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取り残された佐伯

 六条先輩に呼び出された次の日、わたしと椿ちゃん、そして葵ちゃんは、雲ひとつない空の下、屋上でお弁当を一緒に食べる。晴れた日はいつも、屋上のベンチに座って、並んでお弁当を食べるのがわたし達の楽しみだ。


 それにしても、わたし、東雲先輩と、手を繋いじゃったんだな。ちょっと恥ずかしかったけど、すごく嬉しかった。男の人の手をあんなに長く握ったのって、多分、今日が初めて。東雲先輩の手、大きかったなあ。


「と~う~かっ! なにボーッとしてるのさっ! ほ~ら、箸から玉子焼が落っこちそうだよっ!」


「えっ? あ、わわっ!」


 椿ちゃんから言われて、わたしはハッとした。わたしの目の前で今にも落ちそうな玉子焼。わたしは咄嗟に箸を持つ手に力を入れた。


「ふう、危ない危ないっ。ありがとう、椿ちゃん。もう少しで玉子焼がダメになるところだったよ~」


「全く、桃花ってば、昨日からちょっとぼんやりし過ぎじゃねぇか? ま、東雲先輩との件で舞い上がっちまうのは解らなくもねぇけどよ」


 椿ちゃんも葵ちゃんも、なんでわたしが東雲先輩のこと考えてるのが解るんだろう。わたし、そんなに解りやすいのかな。でも、いいんだっ! わたし、今、すっごく幸せだからっ!


「えへへっ、ゴメンね、椿ちゃん、葵ちゃん。わたし、ホントに今日、東雲先輩と手を繋げたのが嬉しくって!」


 そんなわたしの様子に、葵ちゃんが紙パックのジュースの空を握りつぶしながら、ちょっと大袈裟にぐちる。


「あ~あっ! デレデレしちまってっ! 彼氏が出来たら早速こんなのろけ話かよっ! 彼氏持ちの言うことは違うなあ~ なっ! 椿っ!」


「ひゃっ!」


 葵ちゃんに話を振られた椿ちゃんは、ビクッと体を震わせた。その衝撃で、椿ちゃんの手からサンドイッチがポロリと落ちて、葵ちゃんの膝にベチャリと中身のツナが広がった。


「なんだあ? 椿、そんなに慌ててよ。あ~あ、スカートが汚れちまったじゃねぇかっ!」


「ゴ、ゴメンっ、葵っ! そうだ、早く拭かないと染みになっちゃう。ティッシュティッシュ……!」


 なんだか、椿ちゃんの様子がおかしい。いつもはもっと落ち着いているのに、さっきの葵ちゃんからの言葉を聞いてから、急に落ち着きがなくなってしまった。


 椿ちゃんは、ポケットからティッシュを取り出そうとしているけど、その慌てた様子はいつものクールな椿ちゃんとはずいぶん違うものだった。そんな椿ちゃんの様子に、わたしと葵ちゃんはただポカンとすることしか出来なかった。


「あっ、あったあった! お待たせ、葵っ! 本当に、スカート汚しちゃってゴメンねっ!」


 葵ちゃんのスカートを、ティッシュで拭きながら謝る椿ちゃんに、葵ちゃんがちょっといぶかしげに言った。


「どうしたんだ、椿。いつものお前らしくねぇじゃねえか。こんなもん、どうってことねぇのに。ちょっと変だぜ? 今の椿は」


 確かに、今の椿ちゃんはちょっとおかしい。わたしも椿ちゃんに恐る恐る聞いてみた。


「椿ちゃん、わたし、なにか椿ちゃんに悪いことしちゃったかなっ? それとも、なにかビックリするようなことがあったのかなっ?」


「いやっ! そんなこと、ないんだけど、さっ……」


 わたしと葵ちゃんからの追求に、椿ちゃんはなんだか申し訳なさそうな、思い詰めた顔をする。こんな顔をする椿ちゃんは見たことがない。そして、椿ちゃんはしばらく黙ってしまった。


