不退転の決意
生徒会長は、紅茶をソーサーの上に置き、両手を指を絡ませて、その手をアゴに持ってくる。そして、まだ涙が引かない私と、なにを考えているかよく解らない顔のままの葵を一瞥してから、生徒会長は私達に向けて話し始めた。
「私が、この話を二人にした理由はな、私の決意をこれからも見届けて欲しかったからなんだ。そうだな、まず、私が海人と同居をするに至った経緯について語ろうか」
そう言って、生徒会長は東雲先輩と同居を始め理由について話した。簡単に言えば、『東雲先輩の身の回りのお世話と、生活リズムの改善のため』という話だったけど、私には言い訳にしか聞こえなかった。
「生徒会長っ! そんな話がありますかっ! ひとつ屋根の下で男女が一緒に生活するってことが、どういうことが解っているんですかっ!? えっと、そのっ、何て言うか……」
私はつい、男女のアレについて考えてしまって口ごもってしまう。でも、生徒会長はそんはこと気にせずに、ズバッと言ってのけた。
「ああ、若い男女にはセックスが付き物だ。鍋島は、そういう話をしたいのだろう? 確かに、私も女で、海人も男だ。そう言った間違いが起こる可能性もゼロとは言わん。しかし、海人は私からの誘惑を跳ね退けて見せた。だから、現時点ではそのようなことは起きないと考えている」
あまりに堂々とした生徒会長の物言いに、私は感覚が麻痺して、つい、生徒会長に詳しく聞いてしまった。
「ゆ、誘惑って、生徒会長、東雲先輩になにをしたんですかっ?」
そんな私からの質問に、これもまた、生徒会長は堂々として、ハッキリと、一切ごまかさずに答える。
「なに、『私のこと、抱いてもいいんだぞ?』と食後に言ってやった後に、風呂上がりにちょっと裸で迫ってやったのさ。『私のこと、見てくれないのか?』とな。これほど解りやすい誘惑もあるまいて」
あまりに単純で、常軌を逸したその生徒会長の言葉からは、冗談や嘘といった類いの気配は全く感じられなかった。生徒会長はそのまま、少し笑いながら話を続ける。
「そうしたら、海人の奴、なんと言ったと思う? 目をこちらに向けないまま、あろうことか、『沙羅姉の裸を見たら、来栖さんに申し訳がたたないじゃないか』だと! まったく、この私の裸を前に、そんなことを言う男が居ようとはな。内心、ちょっとだけショックだったよ」
確かに、生徒会長はとても綺麗だ。男なら、いや、女でも、一度は裸を見てみたいと思ったっておかしくない。それでも、東雲先輩は、桃花のために、それを蹴ってみせたというのか。
「そ、その話、本当、なんですか?」
私がたどたどしく生徒会長に質問すると、生徒会長はまたちょっと笑いながら、私に言った。
「そうだともっ! 鍋島も信じられんだろ!? この私をもってして落とせない男っ! それが海人なのだっ! これほど無害な男はそうはおるまいっ!」
この生徒会長の自分に対する自信は、ちょっと自惚れがすぎる気もするけど、それだけの美貌と肢体を持っているのもまた事実だ。
「それにな、鍋島、佐伯。私にはもうひとつ決めていることがあるんだ」
生徒会長の表情が、また真剣なものへと変わる。そのあまりに真面目な表情に、私の気持ちは凍り付き、つい、改めて背筋を伸ばしてしまった。
「もちろん、今後、海人が私と暮らすうちに、私が居ることに慣れてしまい、性的な欲求をぶつけてきたりするかもしれん。それに、確率は限りなく低いが、他に言い寄ってくる女子に海人がなびくこともあるやもしれん。鍋島はそういったことも心配しているのだろう? だからな、もしそうなったとしたらな……」
生徒会長は、再び冷めた紅茶に口をつけて、私と葵を一瞥してから、今日一番の真剣な表情で、言った。
「腹を、切ろうと思うんだ」
その言葉からは、並々ならない迫力を感じて、私は思わず唾を飲み込んでしまう。そして、私は生徒会長に言った。
「そんなっ、腹を切るだなんて、あの、アハハッ、じ、冗談、ですよ、ねっ?」
そんな私からの質問に、生徒会長は表情を崩さずに答える。
「私はな、冗談や嘘といった類いの言葉は滅多なことでは使わないんだよ。鍋島、お前には、今、私が言ったことが冗談に聞こえたか?」
いや、むしろ、冗談であって欲しかったけど、生徒会長からは、まったくそんなことを言っている気配は感じられなかった。生徒会長は、もし東雲先輩と桃花の恋が成就しなかったら、間違いなく、腹を切るつもりだ。
