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ふたりのセカンドキス

 俺は、偶然を装って、渡り廊下から校舎へと戻ってくる沙羅姉と来栖さんと合流した。沙羅姉の表情はいつものものに戻っていて、来栖さんは、目の周りを腫らしてはいたけど、思ったよりも落ち着いた様子だった。


「おお、海人か。お前も来栖を探しに来ていたのだな。それにしても、赤星のあの行動は私にも読めなかった。私がもっと警戒していたら、未然に防げのだが」


 いや、そうじゃないよ、沙羅姉。あのとき、俺が来栖さんを無理矢理にでも赤星のところに行かせないようにしなきゃいけなかったんだ。それが、彼氏としての使命。でも、俺は、多分、無意識に周りの目を気にしていたんだ。


 それに、もしかしたら、あのみんなの悪ふざけの通りに、俺なんかより赤星と来栖さんが付き合った方がいいんじゃないかと思っていたのかもしれない。そんなわけないって、解っている筈なのに。俺って、本当に根性なしだな。


「沙羅姉、ちょっと、来栖さんと話をさせてくれないかな。俺、どうしても、来栖さんに言わなきゃいけないことがあるんだ」


 そんな俺からの頼みに、沙羅姉は黙ってうなずいた。そして、沙羅姉は来栖さんの肩に回していた手をほどいて、俺の方に来栖さんを差し出した。


 そして、俺と来栖さんはただ見つめ合う。罪の意識から、来栖さんから目を離しそうになるけど、俺はそんな気持ちを押さえ込んで、ただ来栖さんの目を真っ直ぐに見る。


 来栖さんは、そんな俺のことをただ黙って見ている。顔は紅潮して、目を潤ませている来栖さん。ああ、来栖さん、君は本当に可愛いよ。そして、俺は一度深呼吸してから、来栖さんに頭を下げた。


「ゴメンっ! 来栖さんっ! 俺、来栖さんの彼氏なのに、来栖さんのことを守ってあげられなかったっ! どんなに謝ったって来栖さんの心の傷を癒してはあげられないけど、それでも、俺は来栖さんの彼氏でいたいっ! だから、こんな情けない俺を、今回だけは許してくれないかっ!? お願いだっ! 来栖さんっ!」


 ああ、本当に情けないよ。根性もなければ勇気もない、俺には本当になにもない。それなのに、俺はまだ来栖さんの彼氏でいたいと思っている。虫がよすぎる、馬鹿じゃないのか。


 それでも、俺はこれまで来栖さんと一緒に過ごしてきた日々を棄てられない。それはほんの二ヶ月程度のものだけど、こんな俺のことをいつも笑って受け入れてくれる女の子がいるんだ。


 だから、俺はこれからも来栖さんと一緒にいたい。そんな気持ちが胸の中からあふれてきて、気が付いたら、俺の目からは涙がボロボロとこぼれ落ちていた。


「東雲先輩っ! 顔を上げてくださいっ!」


 そして、そんなみっともない俺に、来栖さんが頭を上げるように言った。そして、俺がその声に引っ張られるように顔を上げると、そこには、大輪の花かと見紛うほどの笑顔の来栖さんがいた。


「わたし、赤星先輩にキスされちゃったときは、『もう、東雲先輩の彼女じゃいられない』って思ってたんです。でも、六条先輩がわたしに魔法をかけてくれたので、そんなこともうどうでもよくなっちゃったんですっ! だから、東雲先輩もあんな奴のことなんか忘れちゃいましょっ!」


 そんな来栖さんを見て、俺は、自分はなんて弱いんだと思った。そして、来栖さんはなんて強いだとも思った。もちろん、来栖さんがここまで立ち直ったのは、沙羅姉の協力があってのものだってことは解るけど、それでも、全校生徒の前であんな辱しめを受けたにも関わらず、来栖さんはこんなに気丈に振る舞っている。


 そして、来栖さんは、ゆっくりと、ゆっくりと、俺の方に近づいてくる。そして、俺と来栖さんの距離がほぼゼロになったタイミングで、来栖さんが俺に、こう言った。


「わたし、六条先輩から魔法を教わったんですよ? 今から、わたしが、東雲先輩にも、あんな奴のことを忘れられる、とっておきの魔法をかけてあげますっ! ですから、東雲先輩、ちょっと、目を閉じてくれませんか?」


