騒動過ぎて、病院にて
沙羅姉が病院に運ばれたと聞いた、学校中の生徒と教師は大騒ぎ。もちろん、その場に居合わせた俺達は、ことの顛末を学校側に話すことになったわけだけど、これをどう説明したらいいかは、本当に悩んだ。
もちろん、本当のことを言えばとんでもないことになるから、俺達三人は口裏を合わせて、俺が佐伯さんと鍋島さんを呼び出して屋上でサボろうとしていたら、偶然、沙羅姉が自傷しているのを目撃したということにした。
これなら、ひとまず悪者は俺だけだ。学校中から、『ついにお花ちゃん達全員に手を出したか』とか、『佐伯さんに無理矢理指示して、鍋島さんまで手篭めにしようとしたか』とか言われるだろうけど、この際そんなことはどうでもいい。
それに、沙羅姉だって、回復したあと、佐伯さんを責めるようなことはしないはずだ。でなければ、こんな無茶をしてまで佐伯さんを説得しようとはしないだろう。心苦しいけど、この場を切り抜けるために、沙羅姉にも少しだけ悪者になってもらった。ゴメンよ、沙羅姉。
とにかく、(一応)第一目撃者の俺達は、それぞれクラスメイトや、他の野次馬から質問責めにされたわけだけど、みんなにも今回の顛末は伏せて、学校側に話したのと同じ話をして乗り切った。でも、ある程度実情を知っている二年A組の連中や、他の関係者は、この件について深くは追求しなかった。この心遣いは本当に助かるよ。
そして、肝心の沙羅姉の容態だけど、腹の傷は派手に切り裂かれていたものの、傷の深さは筋膜までしか達しておらず、内臓は全くの無傷だったという話だったから、その点に関しては安心だという。これについては、沙羅姉の体質がいい方向に働いたということらしい。
でも、出血量がかなり多かったらしく、あと十分搬送が遅れていたら、沙羅姉は失血のショックで天に召されていたという。その点では、佐伯さんが必死の止血(制服で患部を圧迫していたらしい)が功を奏したということで、お手柄だったという。
そんな話を、俺達三人は、放課後にお見舞いに来た病院で聞かされたというわけだ。とにかく、沙羅姉の命に別状がなくて、本当に安心した。沙羅姉の手術は無事終わって、麻酔が覚めたあと、少しであれば話も出来るとのことだったので、俺達は、病院の個室で沙羅姉の枕元で並んで、沙羅姉の覚醒を待つことにした。
「いや、鍋島さんから例の約束を聞かされたときは、血の気が引いたよ。沙羅姉は、一度約束したことはどんなことでも絶対に守るからね。でも、こんな無茶をするのは、さすがに今回が初めてだよ」
俺が二人にそんな話をすると、佐伯さんが突然泣き出した。血で汚れた制服の代わりに羽織ったブラウスに佐伯さんの涙が吸い込まれていく。そして、佐伯さんは、下を向いたまま、俺に言った。
「東雲先輩、オレ、東雲先輩と六条先輩に、とんでもないことをしちまった。最初は、東雲先輩をちょっと困らせてやるだけのつもりだったのに。でも、オレの中でもう一人のオレがいて、気付いたら、こんな大事になってて、本当に、ごめんなさい……っ!」
確かに、佐伯さんが今回引き起こした事件は、学校中を巻き込んだとても規模が大きい事件となった。でも、そのきっかけは、ほんのわずかな、佐伯さんの嫉妬心から湧いたもので、その嫉妬心の大元の原因は、俺にあるんだ。
「いや、佐伯さんは悪くない……とは言えないけど、元を正せば、俺が来栖さんと付き合うなんて言わなければ、こんなことにはならなかったんだ。だから、佐伯さんだけで今回のことを背負い込むことはないよ」
俺が佐伯さんにそう言うと、佐伯さんは、両手で顔を覆って、さっきまでより激しくすすり泣き出した。そんな佐伯さんに、鍋島さんが背中をさすりながら言う。
「確かに、葵がやったことは到底許されることじゃないけど、葵の気持ちに薄々気付いておいて、それを見て見ぬふりをして、私と桃花が東雲先輩や武と付き合い始めたのも悪かったんだよ。だから、自分一人で抱え込まないで、葵」
そんな鍋島さんからの言葉に、佐伯さんはなんとか泣き止んで、鍋島さんが口にした今の言葉に反応した。その顔は、なんだか嬉しそうでもあり、悲しそうでもあった。
「そっか。やっぱり、二人には解ってたんだな。オレが二人のことを、『好き』だってこと。ハハッ! 気持ち悪いよな、女が女を好きになるなんて。だから、椿と桃花は、そんなオレから逃れるために……」
そんな自分を下卑する佐伯さんに、鍋島さんは、少し声を張り上げて、佐伯さんの両肩を掴みながら、力強く、真剣な表情で言った。
「それは違うよっ! 葵っ! 私も桃花も、葵のこと、大好きだよっ! でも、それと同じくらい、桃花は東雲先輩が、私は武が好きなだけっ! 葵は、これからも、私達の大事な友達だよっ!」
鍋島さんにそう言われた佐伯さんは、ジッと佐伯さんを見つめる鍋島さんの視線から、目をそらしながら言った。
