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佐伯の過去

 俺と佐伯さんとのひと悶着があった次の日、俺は朝っぱらから早速担任に呼び出された。そして、開口一番に、『なぜ佐伯さんを襲ったのか』と聞いてきた。やっぱり、守衛さんは佐伯さんの言い分しか伝えてなかったらしい。えこひいきは勘弁してほしいよ、まったく。


 俺は、一応、昨日起きたことの顛末を正直に担任に話したけど、担任は取り合ってくれなかった。これだから伝聞ってやつは恐ろしい。多分、担任は俺を完全にクロだと決めつけてやがる。チクショウ、このままじゃ、最悪退学だな。


 とはいえ、よくも悪くも、俺が佐伯さんを襲った証拠(襲ってないけどな!)は、佐伯さんのあのデタラメな証言だけだから、俺が自供を強要されない限りは、学校側も俺を退学にしたりは出来ないはずだ。


 しかし、状況は俺が考えていたより遥かに悪かった。やっぱり、佐伯さんは、友達に、『東雲に無理矢理襲われた!』と触れて回っていたらしくて、昼休みにもなると、学校の生徒の大半によって、俺には、『二輪のお花ちゃんを無理矢理手篭めにした色魔』という、大層なレッテルを貼られてしまっていた。


「おい、あいつだぜ。佐伯を強引に犯した東雲って奴は」


「クソッ! みんなのアイドルを二人も持っていくなんて、なんて野郎だ!」


「あんな奴、さっさと退学にすればいいのに」


「女の敵ね、生きてて恥ずかしくないのかしら」


 ……とまぁ、廊下を歩けば、こんなことを口々に言われるわけだ。まったく、人の噂って奴は尾ひれがついて、最終的にはまったく事実と違う風に伝わってしまうもんだ。


 そんな状況もあって、今日は来栖さんとは一度も顔を合わせていない。というか、俺は来栖さんに罵倒されるのが怖くて、門が閉まるギリギリに登校したから、それは仕方ない。


 しかし、そんな状況でも希望はあった。意外なことに、うちの二年A組の奴らは、佐伯さんのことよりも、俺の言うことを信じてくれているみたいだった。


「おっ! 戻ったかっ! 東雲っ! どうだ? 無事に昼飯は食えたか?」


 教室に戻るなり、赤西や他のクラスメイトが俺を出迎える。みんな、なんやかんやで俺のことを心配してくれているみたいで、俺はちょっとクラスメイトのことを見直した。


「ああ、視線は痛かったけど、なんとか飯も喉を通ってくれたよ。わざわざ心配してくれて、ありがとうな。赤西」


「それならよかった! しっかし、こりゃまた面倒なことになったなあ。東雲も年貢の納め時ってやつか!?」


 そう言いながら、赤西は俺の方をニヤニヤしながら見ている。まぁ、冗談で言ってるんだろうけど、俺としては洒落しゃれにならない状況だから、あまり取り合っていられない。


「いやっ! だから、俺はやってないって言ってるだろ!? 俺は嵌められたんだよっ! 何回言わせるんだ!」

 

 俺からの抗議に、赤西や他のクラスメイトが口々に答える。その顔は、俺を信頼しているというよりは、俺を小馬鹿にしたような感じだったけど、それでも俺としては非常に助かる。


「そりゃそうだ。お前にはそんなことする根性なんてないのは、みんなよく知ってるからな!」


「佐伯さんって、そんなことするようには見えないんだけどな~ いや~ 女って奴は恐ろしいねえ」


「でも、葵ちゃんって、胸があり得んほどデカイから、俺なら誘われたら迷わずに襲っちゃうな~ 東雲、お前、インポってことはないよな?」


 そんななか、俺はあることに気づいた。武の奴がいない、俺が飯を食いに行く前はいたはずなのに、どこに行ったんだろう? そんなことを考えた直後、教室のドアが勢いよく開いた。


「おまたせっ! 連れてきたぜっ! 海人はもう戻ってきてるかっ!?」


 そこには、肩で息をしている武と、二人の女子がいた。来栖さんと、鍋島さんだ。二人の顔を見た俺は、思わずビクッとしてしまう。そして、俺の視線と来栖さんの視線が合う。


「し、東雲先輩っ……!」


「来栖さん……!」


 そして、来栖さんは、俺の目をまっすぐに見据えたまま、俺の方にトコトコと歩いてくる。さあ、どうする。ひとまず、俺が佐伯さんを襲っていないことをハッキリ伝えておくか?


