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初デート、スタート!

 さあ、いよいよ待ちに待った来栖さんとのデートの日がやってきた。ちょっと雲は多いけど、梅雨の季節にこの陽気なら上出来だ。俺は、待ち合わせ場所の大時計の前で、ひとり腕時計をチラチラ見ながら、来栖さんを待つ。


 沙羅姉はというと、『少し用事があるから、先に行っててくれ』とのことで、こうしてひとりで突っ立っているわけだ。今の時間は、午前十時、待ち合わせの三十分前だ。やっぱり、男が女の子を待たせるわけにはいかないからな。


 そして、それから十分後、人混みに揉まれながら、小さな女の子が、足早にこっちにやってきた。あの一際輝く、小動物的な可愛らしさは、間違いなく来栖さんだ。俺は、大時計の前を離れて、来栖さんの方へと歩いていく。


「あっ! 東雲先輩っ! おっはようございま~すっ!」


 俺に気づいた来栖さんは、手をブンブンと振りながら、いつもの動きの割には進みの遅い、トコトコとした足取りで俺の方へと駆けてくる。ああ、やっぱり、来栖さんの走っている姿を見てると、ものすごく癒されるなあ。


「やあ、おはよう、来栖さん。今日は俺の……っていうか、沙羅姉からのデートの誘いに乗ってくれて、本当にありがとうね」


 俺が来栖さんにそう言いながら微笑みかけると、来栖さんは、ニッコリ笑って、少し首をかしげながら俺の挨拶に答える。


「いえっ! わたし、今日が楽しみで楽しみで、お誘いをもらった日から、ず~っと準備をしていたんですからっ! まぁ、準備といっても、デートにどんな服を着ていこうか迷ったくらいなんですけどねっ!」


 そう言って、来栖さんは舌をペロッと出しながら、イタズラっぽい笑みを俺に向ける。俺は、そんな来栖さんからの言葉を受けて、来栖さんの服装に注目する。来栖さんは、薄いピンクのワンピースの上に、白いカーディガンを羽織って、可愛らしいクマのポーチをたすき掛けに持っていた。


 なんというか、とても来栖さんらしいというか、下手をしたら小学生と見間違えてしまいそうな、可愛らしさ全振りのコーディネートだ。そんな俺の視線に気づいたのか、来栖さんは、やんちゃな笑みを浮かべて、その場でクルクルと回ってみせた。


「えへへっ、どうですかっ!? 今日のわたしの格好っ! それに、このクマさんのポーチ、わたしのお気に入りなんですっ! かわいいですよねっ!?」


「あ、うん、とっても、可愛いよ……」


 もちろん、俺が、『可愛い』と思っているのは、俺の目の前ではしゃいでいる来栖さんのことだ。服と、小物と、それをまとった来栖さん。ああ、この来栖さんの姿を見られただけでも、今日は満足だ。


 俺は、周囲の道行く人々の視線をはばからずに、目の前の妖精のように舞い踊る来栖さんに見とれてしまった。そんな俺を、来栖さんは更に夢の世界に誘い込む。


「東雲先輩、どうされたんですか? そんなに顔を赤くして。あっ! もしかして、わたしに見とれていたんですか~あ?」


 俺を下から覗き込みながら、俺に(多分)冗談を言ってくる来栖さん。ああ、俺の心はもう来栖さんの虜だ。図星を突かれた俺は、ようやく元の世界へと戻ってくることが出来た。


「あ、うん、来栖さんがあんまり可愛らしいもんだから、来栖さんの言う通り、来栖さんに見とれちゃったよ、ゴメンね、こんな気持ち、生まれて初めてでさ……」


 冗談を言ったつもりだったであろう来栖さんの顔が、俺からのバカ正直な答えを受けて、一気に赤くなった。来栖さんは、頬に両手を当てながら、視線を泳がせる。


「あっ! いえっ! そんな、可愛いだなんて、ゴメンなさい、わたし、ちょっと調子にのり過ぎましたっ、ア、アハハッ……」


「あ、そう、アハハッ……」


 このやりとり、どう考えてもバカップルのそれだな。俺は少し冷静になろうと、その場で深呼吸をする。すると、俺が息を吐き出し終わったタイミングで、背後から聞き慣れたデカイ声がした。


