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幻聴だよな?

 俺と佐伯さんは、守衛さんに連れられて、一旦守衛室まで行くことになった。その間、佐伯さんはさっきまでの荒々しさとは真逆の、女々しさ全開で、嗚咽を吐きながら泣きじゃくっている。


 俺はというと、いきなりの佐伯さんの行動に、どうしたものかと思案していた。まさか、佐伯さんが色仕掛けで俺を陥れようとするなんて。こんなことになるとは、夢にも思わなかった。


 守衛室に着いたあとも、佐伯さんは、『こいつに無理矢理犯されそうになった』『オレは忘れ物を取りに来ただけ』といった、嘘八百の言い分を守衛さんに泣きながら話している。


 こんな嘘がまかり通るなんて、たまったものじゃない! 俺も佐伯さんの言葉が切れたタイミングで、自分の言い分を守衛さんに話した。でも、あまりに佐伯さんの演技が迫真なもんだから、守衛さんは佐伯さんの話の方ばかりにうなずいている。


 そんなやりとりが三十分ほど続き、結局のところは、守衛さんに、『私から学校の方には報告しておくから、今日のところは二人とも帰りなさい』と言われ、俺は一人で、佐伯さんは守衛さんの護衛付きで、それぞれ別の出口から学校を出た。


 マズイな、今の守衛さんの態度といい、守衛さんが佐伯さんにわざわざついていったことといい、そして、佐伯さんが可愛い女子で、俺が普通の男子だということといい、俺に悪い条件が揃いすぎている。守衛さんも、恐らく佐伯さんの肩を持つような言い方で学校に報告するだろう。


 俺は、この状況を何とかしないといけないと思いながら、重い足取りで自宅へと帰っていく。ああ、そういえば、沙羅姉にはなにも連絡していなかった。俺の帰りがこんなに遅くなって、沙羅姉は心配しているだろうな。


 …………


「ただいま、沙羅姉。今、帰ったよ」


 俺が玄関で力無くそう言うと、キッチンから沙羅姉がバタバタと飛び出してきた。その顔は、怒っているようでもあり、心配そうでもあり、なんだか複雑な顔をしていた。


「帰ったかっ、海人! 電話にも出ないでどうしたんだ! 私は海人の身に何かあったんじゃないかと心配でたまらなかったんだぞ、まったく!」


 俺はそんな沙羅姉を見て安心してしまったのか、靴も脱がずにその場に崩れ落ちた。沙羅姉は、玄関まで降りてきて、俺を抱えるようにして支える。


「ど、どうした、海人! なにがあったっ! なにか、こんなに憔悴しょうすいするようなことがあったのだな!? 話してくれっ、海人っ!」 


「あ、ああ、解ったよ、沙羅姉。でも、ここじゃあなんだから、一旦、キッチンまで行ってからにしよう。大丈夫、もう立てるからさ」


 俺は、沙羅姉に支えられたままヨロヨロと立ち上がり、ゆっくりとキッチンへと歩いていく。沙羅姉は、俺の後ろに立って、俺がまた倒れないように並んで歩く。さあ、沙羅姉にはどう説明しようかな。


 …………


「……というわけなんだ。今の話のなかで、なにか聞きたいこととかあるかな? 沙羅姉」


 俺は、テーブルに座って、沙羅姉が淹れてくれた緑茶を飲みながら、沙羅姉に今日起きた出来事の顛末を話した。俺が佐伯さんに呼び出されたこと、佐伯さんから色仕掛けで迫られたこと、そして、佐伯さんが俺に襲われたと嘘をついたこと、すべて、本当のことをぼかさずに話した。


 沙羅姉は、時折相槌を打ちながら、俺の必死の説明を、最後までなにも聞かずに、黙って聞いてくれた。そして、説明を俺からの確認に、沙羅姉は緑茶を一口飲んでから、口を開いた。


「いや、それは災難だったな、海人。それにしても、佐伯が海人に色仕掛けとは、あいつも馬鹿なことをしたものだなっ! ハッハッハッ」


「いや、笑いごとじゃないよ。っていうか、俺の話を聞いて、俺が嘘をついてるとか思わないのか? 沙羅姉」


 念のため、俺が沙羅姉にそう言うと、沙羅姉は笑顔のままで、俺の質問にサラリと答えた。


「なんだ、疑ってほしいのか? 海人。私は、海人が私にこんな悪質な嘘をつくとは全く思わんし、よしんば嘘だったとしても、私は最後までお前の味方だ。まぁ、最終的に擁護しきれなくなれば話は別だがな」


