桃花の気持ち
六条先輩が退院して初めて登校してきた日、学校はやっぱり大騒ぎで、六条先輩は、本当にみんなから愛されているんだなって、改めて思った。でも、学校のみんながそれと同じくらい、東雲先輩を悪い人扱いしていて、わたしは悔しくて、悲しかった。
本当は、東雲先輩は自分を犠牲にして、葵ちゃんが昔、悪い男の人達に乱暴されたことを隠して、みんなに自分が悪かったって嘘をついているだけなのに、わたし、悔しいよっ!
でも、どんなにわたし達がみんなに一生懸命説明しても、みんなはなかなかそれを解ってくれない。なんで、みんなちゃんとわたし達の話を理解してくれないんだろう。わたし、わかんないよ。
それでも、東雲先輩は、『仕方ないよ』って言って、いつも笑っている。東雲先輩は本当にいい人だけど、いい人過ぎていつか東雲先輩が取り返しのつかないことにならないか、わたしはとても心配です。
ううん! 東雲先輩ならこれからも大丈夫っ! それに、東雲先輩には六条先輩がいるし、わたしだっているんだからっ! わたしは東雲先輩の彼女として、これからも東雲先輩を支えていくんだっ! 頑張れっ、わたしっ!
それにしても、六条先輩、本当に元気になってよかったな。でも、わたし、六条先輩のこと、ちょっと怖いなって思っちゃった。だって、椿ちゃんや葵ちゃんとの約束を守るためとはいえ、自分のお腹を切っちゃうんだよ? そんなの、漫画やテレビでしか見たことないよ。
でも、それ同じくらい、わたしは六条先輩が本当に義理堅くって、自分の信じる道を迷いなく歩いていける、とても強い人だって思った。なんていうか、『自分を持っている』っていうか、不謹慎だけど、『生き方がカッコいい』っていうか。
わたし、そんな六条先輩から東雲先輩を任されてしまったんだ。これって、本当に責任重大だよね。今更だけど、わたしはものすごく大変な道を選んでしまったんだなと思った。
それでも、わたしが東雲先輩のことが好きな気持ちは変わらない。ううん、その気持ちは、付き合い始めた頃よりもっともっと大きくなってる。最近は、人を好きになるって、こんなにいいものなんだなっていう気持ちが膨らんで、わたし、とっても幸せですっ!
でも、葵ちゃんがわたしや椿ちゃんのことを、『好き』だって言ってくれたのも同じくらい嬉しかった。もし、わたしが東雲先輩に告白する前に、葵ちゃんから告白されていたら、わたしはどうしていたんだろう? 葵ちゃんと付き合っていたのかな? それとも、『友達のままでいよう』って、断っていたのかな?
わたしは、これまで告白されたことなんてなかったから、告白された人の気持ちはわからないけど、一生懸命告白をしようとする人の気持ちは解る。だって、わたしが東雲先輩に告白するときの気持ちが、その気持ちなんだろうから。
葵ちゃん、辛かったよね? なかなか告白出来なくて、苦しかったよね? 最後まで告白出来なくて、後悔してるよね? わたし、その気持ち、少しだけだけど、解るよ。だから、わたしも椿ちゃんも、そんな葵ちゃんのことを、葵ちゃんが傷つかないように、ゆっくりとケアしてあげたいな。
わたしは、そんな色んなことを考えたり、部屋でボーッとしたり、ベッドの上でゴロゴロしたりしながら、わたしが大好きな漫画を読む。でも、なんだか最近は、その大好きな漫画の内容もなかなか頭のなかに入ってこない。わたしの頭のなかは、東雲先輩のことで一杯だ。
東雲先輩に告白して、それを受けてくれた日。東雲先輩と初めて手を繋いだ日。東雲先輩と一緒に、初めて学食でご飯を食べた日。その全てが、わたしのなかを、東雲先輩で一杯にする。まだ付き合い始めて一ヶ月ちょっとなのに、こんなに幸せでいいのかな?
これからずっと、東雲先輩と一緒にいたら、わたし、幸せ過ぎて変になっちゃうんじゃないかな? それくらい、わたしは、東雲先輩のことが、好き。こんな気持ち、生まれて始めてだから、わたし、ちょっと舞い上がっちゃってるのかな?
わたしは、あんまり自分で自分が恥ずかしくって、つい、抱き枕をギュッと抱き締めながら、ベッドの上でゴロゴロと転がってしまう。ああ、わたし、本当に、幸せっ!