「こんなところでなにをイチャイチャしてるんだ、お前らっ! お前らがアツアツなのはよ~く解るが、少しは周りの目を気にして欲しいもんだなっ! ハッハッハッ……!」


 俺がその声の主の方に振り返ると、そこには、どこのモデルかと言いたくなるような眩しさを存分に振りまく、沙羅姉がいた。


「沙羅姉っ!?」


「はわあ~っ!」


 来栖さんの目は、そんな沙羅姉に釘付けになる。シュッと伸びた細身のジーンズに、白のTシャツを片結びにしてへそを出して、つばが広いストローハットに、黒の細いサングラス。そして、腰にまかれたチェックのパレオ。いや、いくらなんでも気合いが入りすぎだろ、沙羅姉。


「さ、沙羅姉、一応、俺と来栖さんの付き添いなわけだから、あんまり目立たない格好で来てくれたら助かったんだけどな……」


 俺がげんなりしながら沙羅姉にわずかながらの抗議をすると、沙羅姉は豪快に笑いながら俺に言った。


「ハッハッハッ! 本当は、一張羅のパーティードレスで来るつもりだったのだが、それはあまりにやりすぎだと思って、このような地味な格好で来てやったんだぞ? だから、喜ばれこそすれど、そのように言われるのは心外だなっ!」


 ああ、沙羅姉は、自分がどれだけ目立つ存在なのかを解っていないんだ。それを証明するかのごとく、周囲の人々は、一様に沙羅姉の方をチラリと見ながら歩いていく。更に、沙羅姉のよく通るデカイ声も合わされば、周囲の目は沙羅姉に釘付けだ。


「すっごいっ! 六条先輩、本当のモデルさんみたいですっ! ううんっ! テレビで見るモデルさんより、ず~っとステキですっ!」


 来栖さんは、沙羅姉のあまりの存在感に、鼻をフンフン鳴らしながら興奮している。でも、俺は、どうしても、その沙羅姉の腹に残る、痛々しい傷跡の方に目が行ってしまう。


「沙羅姉、なんでわざわざ、そんな傷が見えるような格好で……」


 俺が、つい、そんなことを口走ると、沙羅姉は、俺の首に腕を回して、ニヤリと笑いながら言った。


「海人は、私のこの傷をなにか悪いものの様に言っているが、私からすれば、この傷は勲章だ。お前の冤罪を晴らすために、私が自らの選択の結果、残った傷だ。だから、私はこの傷を隠そうなどとは全く思わんっ! むしろ、皆にこの傷を見せて、『これが私の決意の証拠だ!』と、誇りたいくらいさっ!」


 沙羅姉はそう言うけど、その傷を負わせた直接の原因は、俺が佐伯さんをあのとき捕まえられなかったことなわけで。沙羅姉は俺や佐伯さんに負い目を与えないために、そう言ってくれているんだよな。


「そんなことより、海人も来栖も、今日は懐事情は全く気にせずに、存分にデートを楽しんでくれっ! どんな物だろうが、資金は私が融通してやるから、なにも心配しなくていいからなっ!」


 いや、しょせんは学生のデートだから、そんなに色々買うつもりはないんだけどさ。俺としては、沙羅姉にあまり借りを作ると、今後なにをさせられるか解ったもんじゃないから、慎ましく、学生らしいデートにしたいよ。


 それでも、沙羅姉は、そんなことお構いなしに、行く先々で、無茶苦茶な行動に出るんだろうな。ああ、なんだか、胃が痛くなってきた。そんな心配をする俺に、来栖さんは、ガッツポーズで、ニコッと微笑みながら言った。


「なんだか、六条先輩に任せていたら、今までの人生で味わったことのない、たくさんのことに出会えそうで、わたし、とても楽しみですっ! 今日は目一杯楽しみましょうねっ! 東雲先輩っ!」


「う、うん。そうだね、来栖さん」


 こうして、俺と来栖さん、そして、沙羅姉の三人で過ごす、長い一日が始まった。今日が終わるまでに、俺は何回、沙羅姉の突拍子もない行動に驚かされるんだろうか。正直、不安もあるけれど、沙羅姉と一緒に遊びに出掛けるのは本当に久しぶりだから、とても楽しみだな。

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