「あ、うん、解ったよ、来栖さん」


 俺は来栖さんに言われるままに、目を閉じた。そして、目を閉じてから数秒後に、俺の唇に、なにか柔らかいものが重なるのを感じた。その瞬間、俺は思わず目を開けてしまう。そして、その俺の目の前には、目を閉じながら、俺の唇に自分の唇を重ねている来栖さんがいた。


 初めはただ触れているだけだった唇は、徐々に触れる面積を増していく。そして、気付けば、俺は来栖さんに抱き締められていた。俺の唇を小刻みに吸う来栖さん。顔の角度を少しずつ変えながら、何度も、何度も。


 そして、俺も、まるでそれが当然であるかのように、来栖さんの体に手を回して、目を閉じて、来栖さんの唇の動きに合わせて、自分の唇をしっかりと来栖さんの唇に重ねる。誰に習ったわけでもないのに、ただ、自然に。


 そして、やがて、お互いの唇の動きがシンクロする。今まで味わったことがない、圧倒的な一体感。この世に、こんな幸せを感じられる行為があるなんて、俺は知らなかった。


 誇張抜きで、いつまでもこうしていたい。脳が溶けていくような甘い口づけ。来栖さんのせっけんみたいな香りと、砂糖菓子のようなほんのりとした甘さ。そして、来栖さんのちょっぴり荒い息づかい。


 そして、永遠にも感じられたその時間にも、終わりがやってきた。どちらからと言うでもなく、同じタイミングで唇を離す。そして、それと同時に、俺と来栖さんは目を開ける。


 俺、ファーストキスって、もっと気恥ずかしいものだと思っていたけど、キスしたあとでも、こうして来栖さんと見つめ合うことが出来ている。これって、凄いことなんじゃないのか? 目の前には、来栖さんのほんのり赤い、まぶしい笑顔。


「どうでしたか? わたしのとっておきの魔法は。あんな奴のことなんて、もうなんとも思わなくなりませんでしたか?」


 確かに、こんな快感と比べたら、赤星のことで悩む自分がアホらしくなってきた。そうだ、俺は来栖さんを守れなかったことを嘆くより、これから来栖さんをどうやって幸せにしてあげるかを考えるべきだったんだ!


「うん! ありがとう、来栖さん。俺も来栖さんのおかげで目が覚めたよ。過ぎたことを悩むより、これからどうやって楽しい思い出を作ろうか考えた方がいいに決まってるよね!」


「そうですよっ! わたしたち、まだまだこれからなんですからっ! これからも、いっぱいいっぱい、楽しい思い出を作っていきましょうねっ! 東雲先輩っ!」

 

 キスを済ませた俺と来栖さんは、なんだかちょっと興奮気味に抱き合う。ああ、まるで夢を見ているみたいだ。しかし、沙羅姉の咳払いが、俺達を現実へと引き戻す。


「よしよし、これで晴れて、お前らは恋人としてのステージを上げたわけだ。しかし、外野からそんなに熱烈なキスを見せられた私としては、なんだか複雑な気持ちだよ。さて、あとは赤星をどう料理するかだが、そこは私に任せて、二人とも教室に戻るがいい」


 そうだった、まだその問題が残っていたんだ。俺のなかに、またあのときの恐怖が蘇ってきた。俺は沙羅姉に、行き過ぎたことをしないように釘を刺す。


「沙羅姉、俺と来栖さんはもういいから、あんまり無茶なことはしないでくれよ。あんな奴のために、沙羅姉が犠牲になることなんてないんだからさ!」


 そんな俺からの頼みに、沙羅姉は笑いながら答える。


「大丈夫、赤星には少しきつめのお灸をすえるだけさ。とはいえ、赤星がどう出るかにもよりけりだがな。まぁ、お前らには迷惑はかけんさ。そこは安心しろ」


 沙羅姉はそう言うけど、俺はとても心配だよ。だって、沙羅姉が本気で怒ったら、()()()()()()()()()()()()。そう、あのときみたいに……

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