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涙、そして、和解

 俺が赤星と接触した日の少し遅めの夕食を終え、いつものティータイムのときに、沙羅姉に今日あった出来事について話した。俺としては、あんなことがあったから、沙羅姉に頼るのを少し躊躇ちゅうちょしたけど、内容が内容だからそういうわけにもいかない。これは学校中の女子全員に関わる話だからな。


「……という話なんだよ。沙羅姉にあんなこと言っちゃったあとで本当に悪いんだけど、なにか知恵を貸してくれないかな。このままじゃ、来栖さんや他の女子の身が危険だと思うんだ」


 そんな俺の話を、沙羅姉はものすごく真面目に聞いてくれた。沙羅姉自身はその程度なんともないだろうけど、来栖さんやなにも知らない女子はそうはいかない。これは学校中の風紀を乱しかねない、沙羅姉も生徒会長として捨て置けない事案だろう。


「話は解ったよ、海人。いやはや、これはまた面倒なことになったな。まさか、赤星がそのような鬼畜な所業を働いていたとは。まったく、人は見た目に依らないとはこのことだな」


 そう言って、沙羅姉は目を閉じてから腕を組んで、なにやら難しい顔になってしまった。それはそうだ、俺のことを疑っているわけじゃないんだろうけど、これはあくまで生徒間の痴情の問題であって、学校側としては、よほどのことがない限り先んじては動けないタイプの問題だ。


 しばらくの沈黙のあと、沙羅姉は目を開いた。でも、その表情は依然難しいまま。そして、沙羅姉はため息混じりでこう言った。


「よし、ひとまずは越前先輩にも事情を話して、そういった案件の相談があったら、私に情報を回してもらうとしよう。基本的にはこの案件は私がでしゃばる手合いの問題ではないのだが、来栖や佐伯に危険が及ぶ恐れがあると聞いたらそうはいかない。とはいえ、こちらから行動を起こすのは難しいだろうな。なにせ、証拠がないのだから」


「確かに、今手元にある証拠は、俺と佐伯さんの証言だけだからね。でも、このままなにもせずに証拠になるような騒ぎが起こるのを待つなんて、俺には出来ないよ。なにかいい知恵はないかい? 沙羅姉」


 俺がそう言うと、沙羅姉はひとつ提案をしてきた。でも、その内容は、常識的にも、俺個人としての意見としても、とても容認出来るものじゃなかった。


「そうだな、いっそのこと、私が赤星に接触して、ハニートラップでも仕掛けてみるか。この私に迫られたら、色狂いの赤星は発情して飛び付いて来るだろうからな。ハハッ」


「そ、そんなっ! それじゃあ今度は沙羅姉が危険にさらされるじゃないかっ! そんなの誰も喜ばないし、何より、俺は沙羅姉のことが心配だよ! だから、冗談でもそんなバカなこと言わないでよ、沙羅姉っ!」


 俺がテーブルを叩きながらそう言うと、沙羅姉は口では笑いながらも、真剣な目をしながら、俺に言った。


「冗談なもんか。私は来栖や佐伯、それに、学校の女子全員を守るためなら、喜んでこの体を差し出すぞ? とはいえ、私とてあの鬼畜に貞操をくれてやる気などないよ。海人は、私が赤星に遅れをとるとでも思っているのか?」


「いや、それはそうだけど、万が一があるじゃないか! だから、自分を犠牲にするようなやり方はだけは止めてくれよ。お願いだからさ、沙羅姉っ!」


 俺が頭をテーブルにつけながら懇願すると、沙羅姉は笑いながら俺に頭を上げるように言った。


「ハハッ! 解ったよ。海人がそこまで言うなら、この手は使わないよ。それにしても、お前は本当に人がいいな。私を犠牲にすれば、少なくとも来栖が赤星の毒牙にかかることはないだろうに」


 この沙羅姉の発言に、俺は沙羅姉に対して、久しぶりに、本気で怒った。そして、気付いたら、俺の目から涙がこぼれ出していた。


「沙羅姉っ! なんてこと言うんだっ! 俺は沙羅姉を犠牲にしてまで、来栖さんと幸せになろうなんて思わないよ! いや、俺だって来栖さんだって、沙羅姉のことが大好きなんだよっ! この前のデートだって、本当は俺も来栖さんも、最後まで沙羅姉と一緒に居たかったんだっ! だから、そんな悲しいこと、言わないでよ、沙羅姉っ!」


 俺は、自分の思いの丈を正直に話した。あの日、沙羅姉は俺達に気を遣ってくれていたから、このことは、沙羅姉の誤解を解こうとしたときにも一切口に出さなかった。でも、沙羅姉がこんなことを言うなら、そういうわけにはいかないよ。


