅姉はニッと笑いながら、俺からの問いに答える。
「そんな心配は無用だ! 私が、大事な来栖の家族に手荒なことをするわけがないじゃないか。ひとまず茶菓子でも持参して、誠心誠意頼み込むだけさ。それで駄目なら、私も諦めるよ」
そう言う割には、沙羅姉はやたら自信満々なんだよな。沙羅姉は加減ってものを知らないから、どんな手を使って来栖さんの親御さんを説得するのかが心配だ。
こうして、沙羅姉の提案により、まだ未確定ではあるけど、俺と来栖さん、そして沙羅姉の三人での勉強合宿の開催が決定した。でも、俺としては、本当に間違いが起こらないかが、今から不安だよ。