ピロンッ!
「きゃっ!」
わたしがベッドの上で転がっていると、わたしのスマホから突然音がした。この音は、チャットアプリからの通知音。こんな時間に誰だろう? 椿ちゃんかな? 葵ちゃんかな? わたしはスマホのロックを解除して、内容を確認した。
『来栖さん! 今週末、もし時間があったら、俺と一緒にデートしない!? もちろん、デート代は全部、俺が出すから、来栖さんは手ブラで来てくれていいよ! それじゃあ、返事待ってるからね! 君の海人より』
「は、はわわわわっ!」
その内容を見たわたしは、誇張なしてひっくり返った。だって、わたしが東雲先輩のことを考えていたときに、東雲先輩からのメッセージ。しかも、その内容は、わたしへのデートのお誘い。
しかも、メッセージの最後には、『君の海人』って書いてある! わたしの幸せメーターは、もう完全に振りきってしまっている。でも、東雲先輩って、こんなキザなこという人だったっけ? わたしはちょっと違和感を覚えながらも、この嬉しさを、スマホをギュッと抱き締めながら味わっていた。
でも、わたし、デートなんてしたことないから、どんな服を着ていったらいいか解んないよ~! そうだ! デートの前に、ひーくんにどんな服がいいか、聞いてみようっと!
あっ! それより、早く、東雲先輩に返事をしなきゃっ! でも、返事が早すぎたら、『なんだかがっついた女』とか思われたりしないかな? あ~ こんなの始めてだから、わたし、解んないっ! でも、早く返さないと、東雲先輩も心配するよねっ!
わたしは、一生懸命、どんな返事をしたらいいか考えた。あんまり東雲先輩が気を遣わないように、なおかつ、わたしが喜んでいることが伝わる内容で! わたしは、メッセージを打ち込んでは、それを全部消すという作業を何度も繰り返す。そして、わたしは、チャットアプリに、渾身のメッセージを打ち込んだ。
『こんばんはっ! 遅くにすいません! 急なお誘いでビックリしちゃいましたっ! 週末は私、なにも用事はないので、是非、一緒にデートしましょっ! それでは、また明日、ポストの前でお待ちしてますねっ! あなたの桃花よりっ!』
「きゃあああっ!」
わたし、これを東雲先輩に送ろうとしてるの!? バカバカバカっ! なによ、『あなたの桃花』って! でも、東雲先輩だって、『君の海人』って言ってくれてるし、わたしがこれくらい言ったって、なにもおかしくないよね?
わたし、ちょっと、いや、かなり舞い上がっちゃってる。さすがに、こんなこと東雲先輩に言えないよ。わたしはちょっと冷静になって、後ろの、『あなたの桃花よりっ!』というメッセージを削って、東雲先輩にこのメッセージを送信する。
「えいっ! そ~うしんっと!」
送信されていくメッセージを見ながら、わたしはハッとした。メッセージの最後の、『あなたの桃花よりっ!』の『あ』を消し損ねてるっ! ああ、いつもわたしはそうなんだ。最後の確認をせずに、そのまま送っちゃった!
「ああ~っ! わたしのバカあ~っ!」
東雲先輩、わたしのこのメッセージを見て、なにを書こうとしたのか解ったりしないかな? ああ! 恥ずかしくって、死んじゃいそうっ! そして、わたしがメッセージを送って、すぐにスマホに表示された、『既読』の文字。東雲先輩、すぐに読んでくれたんだっ!
そして、それから十分くらい経って、わたしのスマホが鳴る。東雲先輩からの返事が帰ってきたっ! わたしはバタバタとしながら、スマホの画面を確認する。
『デートの誘い、受けてくれてありがとう。詳しくは明日話すから、ポストの前で会おうね。それじゃあ、おやすみ、来栖さん』
あれ? なんか、ちょっとさっきの東雲先輩のお誘いと、少しなにかが違う気がする。いや、そんなことを気にするよりも、今は、東雲先輩とデートの約束が出来たことを、素直に喜ぼう。
あっ! 東雲先輩に、早く、今のメッセージに返事をしないとっ! わたしは、もう夜も遅いから、短いメッセージを東雲先輩に送信した。ああ、東雲先輩とのデート、本当に、楽しみだなっ!
『はいっ! お休みなさいっ! 東雲先輩っ!』





