沙羅の胃袋は無限大
さあ、俺と来栖さんのデートは、沙羅姉によるとんでもないプレゼントによりスタートし、時間は正午に差し掛かろうかという時間になり、俺達は、近場で有数のグルメ街にやってきた。夜は沙羅姉がレストランを押さえてくれているらしいけど、昼は全くのノープランだという。
「さ~て! 昼御飯はなんにしたもんかなっ! お前らは、なにか食べたいものはあるか? ちなみに、夜は二部構成で、寿司とイタリアンの予定だっ! それを踏まえて、昼は腹具合を調節しておいてくれっ!」
へえ、今日の夜は寿司とイタリアンか。まさかの二部構成に、俺も来栖さんもちょっと驚いてしまった。しかし、沙羅姉のことだ、ま~たとんでもない値段の店を押さえているに違いない。
「だってさ、来栖さん。そういえば、来栖さんはアレルギーとかあったりしないかな? 俺、沙羅姉にそのことを伝えるのをすっかり忘れててさ」
俺からの確認に、来栖さんは小さガッツポーズをとりながら、なんだか気合いの入った様子で答えた。
「わたし、実は、美味しいものを食べるのが大好きで、よく椿ちゃんや葵ちゃんを誘って、雑誌に載ってるお店に行ったりしてるんですっ! もちろん、どんなものが出てきてもへっちゃらですよっ!」
よかった、来栖さんにアレルギーがなくて。下手をしたら、今日のデートが台無しになるところだったからな。さて、それじゃあ、今日のお昼はなんにしたもんかな。俺がそんなことを考えていると、沙羅姉の足が、とある店の前で止まった。
「すまん、海人、来栖。さっきはああ聞いておいてなんなのだが、今日の昼御飯はここにしないか? もちろん、二人が他のところがよいというならそれに従うが」
俺と来栖さんは、沙羅姉が立ち止まった店が、なんの店なのかを確認する。どうやら、最近オープンしたばかりのステーキハウスのようだった。昼からステーキっていうのも、なかなか面白そうだな。
「いや、今日のデートプランは沙羅姉が決めたもんだから、最後まで沙羅姉に従うよ。来栖も、それでいいよね?」
「はいっ! もちろんですっ! それに、わたし、お肉も大好きなので、とてもワクワクしちゃいますっ!」
よし、これで今日のお昼はステーキに決定だ。とはいえ、夜は寿司とイタリアンだから、あんまり量は食べずに、お腹に余裕を持たせておかないとな。こうして、俺達は沙羅姉を先頭に、そのステーキハウスへと入っていった。
…………
俺達が入ったステーキハウスは、アメリカン調のクラシックな作りで、他の客は、海外の人がほとんどだった。どうやら、このステーキハウスは、質より量で攻めるタイプの店らしいな。
「さて、お前らはなんにする? 私はすでに決めているから、ゆっくりと選ぶといい。さあ、久しぶりの挑戦だから、腕がなるよっ!」
ち、挑戦って、沙羅姉、いったいなにをやる気だろう? まあ、それはともかくとして、俺と来栖さんはメニューを開いて、食べたいものを物色する。そして、しばらく二人でメニューをじっくり見て、沙羅姉に注文を伝えた。
「それじゃあ、俺はリブロースの二百グラムにしようかな。あ、あと、ライスとコールスローも頼もうかな」
「わたしは、ヒレの百五十グラムと、東雲先輩と同じコールスローもお願いしますっ! ライスは夜のこともありますし、なしにしておきましょうかねっ」
俺と来栖さんのチョイスに、沙羅姉は満足そうにうなずいた。
「よ~し! 二人とも、夜に向けて控えめに攻めたなっ! それでは、注文をするとしようかっ!」
そして、沙羅姉は、備え付けのベルを鳴らして、店員さんを席まで呼んだ。そして、沙羅姉は、俺と来栖さんの注文を伝え、最後に、自分の注文を伝えた。
「私は、外の黒板に書いてあった、『リブロース&サーロイン&ヒレのチャレンジコース』をひとつもらおうか」
それを聞いた店員さんは、ギョッとする。俺が改めてメニューを確認すると、通常のメニューとは別に、一枚のラミネートシートがあることに気づいた。俺と来栖さんは、そのラミネートシートの内容を二人で確認する。
『リブロース一キロ、サーロイン一キロ、ヒレ一キロと、ライス三人前、更にコールスロー三人前を一時間で完食されたお客様は、食事代無料に加え、賞金三万円を進呈!(失敗した場合は、料金五万円を徴収致します)』
そのラミネートシートを見た来栖さんは、俺に青い顔をしながら、ヒソヒソ声で言った。
「東雲先輩っ! 六条先輩、こんなに食べられるんですかっ!? あんなに細い体なのに、お肉三キロとライスとコールスローを一時間でなんて、無理に決まってるじゃないですかっ!」
来栖さんの反応はもっともだ、でも、俺は知っている。沙羅姉の常人を遥かに越えた食欲と、その胃袋の要領を。取り敢えず、俺は青い顔をしている来栖さんを安心させる。