「でも、オレ、その、『友達』っていう関係を、これからもずっと続けていくことが出来るのかって考えたら、怖くって。だって、桃花も椿もかわいいからさ。だから、オレは二人とはそれ以上の関係になりたいって気持ちもあって、でも、それは、『普通』じゃないっていうか、さ」
佐伯さん、そこまで二人のことを好きだったのか。いや、あの痛ましい出来事が起こったあとの佐伯さんを、二人が支えてきたわけだから、それも無理はないよ。あ、そういえば、俺が例の出来事について聞いたことを、佐伯さんに謝っておかないと。
「佐伯さん、ちょっといいかな? 俺、佐伯さんに謝らないといけないことがあるんだ」
「なんだ? 東雲先輩」
「あのね、こんなときにこんな話をされたら、佐伯さん、ショックかもしれないんだけどさ。俺と武、来栖さんと鍋島さんから、二年前に佐伯さんに起きたことについて、聞いちゃったんだ。本当に、ゴメンっ!」
椅子の上で頭を深々と下げる俺に、佐伯さんは言った。
「ああ、そのことか。そりゃあ聞いただろうな。だって、オレがこんな馬鹿なことをするようになったのは、オレがあの男どもに輪姦されたのが原因なわけだし。でも、東雲先輩と奴らは関係ないよ。それはオレにも解っていたんだけど、どうしてもオレ、桃花がオレの元から離れていくのが、我慢できなかったんだ……」
佐伯さんは、普段は大雑把だけど、本当は、とても繊細な女の子なんだと思う。だからこそ、俺には佐伯さんにそんな仕打ちをした男どもが、許せない。でも、俺には佐伯さんを出来るだけ労ってあげることしか出来ない。本当に、歯がゆいよ。
「でも、今回の件で、オレも懲りたよ。これからは、今回みたいな馬鹿なことは、二度としないって、約束する。でも、だからっていって、これから先も、オレが男どもを恨む気持ちは変わらないよ。これだけは、どうしても、な」
そうだよな。こればかりは、佐伯さんのなかでどう折り合いをつけるかの話であって、俺がとやかく言える話じゃないよな。俺がそんなことを考えていると、佐伯さんは、俺に向かって、ニッと笑う。
「でも、東雲先輩だけは別だっ! 東雲先輩は、オレを輪姦した奴らとは違うよ。それは、これまでの東雲先輩の様子を見ていてよく解ったから! それに、こんな酷いことしたオレにも、こんなに優しく接してくれたんだからなっ!」
佐伯さんの笑顔は、佐伯さんのこれまでの人生を考えたら、とてもたくましくって、とても、痛々しかった。それでも、こうして俺みたいな、情けない男を認めてくれているんだ。それについては、素直に喜ばしい。
でも、この佐伯さんの考え方は、危なくもある。元々、佐伯さんは、優しくされた相手にあんな仕打ちを受けたんだ。こう易々と俺のことを信用して、本当にいいのかい? 俺は少し心配だよ、佐伯さん。
「あ、でも、前にも言ったかもしれないけど、桃花を泣かせたりしたら、オレがブッ殺しに行くってのはホントだからなっ! そうだっ! 東雲先輩、ちょっと頼りなさそうだから、これからはオレが鍛えてやってもいいぜっ!」
そう言って、笑顔でサムズアップをする佐伯さん。よかった、一時はどうなるかと思ったけど、ここまで元気になってくれたなら、これからも大丈夫そうだ。
「ハハッ、それは嬉しいね。でも、俺にはあの佐伯先輩がいるから大丈夫だよ」
「ハハッ! そりゃ違いねぇなっ! とにかく、これからも、桃花のこと、よろしく頼むぜ、東雲先輩っ!」
「ああ、なんとか来栖さんに愛想をつかされないように、頑張るよ。あ、でも、いつか来栖さんの好みとか教えてくれたら嬉しいな。お願い出来るかな? 佐伯さん」
「ああっ! もちろんオーケーさっ! なっ! 椿っ!」
「うんっ! 葵っ! 東雲先輩、改めて、これからも桃花のことをよろしくお願いしますねっ!」
佐伯さんに話を振られた鍋島さんも、佐伯さんが少しでも元気になって嬉しそうだ。でも、それと同時に、俺と同じような心配もしていると思うから、これからはみんなで佐伯さんのケアをしてあげないとな!
俺達がそんな話をしていると、沙羅姉が寝ているベッドがガタッっと揺れた。そして、俺が沙羅姉の顔を覗き込むと、うっすらと、沙羅姉の目が、開いていた。そして、沙羅姉は、顔だけをこっちに向けながら、うわごとのように口を開いた。
「ああ……なにやら騒がしいと思ったら、お前達、来てくれたのか……本当に、今回は無茶をして、悪かったな……」
「沙羅姉っ!」
「「六条先輩っ!」」
こうして、沙羅姉は目を覚まし、俺達は、少しの間、沙羅姉との会話を楽しんだ。そして、十分ほど会話をして、病室から出た俺達は、病院をあとにして、三人でファミレスで食事を済ませて、家路についた。
そうだ、もうひとつ、言っていなかったことかあったんだった。今回の沙羅姉の傷なんだけど、これから生活するうえではなんの問題もないんだけど、残念ながら、その傷痕は、うっすらとではあるけれど、一生残り続けるらしいんだ。