「さ、沙羅姉っ……!」


 俺は、沙羅姉にそこまで信頼されているという事実に、改めて感動していた。でも、このあと沙羅姉が言った言葉に、その感動は若干薄れてしまう。


「それに、来栖とのセックスをすっ飛ばして、あの空手部と陸上部のホープである佐伯を犯す根性と実力が、海人にあるとは到底思えんっ! だから、全面的に海人の言ってることは本当だと確信しているよっ! ハッハッハッ!」


「そんな、いや、まぁ、実際そうなんだろうけどさ……」


 俺が沙羅姉のあっけらかんとした物言いに頭を抱えていると、沙羅姉は俺に興味深そうに質問をしてきた。


「それにしても、よく佐伯からの色仕掛けに耐えたものだな、海人。こうして私と暮らしているうちに、女に対する免疫がある程度はついてきたとはいえ、あの佐伯の豊満な体を自由にできるという誘惑を断ち切ることは、そう容易ではあるまい。海人、お前はどうやって佐伯からの誘惑を退けたのだ?」


 沙羅姉からのちょっと不謹慎な質問に、俺はちょっと恥ずかしさを感じながら、正直に答えた。


「えっとさ、佐伯さんにズボンのジッパーをおろされそうになったとき、なぜか、沙羅姉の声が聞こえたような気がしたんだ。『そんなことで、年頃の女子の彼氏が務まるかっ!』ってさ。変だよな。こんなのって」


 そんな俺からの話を聞いた沙羅姉は、一瞬キョトンとしたあと、腹を抱えて大声で笑い出した。


「ダッハッハッハッ! そうかっ! それはまた不思議な話だな、海人っ! いや~ まさか幻聴で佐伯からの誘惑を退けるとは、本当に、海人は面白い奴だっ! ハッハッハッ……!」


 いや、幻聴というにはあまりにハッキリしていた気がするけど、まさか、そんなことはないよな。俺は、念のため、本当に、念のため、沙羅姉に聞いてみた。


「沙羅姉、まさか、俺と佐伯さんが一緒にいたとき、沙羅姉が教室の外にいたってことはないよな?」

 

 俺のくだらない質問に、沙羅姉は俺の目をしっかりと見て、薄く微笑みながら答える。


「そんなこと、あるわけないじゃないか。もし私がその場にいたなら、無理矢理鍵をこじ開けて佐伯を半殺しにしていたよ。お前は、私がそれくらいはやる女だということを知っているだろう?」


 いや、ちょっとそれはやり過ぎな気もするけど、確かに沙羅姉ならそれに準ずることはしそうだ。それじゃあ、やっぱりあのときの沙羅姉の声は、俺の幻聴だったんだよな!


 俺が自分に言い聞かせていると、沙羅姉はさっきまでの明るい態度から一転して、真剣に俺の方を見ながら言った。


「さて、それはいいとして、まだ問題はある。一つめは、『どうやって学校のみんなの誤解を解くか』、二つめは、『なぜ、佐伯はこんなお粗末な作戦で、こんな馬鹿げたことをしたのか』ということだな」


 そうだ。確かに、まだその二つの問題が残っている。多分、守衛さんからの報告は、俺に悪い方向にしか働かないだろうし、佐伯さん本人も、みんなに俺が佐伯さんを襲ったと嘘を触れて回るだろう。


 でも、俺はそれより、なんで佐伯さんがこんなことをしたかのほうが気になるけど、今日の佐伯さんの話を聞いたら、それはもう解ってしまったようなものなんだよな。


「沙羅姉。佐伯さんがこんなことをした理由についてだけど、俺、今日、佐伯さんの本心を聞いちゃったんだ。だから、それはなんとかなるから、今はみんなの誤解を解く方法について考えよう」


「そうか、それなら佐伯のことは海人に任せようか。では、みんなの誤解を解く方法だが、これは私が何とかしよう、考えがある。だが……」


 沙羅姉は、少しためらうように、表情を暗くする。俺はそんな沙羅姉の様子が気になって、沙羅に聞いてみた。


「どうしたのさ、沙羅姉。そんな顔して、なにか、その『考え』っていうのが、難しいことだったりするのか?」


「いや、その考えというのは()()()()()()()()のだが、問題は佐伯がどう出るかということなのだ。だが、私が絶対にお前に対する誤解は解消してやる! それだけは約束するよ」


 なんだろう、口では自信満々に言ってるけど、なんだか、沙羅姉は少し不安そうだ。沙羅姉、なにをする気なんだろう。でも、今の俺は沙羅姉に頼ることしか出来ないんだ。俺は、佐伯さんがなんでこんなことをしたのか話してもらうことの方に集中しよう。

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