なにかが足りない帰り道
俺達は、デートを締めくくるイタリアンレストランの駐車場へと辿り着いた。そのレストランは、思ったより俺達の学校から近いところだったもんだから、こんな場所にレストランがあることに俺は驚いた。そのとき、助手席から沙羅姉が顔を出し、俺に白い紙袋を渡してきた。
「さあ、海人、これに着替えろ。今から行くリストランテには、ドレスコードがあるのだ。靴はまぁよしとしても、さすがにTシャツとズボンではまずいから、私の家からお前に合いそうなスーツを見繕ってきたよ。そうだっ! 来栖もさっき買ったパーティードレスに着替えるといいっ! それじゃあ、海人は一旦車の外に出ていろっ!」
この沙羅姉のちょっと強引な提案により、来栖さんは車のなかで、例のバカ高いパーティードレスに着替えて、俺もそのあと入れ替りで沙羅姉が持ってきた紺のスーツに着替えた。スーツなんて、親戚の結婚式以来だから、少し窮屈な気がするな。
そして、俺と来栖さんは、沙羅姉以外は誰もいないレストランの駐車場で、お互いの格好についての感想を述べる。
「東雲先輩っ! どうですか? 似合ってますかねっ?」
白いパーティードレスに着替え終わった来栖さんは、街灯でライトアップされている駐車場で、両手を広げてクルクルとその場で回る。その姿は、まるで静かな夜に舞い降りた、季節外れの雪の精。試着室のときとはまた違う、幻想的な魅力で一杯だった。
「うん、とても似合ってる。綺麗だよ、来栖さん」
「し、東雲先輩っ、そんな真面目な顔で誉めないでくださいよおっ。なんだか、わたし、今更恥ずかしくなってきちゃいましたあ~っ!」
俺からの素直な称賛に、顔を紅潮させながら、テレテレと目を泳がせる来栖さん。そんな姿もまた可愛らしいな。俺がふと、車の方に目をやると、沙羅姉は腕を組んで、満足そうに笑っていた。
「東雲先輩のスーツも、大人っぽくてとてもステキですよ。でも、こうやって二人でよそ行きの格好をして、学校の近くにいるなんて、少し不思議な気分ですよね」
確かに、ここから聖泉高校までは目と鼻の先。通学路だって、少し歩けば見慣れた道に出てしまう。万が一、こんな姿を学校の連中に見られたらなんて言われるだろうか。いや、それはそれで反応を見てみたい気もするな。
「ハハッ、確かに、変な気持ちだね。さて、それじゃあ、着替えも終わったことだし、そろそろ行こうか、沙羅姉」
俺は、昼のステーキハウスやさっきの寿司屋と同じく、沙羅姉についていこうとする。でも、沙羅姉は車の傍から離れようとしない。そして、沙羅姉は少し寂しそうな顔で、俺達に言った。
「いや、私は行かんよ。最後くらいは恋人同士、水入らずで楽しんできてくれ。それに、私の分の着替えは持ってきていないし、なにより、さっき言った通り、私はギラギラした店は苦手なんだよ。大丈夫、私の名前を出せば、全て店側で手配してくれるから」
そんな、ここまで来て、俺と来栖さん二人きりだなんて。確かに、来栖さんと二人きりでの食事も嬉しいけど、今日のデートをこんなに彩ってくれた沙羅姉と一緒じゃないなんて、寂しいじゃないか。
「いや、沙羅姉、そんなこと言わないでさ。格好だったら、家も近いんだから、パパッと着替えてくれば大丈夫じゃないか。ね、来栖さん」
「そうですよっ! 最後まで、三人で楽しくおしゃべりしながら、美味しいお料理を一緒に食べましょうよっ、六条先輩っ!」
俺から話を振られた来栖さんも、とても寂しそうな顔をしている。そうだよな、来栖さんだって、俺と同じ気持ちのはずだよな。でも、沙羅姉は、そんな俺達の願いを聞き入れることはなかった。
「いや、今日の料理は二人分しか用意してもらっていないし、なにより、私が計画したデートプランは、海人が来栖を家までエスコートすることで完成するのだ。だから、今日のところは、私の計画を完遂させてくれ。頼む、二人とも」
沙羅姉は、真剣な面持ちで、軽く頭を下げながら、逆に俺達にお願いをしてきた。俺と来栖さんには、沙羅姉からのこの願いを突っぱねる資格はないよ。今日のデートは、沙羅姉が俺達のために苦心して準備してくれたもの。それを無下にすることなんて、俺達には、出来ない。
「解ったよ、沙羅姉。俺達、沙羅姉が準備してくれたデートプランを、思いっきり楽しんでくる。今日は、沙羅姉と一緒に過ごせて、本当に楽しかったよ。ね、来栖さん」
「もちろんですっ! 今日は、ブティックでも、ステーキハウスでも、岬の喫茶店でも、お寿司屋さんでも、本当に夢のような時間を過ごせましたっ! 今日はわたし達のためにこんなステキなデートプランを立てくれて、本当に、ありがとうございましたっ! 六条先輩っ!」