 そんな俺を見て、沙羅姉は大層驚いたような顔をしたあと、まるで子供をあやすように、俺の頭を撫でながら、俺に語りかける。


「そうか、そうだったのか。私はてっきり、海人も来栖も、二人だけの時間を、誰にも邪魔されることなく過ごしたいものだとばかり思っていたよ。これは私が二人の気持ちを勘違いしたのが悪かったな。いや、それ以前に、二人が私の同行を許した時点で、そのことには気付くべきだった。こればかりは私の恋愛経験の乏しさ故だ、許してくれ、海人」


「いや、俺と来栖さんだって、初めからもっとハッキリ沙羅姉にそう言っていればよかったんだ。だから、沙羅姉はなにも悪くないよ。これからは、沙羅姉に任せっぱなしにしないで、ちゃんと自分達の意思を伝えるようにするからさ」


 こうして、幸か不幸か、俺と沙羅姉の間にあった少しギクシャクとした空気は消えてなくなってしまった。でも、今はそれより、どうやって赤星の魔の手から来栖さんや佐伯さん、そして、聖泉高校の女子を守るかを考えるのが先決だ。


「それはそれとして、私にはひとつ気になる点があるのだ。それは、赤星が次に打つ手についてなのだか、私の予想では、赤星は佐伯に接触するのではないかと思っているのだ」


 この沙羅姉の予想についての根拠については、俺には見当がつかない。俺は沙羅姉にその根拠を聞いてみた。


「佐伯さんに? どうしてさ、沙羅姉」


 俺の質問に対して、沙羅姉は真剣な面持ちで答えた。その答えには、大局がまだ掴めていない俺にも納得のものだった。


「それはそうだろう。赤星は佐伯の弱みを握っているのだからな。それを利用して、友人である来栖をおびきだすと考えるのは自然だろう。だから、今、私達に出来るのは、そういった脅迫から佐伯を守ってやることだけだろう」


 確かに、佐伯さんを通じて来栖さんを呼び出すということは十分にあり得る。でも、俺にはこの沙羅姉の考えに対して、少し違う見解を示した。


「でもさ、来栖さんはもう赤星が、昔、佐伯さんにした仕打ちについて知ってるんだよ? だったら、佐伯さんからの呼び出しに応じたりするかな? いや、もちろん、佐伯さんが来栖さんを差し出すなんて思わないけどさ」


 俺の見解を聞いて、沙羅姉はまた難しい顔をしながら腕を組む。そして、沙羅姉は少し考え込んで、俺の見解に答えた。


「確かに、海人の言うことも解る。しかし、佐伯にはお前を陥れた前科がある。残念だが、佐伯が来栖を売るという可能性はゼロではない。それに、来栖はよくも悪くも純粋だ。無二の友人である佐伯からの願いを無下にはしないだろ。だから、今、私達に出来るのは、佐伯に赤星が接触してきたら、迷わず私達に相談をするよう釘を刺すことだけだろう」


 俺としては、佐伯さんのことを信じたいけど、沙羅姉の言うことにも一理あるのも事実だ。でも、俺には、もうひとつ心配なことがあるんだ。


「沙羅姉、それはもちろんそうなんだけどさ。もし、佐伯さんが先走って、赤星を自分の手でなんとかしようとしたら?」


 この俺の心配に、沙羅姉はこう答えた。


「そればかりは、佐伯の判断に任せるしかないだろうな。その結果が悲惨なものになろうが、私達に佐伯を止めることはできんよ。勿論、そうならないように、私達が説得するのが前提だがな」


「そ、それはそうだけどさ……」


 こうして、俺と沙羅姉はチャットアプリで佐伯さんに連絡を取り、赤星から接触があったら、すぐに俺達に連絡するように伝えた。俺達に出来るのはここまで。あとは、佐伯さんが一人で無茶をしないように祈るだけだ。


 そして、俺は自分の彼女である来栖さんにも、今日、俺が赤星から提案された事柄について、来栖さんがショックを受けない程度にごまかして伝え、万が一、佐伯さんから妙な誘いを受けても乗らないようにチャットアプリで伝えた。


 来栖さんからは、『了解しましたっ!』と返事を貰ったけど、来栖さんのことだから、佐伯さんが必死で頼み込んだら、乗ってしまうかもしれないよな。こればかりは、来栖さんの判断に任せる他ないけど、状況的に、佐伯さんより俺の話を信じてくれると願うしかないよな。

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