波乱を呼ぶ転校生
俺と来栖さんとのデートの翌日、俺はいつものように沙羅姉に叩き起こされて、沙羅姉の日課のランニングに付き合い、朝食を沙羅姉と一緒に食べる。昨日、俺は思わずあんなことを言ったけど、沙羅姉の様子はいつも通りだ。
沙羅姉はあまり過去を引きずらない性格だから、この沙羅姉のこの態度には納得なんだけど、あそこまで沙羅姉に色々としてもらった身としては、やっぱり、昨日、俺が沙羅姉にとった態度については気にしてしまうよな。
でも、あんまり話を蒸し返すと、かえって沙羅姉の機嫌が悪くなりかねないから、俺は、モヤモヤとした気持ちながらも、いつも通りに沙羅姉に接することにした。それはそれでつらいけど、こればかりは仕方ないよな。
そして、来栖さんには、このことについては黙っていることにした。そりゃそうだ、このすれ違いの原因が、来栖さんとのキスについてだなんて、言えるわけないよ。それに、沙羅姉だって、いきなり来栖さんを邪険にしたりはしないはずだ。ここは黙っているのが正解だろう。
こうして、俺はいつも通り、来栖さんとの昼食を終えて、教室へと戻る。すると、いつもはクラスメイトの半分は教室にいるのに、今日はほぼみんな出払ってしまっていた。なんだ? 今日はなんか集会でもあったんだっけ? 俺は教室に残っていた赤西に話を聞いてみた。
「おい、赤西。今日はなんでこんなに教室がガランとしてるんだ? 午後からなんかあるんだっけ?」
俺からの質問に、赤西はなんだか機嫌が悪そうにしている。そして、赤西は渋々ながら、俺の質問に答えた。
「それがよお、今日、三年B組に転校生が来たらしくて、それがなにやら有名人らしいんだ。俺は知らねぇけど、なんか、最近、巷で人気のバンドのボーカルなんだってよ。だから、みんなその転校生見たさに出ていっちまったんだよ」
ふ~ん、そんなことが起きてるのか。でも、なんでこんな話に真っ先に飛び付きそうな赤西が、こんなふてくされた様子で椅子をガタガタいわせているんだ?
「それで、赤西はその転校生とやらを見に行かないのか? お前、そういうの好きそうだしさ」
俺が赤西にそう言うと、赤西は顔をしかめながら、更に苛立った様子で、机を右手で殴りながら言った。
「バカ言うなっ! なにが楽しくて、わざわざ女子が群がる男なんかを見に行かなきゃならんのだっ! クソッ! これでまた俺の青春を阻む男が増えちまったっ!」
うん、多分、お前の青春とその転校生はまったく関係ないだろうけどな。まぁ、それはそれとして、そんなに有名人なら、俺も顔くらいは知ってるかもしれないから、ちょっと見に行ってみてもいいかもな。
俺は教室を出て、人が集まっている方へと行ってみた。どうやら、この渋滞は中庭へと向かっているみたいだな。俺は、込み合う廊下を揉まれるように歩きながら、中庭へと向かった。すると、その道すがら、お花ちゃん三人組と出くわした。
「あ、来栖さん。それに、鍋島さんに佐伯さんじゃないか。三人も、この騒ぎの野次馬かい?」
俺からの質問に、ちょっと興奮気味の鍋島さんが答える。
「あ、はいっ! なんでも、今日転校してきた三年生が、私も知ってるバンドのボーカリストの、『EIJI』らしくってっ! あ~ 運が良ければ、スマホケースにサインしてもらえないかな~っ!」
鍋島さん、見た目の割にはミーハーな一面もあるんだな。そして、そんな鍋島さんを、来栖さんと佐伯さんは少しあきれ気味に見ていた。
「椿ちゃんって、結構そういうの好きだもんね。わたし、あんまりそういうの詳しくないけど、こんなにみんなが騒ぐくらいだから、カッコいいんだろうなあ~」
「ふん! オレは取り敢えず、そのナントカって野郎がどんな優男かを二人が見たがるから、一緒に付き合ってるだけだからなっ!」
来栖さんはいいとして、佐伯さん、やっぱり男には厳しいな。さて、そんな話をしながら、俺達は目的地の中庭に到着した。そんなに広くない中庭には、一人の男子を中心に、その周りを女子が囲み、更にその外を男子が囲む形が出来上がっていた。
「キャーッ! EIJIーっ!」
「こっち向いてーっ! EIJIーっ!」
「聖泉高校にようこそっ! EIJIっ!」