俺と来栖さんは、沙羅姉に目一杯の感謝の気持ちを込めて、並んで沙羅姉に向けて頭を下げる。そして、俺が頭を上げると、そこには、今日一番の笑顔で、満足そうにうなずく沙羅姉がいた。
「ああっ! 私は二人のためなら、どんなことでも、全力で叶えてやるからなっ! だから、二人とも、どんどん私を頼ってくれよっ!」
こうして、沙羅姉は着替の入った紙袋を俺達に渡して、鴨川さんが運転する車に乗って、先に帰ってしまった。駐車場には、紙袋を持った俺達二人だけが残された。
「それじゃあ、行こうか。来栖さん」
「はい、東雲先輩」
そして、俺達は目の前で煌々と光を放つレストランへと歩を進める。でも、俺も来栖さんも、さっきまでの楽しい時間が嘘のように、なんだか少し暗い気分で、お互いをチラチラと見ながら、レストランへと入っていった。
…………
レストランでの食事は、本当に美味しかった。レストランの店員さんはとても親切で、小難しい料理の名前についてもしっかり説明してくれたし、マナーがよく解っていない俺達にも、なにもとがめることなく、優しく接してくれた。
だから、俺と来栖さんは、そんな店員さんに、罪悪感を覚えてしまっていた。だって、端から見た俺達は、多分、あまり楽しそうじゃなかっただろうから。なんだか、ピースが欠けて完成しないパズルのような、そんなモヤモヤとした気持ち。
そして、そんな気分のまま、俺と来栖さんはレストランを出て、いつもの通学路を二人並んで歩く。周囲にあるのは街灯の明かりと、犬の遠吠えだけ。レストランに入る前とは、明らかに周りの空気が違う。なんだか、寂しい。ただ、寂しかった。
「来栖さん、今日は本当に楽しかったねっ! 料理も絶品、景色は最高、なにも言うことなしだったよっ!」
俺は、今、周囲を流れる空気を変えたくて、無理して来栖さんを元気づけようとする。でも、やっぱり、来栖さんはなんだか寂しそうで、申し訳なさそうな顔をしている。
「はい、今日は本当に楽しかったです。でも、わたし、本当は、最後まで六条先輩と一緒におしゃべりして、三人で並んで歩いて帰りたかったです。東雲先輩は、どうですか?」
ああ、来栖さんは本当に素直な娘だ。こうして正直な気持ちを、隠さずに口に出してくれる。本当に、俺には過ぎた彼女なのかもしれないな。俺は、そんな来栖さんはからの問いに、正直に答えた。
「うん、俺も、来栖さんと同じ気持ちだよ。でも、沙羅姉は俺達二人のこれからを全力で応援してくれているんだ。だから、俺達、沙羅姉の期待に答えられるように、これからも頑張っていこうね」
「はい、わたし達、こんなに六条先輩から応援してもらって、本当に幸せなカップルですよね、東雲先輩」
「ああ、そうだね、来栖さん」
こうして、俺と来栖さんは、朝とは違う、静かな通学路を二人並んで歩いていく。こんなにフォーマルな格好で、少し沈んだ気持ちで歩く俺達って、なんだか滑稽だよな。本当に、周囲に誰もいなくてよかったよ。
そして、俺は来栖さんを三叉路のすぐ近くの家の前まで送って、自分の家へと帰った。足取りは重く、なかなか気分は晴れないけど、帰るまでに、この暗い気分をなんとか振りきって、沙羅姉に心配をかけないようにしないとな。
…………
二人を見送ったあと、私は鴨じいが運転する車に揺られて海人の家へと帰る。二人とも、ちゃんと楽しんでるかな。いや、楽しんでくれなければ、身を引いた私が浮かばれないというものだ。
「沙羅お嬢様、ひとつ聞いても宜しいですか?」
「どうしたんだ、鴨じい。そんなに改まって」
鴨じいは、閑静な道をゆっくりと運転しながら、私に言った。
「本当に宜しかったのですか? あのお二人のことを応援する道をお選びになって。お嬢様は、東雲様のことを、あんなに昔から慕っていらっしゃったのに。私、些かお嬢様のこれからが心配でございます」
鴨じいめ、妙な気を遣うな。これは私が自分で選んだ道。だから、そこにあるのは私の純然たる意思のみ。それ以外は、不要だ。
「勿論だよ、鴨じい。これが私の選んだ生き方さ。鴨じいだって、私がこういう女だということは、昔から知っているだろう? だから、これでいいんだよ」
「左様でございますが。いや、出過ぎたことを言ってしまい、誠に申し訳ありませんでした、お嬢様」
「いいさ、鴨じいの言うことも最もなんだ。こればかりは私の生き方の問題だ。そう易々とは曲げられんさ」
そうだ、これが私の生き方だ。だから、これでいい、これで、いいんだよ。だから、海人、来栖、頼むから、二人で幸せになってくれよ。