 でも、俺がそんなことを考えてるうちに、来栖さんが、目にいっぱいの涙をためて、ポサッと、俺に抱きつきながら言った。


「ゴメンなさいっ……! 葵ちゃんがっ、東雲先輩にっ、こんな、ひどいことをしちゃってえっ……! わたし達、本当は、こうなるんじゃないかって、思ってたんですっ……! でも、葵ちゃん、笑ってたから、わたし達、葵ちゃんのこと、大丈夫だと思ってえっ……!」


 俺の制服に、頭を擦り付けながら、必死で俺に謝る来栖さん。そして、それを見ながら目に涙をためる鍋島さん。俺は、おぼろげながら、二人が考えていることを察してしまっていた。


「わりぃ、みんな。ちょっと、外に出ててくれないか? 今、学校のなかで安全に話せるのは、ここだけだからさ」


 神山がクラスメイトにそう言うと、クラスメイトは黙ってぞろぞろと教室の外へ出て、バラバラと散っていく。教室のなかには、俺と武、そして、来栖さんと鍋島さんだけになった。


「来栖さん、鍋島さん、話しにくいことなんだろうけど、佐伯さんのことについて、話してくれないかな?」


 俺からのお願いに、二人は一度顔を見合わせたあと、力強くうなずいてから、俺と武に、二人の口から、昔、佐伯さんに起こった悲劇について語られた。


 それは、遡ること二年ほど前。三人が中学二年生だった頃。その頃から、佐伯さんは他の女子よりも発育が早く、周りに寄ってくる男は相当の数だったらしい。そして、ある日、佐伯さんは一人の高校生に恋をする。優しくて、お金持ちで、顔もいい、佐伯さんの理想の人。


 そして、佐伯さんは、その高校生に告白し、その高校生と付き合うことになった。でも、この高校生が狙っていたのは、佐伯さんの純潔ただひとつ、それ以外は不要だった。


 すぐに本性を現したその高校生は、付き合い始めたその日に、無理矢理、佐伯さんの純潔を奪った。そして、あろうことか純潔を奪ったその直後、その高校生の友人の群れに、佐伯さんを放り込んだのだという。


 それが原因で、佐伯さんは男性恐怖症になり、一番ひどいときは、父親や兄弟まで遠ざけていたらしい。そんなとき、佐伯さんを支えたのが、来栖さんと鍋島さんだったという。


 でも、佐伯さんの男性恐怖症は、次第に男への異常な憎悪となって、気に入らない男を、俺のときと同じ手口で誘い出して、警察や教師にたれ込むという、痛々しくて、哀しくて、なんの意味もない復讐を繰り返していたらしい。


 最近は、来栖さんや鍋島さんが常に近くにいたから、そんな事態は起こっていなかったのだけど、高校に入ってから、来栖さんと鍋島さんが俺や武と付き合いだして疎遠になったことで、またその復讐の炎が灯ったというわけだ。


 聞くだけで胸糞が悪くなる話。俺も、武も、二人の話を、涙しながら聞いた。佐伯さんには、そんな壮絶な過去があったのか。でも、今回、佐伯さんが俺を陥れようとした理由は、それだけじゃないんだ。


「来栖さん、鍋島さん。俺、昨日、聞いちゃったんだ。佐伯さん、来栖さんのことを、『オレの桃花』って呼んでた。それって、佐伯さんが、来栖さんのことを、『好き』ってことだよね?」


 もちろん、ここで言う『好き』は、友達同士という意味ではない。佐伯さんは、来栖さん、そして、多分、鍋島さんのことを、恋愛対象として見ているということだ。


 俺の言葉に、来栖さんも、鍋島さんも、黙って首を縦に振った。つまり、佐伯さんにとって、俺と武は、恋人を奪っていった略奪者だったわけだ。佐伯さんが俺や武を恨んでいても不思議じゃない。


「しっかし、佐伯さんがレズってのは予想外だったな。もちろん、それが悪いとは言わんが、なかなか難しい話だよな……」


 武の言う通り、これは俺達が考えている以上にデリケートな話だ。しかし、それと俺が冤罪を着せられていることは関係ない。今は、その問題は置いておいて、佐伯さんの暴走を止めるのが先だ!


 俺がこれからどうしようかと考えていたら、大声と共に、教室のドアが勢いよく開いた。そこには、俺の希望が、黒髪を振り乱しながら立っていた。


「海人! 海人はいるなっ! 遅くなった、ようやく準備が整ったぞっ! おっ! 武! 来栖! 鍋島! 全員揃っているとはちょうどいい、お前ら全員ついてこいっ! これから海人と佐伯を、『越前えちぜん先輩』のところに連れていくっ!」


 そうか、沙羅姉の考えっていうのは、越前先輩のことだったのか! 確かに、越前先輩ならこの状況をなんとか出来るかもしれない!


 この学校の風紀委員長、人呼んで、『聖泉高校の大岡越前』。俺はその希望を胸に、沙羅姉のあとをついていく。そして、沙羅姉を先頭に、俺をさげすんだ目で見る群衆を掻き分けて、俺達は風紀委員の詰所になっている教室の前までやってきた。

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