「大丈夫、沙羅姉ならこれくらい軽く食べちゃうから。まあ見てなよ、面白いものが見られるからさ!」
そして、注文をしてから二十分ほどして、俺と来栖さんの注文した肉が俺達の前に並ぶ。そして、俺達が楽しい会話をしながら、沙羅姉より先に肉を食べ終えると、ちょうどそのタイミングで、沙羅姉の前に、まずはヒレの肉塊が乗ったプレートと、ライスとコールスローがやってきた。
「さ~てっ! それでは、私もいただくとしようかっ!」
こうして、沙羅姉がヒレ肉にナイフを入れたのと同時に、店員さんがストップウォッチをスタートさせた。そこで、来栖さんと店員さんは沙羅姉のとんでもない食欲を目撃する。
ヒレ肉を切っては、優雅に口に運び、時折ライスとコールスローで箸休めをする。その背筋がピンと伸びた所作は、まるで映画のワンシーンを見ているかのようだった。しかし、その速度が異常だ。まるで、テレビの早送りを見ているかのような、不思議な感覚だ。
「それでは、次のリブロースをいただこうか。それにしても、しっかり始めに一番淡白なヒレを出すとは、さすがはプロだ。その心遣い、とても嬉しいよ」
沙羅姉は、ヒレ肉のセットをペロリとたいらげながら、店員さんに笑顔でそう言った。それを聞いた店員さんは、嬉しそうでもあり、焦っているようでもあった。そう、問題は、沙羅姉がヒレ肉のセットを食べ終わった時間だ。時間にして、十三分五十八秒。まだチャレンジ時間の四分の一程度しか経っていない。
「さてっ! 二人のデートの時間をこれ以上もらうわけにもいかんから、ペースを上げていくぞっ!!」
「ええっ!?」
この沙羅姉の発言を聞いた来栖さん、そして、店員さんは驚きの声をあげる。特に、店員さんに至っては、口をポカンと開けて、ストップウォッチを持っている手を震わせている。
そんな店員さんをよそに、沙羅姉の食べる手は、沙羅姉の宣言通り、徐々に加速していく。そして、リブロースのセットを食べ終わった沙羅姉は、またもや笑顔で、店員さんに最後のサーロインのセットを持ってくるように言った。
「さて、最後にサーロインをいただこう。このリブロースも、私が注文したミディアムレアの、中心までしっかり火が入った、素晴らしい焼き加減だった。次のサーロインにも期待しているよ」
そう言われた店員さんは、沙羅姉に頭を軽く下げてお礼を言っていたけど、その顔には汗が浮かび、なんだか少し震えているようでもあった。そして、沙羅姉の前にサーロインとライス、そしてコールスローが並んだ。しかし、それらは、瞬く間に沙羅姉の胃袋に吸い込まれていった。
「ふうっ、最後のサーロインも、ほどよく脂がのっていて、美味しかったよ。この店は、今後とも贔屓にさせてもらうとしよう。それでは、ご馳走さまでしたっ!」
沙羅姉が手を合わせたタイミングで、店員さんがストップウォッチを押した。そのタイム、三十七分二十五秒。文句無しのチャレンジ成功だ。しかも、沙羅姉は出されたものは、米粒ひとつ残さずに、キレイに食べてしまっていた。それを見た店員さんは、首をガクッと折った。
そして、店員さんは、沙羅店が食べ終わったプレートを持って、店の奥に戻り、賞金の入った封筒を持ってきて、沙羅姉に差し出す。しかし、沙羅姉はその封筒を店員さんに突っ返した。
「いや、賞金は受け取れないよ。こんなに旨いステーキを無料でご馳走してもらったんだ。しかし、この店には今後も世話になるかもしれないな。そのときは、よろしく頼むよ」
こうして、沙羅姉による大食いチャレンジは、沙羅姉の大勝利に終わった。これはあとで人づてに聞いた話だけど、この日を境に、この店から、今回沙羅姉が食べたチャレンジメニューは無くなってしまったらしい。まぁ、あんなもの見せられたら、そうなるよな。
「東雲先輩っ、六条先輩、本当にあの量のお肉をペロリと食べちゃいましたね。わたしも、頑張ればあれくらい出来るようになれますかねっ!」
「いや、沙羅姉の体質は特殊だからね。あれは普通の人間が真似するもんじゃないよ。来栖さんは、今のままでいてくれたほうが、俺は嬉しいな」
「そ、そうですよね、了解しましたっ! 東雲先輩っ!」
俺と来栖さんがそんなことを話していると、会計を終えた沙羅姉が戻ってきた。そして、沙羅姉は俺と来栖さんを交互に見て、ニカッと笑いながら言った。
「どうだ、お前らのデートのちょっとした余興にはなっただろうっ! しかし、この程度で食事を無料にしてもらって、いささか申し訳なくもあるよ」
沙羅姉のこの感じ、恐ろしいことに、まだまだ胃袋には余裕がありそうだぞ。これじゃあ、夜の食事もえらいことになるんじゃないかと、今から少し心配だよ。こうして、波乱の昼食を終え、俺達はステーキハウスを後にした。時間は午後一時ほど、沙羅姉のデートプランはまだまだこれからだ。