周囲を埋め尽くす女子の黄色い声援。それを遠巻きに見ている男子。そして、俺達を含めた、あとから来た野次馬。中庭は制服の紺色で埋め尽くされている。
「はいっ! 大事にしてね。大丈夫、押さないで。もし、今日サインをしてあげられなくても、時間を作って絶対に全員にサインしてあげるから、順番順番!」
そして、その中心には、ひときわ背の高い男子が、女子から色々受け取っては、サインをサラサラと書いて、それを持ち主に返していた。更に、周囲の声に答えるように、手を振りながら、誠実そうな笑顔を振り撒く。
俺は初めて見る顔だけど、奇をてらわないショートカットの黒髪に、パーツがいい感じに配置された、人当たりの良さそうな顔に、武と同程度の高身長。イケメンというよりは、害がなさそうな好青年って感じだな。
「あちゃーっ! これじゃあ、さすがにサインをもらうのは無理かーっ! でも、これからは毎日、EIJIに会えるわけだから、チャンスはいくらでもあるよねっ!」
「なんだか、わたしが想像していたバンドをやっている人とは、ちょっとイメージが違うけど、なんだかいい人そうで、わたし、ちょっと興味が出てきたかもっ!」
来栖さんも、みんなに笑顔を振り撒くEIJIに夢中だ。まぁ、俺から見た感じでも、とてもいい人そうだから、来栖さんのこの反応も解らなくもないよな。でも、彼氏としてはちょっと肩身が狭いかも。
俺はそんなことを考えながら、キャーキャーと黄色い悲鳴をあげる鍋島さんと、興味津々で背伸びをしながらEIJIを見ている来栖さんに目をやる。そして、あんまり乗り気じゃなさそうだった佐伯さんにも目をやると、佐伯さんは、真っ青な顔をして、自分で自分を抱き締めながら、体全体をガタガタと震わせている。
「ど、どうしたの? 佐伯さん。なんだか気分が悪そうだけど、どうかしたのかい?」
そんな俺からの問いに、佐伯さんは、喉の奥から、強引に絞り出すように、怒りのこもった声を発した。
「アイツだ。アイツが、オレを強引に犯して、その仲間にオレを輪姦させた男だ。髪型が変わって、背は伸びちゃあいるが、あの腐った目は遠目から見ても見間違えようもねぇ」
佐伯さんの震えは、怒っているというよりは、なにか恐ろしいものに遭遇したかのように、ただガタガタと体を震わせている。そして、ついには、佐伯さんは膝を折って、その場にへたりこんだ。
「だ、大丈夫!? 佐伯さんっ!」
俺はへたりこんだ佐伯さんの肩を軽くゆすって、佐伯さんの意識を確認する。でも、佐伯さんは、ブツブツとなにかをつぶやきながら放心している。周囲の人は、来栖さんや鍋島さんを含めて、佐伯さんの異常には気付いていない。
このまま佐伯さんを放っておくわけにもいかない! 俺はガタガタと震え続ける佐伯さんを強引に抱えて、中庭から離れて、佐伯さんを保健室まで連れていった。
…………
保健室のベッドで、上半身を起こしている佐伯さん。その傍には、俺と来栖さんと鍋島さん。俺が佐伯さんを保健室まで運んだあと、来栖さんと鍋島さんにも、とにかく保健室まで来るように言ってから十分ほど経って、佐伯さんの震えも大分落ち着いてきていた。
「落ち着いたかい? いきなり佐伯さんが震えだしたもんだから、ちょっと強引に保健室に連れてきちゃった。ゴメンね、佐伯さん」
「いや、オレをアイツの前から引き離してくれて、本当に助かったよ。桃花も椿も、いきなり保健室に呼びつけられてビックリしたよな? 本当に、三人には悪いことしちまったな」
佐伯さんは、俺達に軽く謝罪をしたあと、あの転校生が、二年前に佐伯さんを襲った張本人だということを俺達に話した。俺達三人は、他人の空似なんじゃないかと思い、佐伯さんに確認すると、佐伯さんは首を横に振った。
その理由として、佐伯さんが話したのは、まず、見た目。次に、聞こえてきた声。そして、過去に佐伯さんを襲った男の名前。その男の名前は、『赤星 鋭治』というらしかった。
ここまで条件が揃えば、偶然というにはちょっと無理がある。そして、なによりも、襲われた張本人の直感がそう言っているという事実。俺達は、ただ佐伯さんが過去に受けた仕打ちと、今日、実際に見たEIJIの爽やかな笑顔とのギャップに困惑することしか出来なかった。