「すまん、私は考えが古い人間でな。これくらいしか、来栖やお前達、そして海人に詫びる方法が思い付かんのだ。そこで、お前達にこの私の発言の言質をとってもらうために、今日は二人を招待したのだ。許せよ、鍋島、佐伯」
そう言いながら、生徒会長は私達に向けて、まったく毒気のない顔で、ニコッと笑った。私にはもう、これ以上、生徒会長を悪く言うことは出来なかった。
「あのっ、生徒会長っ。こちらこそ、酷いことを言ってしまって、ゴメンなさいっ。生徒会長がそこまで考えていたなんて、私、まったく思ってなくって……」
「いや、むしろ、鍋島の感覚の方が世間一般的には大いに正しい。おかしいのは私のこの生き方だ。だから、なにも気にすることはない。これからも、善き友人として、よろしくな、鍋島」
そう言って、生徒会長は私の肩を叩きながらもう一度ニコッと笑った。そして、その表情をまた真剣なものに変えながら、生徒会長は葵の方を向く。
「ところで佐伯、お前は、私の話に納得していないようだが、まだ何か気になることがあるのか? ここはひとつ、納得いくまで話そうじゃないか」
その生徒会長の声で、私が葵の方を見ると、さっきまでのなにを考えているかよく解らない顔から、ブスッとした憮然顔になっていた。
「いや、オレ、あんまり難しい話は解らないんだけどよ。ひとつ気になることがあるっていうかさ。っていうか、初めっから不思議だと思っててさ~」
「構わん、話してみろ、佐伯」
生徒会長から促された葵は、不思議そうに生徒会長に言った。
「六条先輩は、なんでそこまで東雲先輩のことを気にかけるんだ? 幼馴染だからって、いくらなんでもやりすぎだろ。なにが六条先輩にそうさせるんだ?」
葵からの質問に、生徒会長は真っ直ぐな笑みを浮かべながら、胸を張って、堂々と答えた。
「もちろん、私は海人のことが大好きだからだっ! それ以外に理由などないっ!」
生徒会長からのあまりにストレートな答えに、葵は頭を掻きながら更に質問をする。
「いやっ! それならなんで東雲先輩と付き合おうとせずに、桃花の応援をしようなんて考えたんだっ! オレには全然解らねぇっ!」
両手で頭を抱えながらのけぞる葵を見て、生徒会長は口を人差し指で押さえて笑っている。
「ああ、そのことかっ! すまん! てっきり、来栖から聞いているものだと思っていたよっ! いいだろう、お前達にも話しておこう、いや、話させてくれっ!」
そして、生徒会長は私達に生徒会長が桃花のことを応援してくれる理由を話してくれた。聞いてみたら何てことはない、ただ六条先輩が東雲先輩に告白できなかっただけという話だった。
「……というわけなんだ。二人とも、笑ってくれてもいいぞっ! それだけ私が間抜けだったのだからなっ! ハッハッハッ……!」
笑えない、笑えないよ。そんな気持ちで二人を応援しているなんて、私には、絶対に出来ないよ。そう考えたら、そんなに大事にされている桃花が、少し羨ましくなってきた。
「あのっ! 生徒会長、いやっ、六条先輩っ! 桃花のこと、よろしくお願いしますっ! 私達に協力出来ることがあったら、なんでもしますからっ! ねっ! 葵っ!」
私はそう言って、葵の方を見る。すると、私の背中がまたゾクッとした。でも、その寒気はすぐに散り、目の前には笑顔の葵がいた。
「もちろんだっ! オレだって全面的に協力するよ! でも、もし桃花を泣かすようなことがあったら、東雲先輩も六条先輩もブッ殺しに行くからなっ!」
葵からの答えに、六条先輩は私に向けたのと同じ笑顔を向けながら答えた。
「ああっ! そうなったら、是非、私と海人を殺してくれて構わんっ! まぁ、私がそれはさせんがなっ! ハッハッハッ……」
こうして、私と葵、そして六条先輩とのお茶会の時間は過ぎていった。そして、私達二人は生徒会室から出て、二人一緒に下校した。
私と葵はいつもの三叉路で別れて、私一人になる。そこで、私に恐怖が沸き上がってきた。さっきの葵の言ったこと、長い付き合いだから、私には解る。あのときの葵は、口では笑っていたけど、目は笑っていなかった。あのとき、葵が言ったことは、多分、本気だった。
…………
ソンナ、ナンデダ。ソレナラ、ロクジョウセンパイト、シノノメセンパイガ、ツキアッテイタラ、ヨカッタジャナイカ。ソシタラ、トウカハ、ダレトモツキアワズニ、イママデノママデイラレタノニ。
オレノトウカ、オレノツバキ、ナンデダ、ナンデダ、ナンデオレノモトカラハナレテイクンダ。ユルセナイ、ロクジョウ、シノノメ、カミヤマ。オレハ、ゼッタイニ、オマエラヲ、ユルサナイ。