「なんだ、本当にどうしちまったんだよっ! 椿っ! なんか言いたいことがあるならハッキリ言えよっ!」


「そうだよ、椿ちゃんっ! わたし達、友達だよね? なにか聞いてあげられることがあるなら、話してくれると嬉しいな」


 わたしと葵ちゃんからの更なる追求に、椿ちゃんは、さっきまでの思い詰めた顔から、少しスッキリした顔になり、軽くため息をついてから、その口を開いた。


「あ~あっ! やっぱり二人には隠せないなっ。ゴメンね、桃花、葵。椿ちゃん、二人に言ってなかったことがあるんだっ! 聞いてくれるかな?」


 わたしと葵ちゃんは、そんな椿ちゃんからの問いに、首を縦に振りながら答える。


「なんだなんだ、そんなに改まっちまってよ。ま、取り敢えず聞こうじゃねぇか」


「うんっ! 聞かせて聞かせてっ! 椿ちゃんっ!」


 そして、椿ちゃんは、わたしと葵ちゃんの顔をチラッと見たあと、空を見上げながら、言った。


「あのね、私、彼氏が出来たんだ。ううん、『出来てた』が正しいかな。いつかは話そうと思ってたんだけど、桃花に彼氏が出来たって聞いて、口では桃花に偉そうなこと言っちゃったから、言わなきゃなって思ってさ。本当に、ゴメンね、二人とも」


 そう言った椿ちゃんの顔は、なんだか憑き物が落ちたみたいにスッキリとしていた。でも、わたしは椿ちゃんを責める気なんて更々ない。むしろ、とっても嬉しいっ!


「そんなっ! 謝ることなんか全然ないっ! おめでとうっ! 椿ちゃんっ!」


 わたしは、自分に出来る精一杯のお祝いの気持ちを込めて、椿ちゃんの手を握る。そんなわたしに、椿ちゃんは、目にうっすら涙を浮かべながら答えてくれた。


「あ、ありがとうっ、桃花っ! ゴメンね、今日まで黙っててっ! でも、桃花に彼氏が出来たって聞いて、私も早く言わなきゃって思って、私っ……!」


 いつもクールな椿ちゃんが泣いている。昨日からよっぽど思い詰めてたんだね。でも、ちゃんと話してくれたから、わたしは嬉しいっ!


「本当におめでとうっ! 椿ちゃんに彼氏が出来て、本当によかったねっ、葵ちゃんっ!」


 もちろん、葵ちゃんだって、椿ちゃんに彼氏が出来たことを喜んでくれているはず。わたしは葵ちゃんの方を見る。でも、葵ちゃんの様子に、わたしはちょっと変な感じがした。


「お、おう。そりゃもちろん、めでたいこったな。ああ」


 葵ちゃんは、なんだかちょっと意外そうな顔をしながら、一瞬、椿ちゃんとわたしから目をそらす。でも、すぐに葵ちゃんの顔も明るくなって、葵ちゃんは椿ちゃんの肩を肘でつつき始めた。


「それにしても、水くさいじゃねぇかっ! 桃花はちゃ~んとすぐに教えてくれたのによっ! あっ! さては、オレだけ彼氏持ちじゃなくなったから、気を遣ってくれたのかあ?」


 葵ちゃんからの質問に、椿ちゃんは少し申し訳なさそうに答えた。


「うん、正直、それも考えたよ。でも、葵なら私に彼氏が出来たこと、喜んでくれるって信じてたからっ!」


「ああっ! 当然じゃねぇか! それに、オレ、あんまり彼氏作りたいって思わねぇし! そりゃ無用な心配ってやつだぜっ!」


「それでも、今日まで黙ってて、ゴメンっ! 葵っ!」


「あ~あ~ 泣くな泣くな、椿。それより、椿のハートを射止めたラッキーボーイが誰なのか、オレ達に聞かせろよっ!」


 そして、椿ちゃんはわたしたちに、椿ちゃんの彼氏がサッカー部の神山先輩だということと、椿ちゃんから神山先輩に告白したことを聞いた。自分に彼氏が出来たことを、嬉しいそうに話す椿ちゃん。本当に、おめでとう、椿ちゃん。


「さて、こうして二人に彼氏が出来たわけだが、オレから二人に聞きたいことがあるっ! これは余り物として当然の権利だから、『答えられません』ってのは通用しないからなっ!」


 椿ちゃんの話が終わったあと、葵ちゃんがわたしと椿ちゃんを捕まえて顔を寄せてくる。葵ちゃん、なにを聞く気かなあ。


「ずばり、二人とも、彼氏とはどこまで行ったんだ? Aか? Bか? それともCかあ!?」


 葵ちゃん、なにを聞いてるんだろう? ABC? わたしは葵ちゃんに聞いてみた。


「葵ちゃん、な~に? その、『ABC』って!」


 そんなわたしの反応に、葵ちゃんは頭を抱えながら答える。


「いや、やっぱり桃花はいいや。まだ付き合い始めてから全然経ってないんだし。それより、椿はどうなんだよっ!」


「ね~え! なんなのっ! 『ABC』ってっ! 教えてよお~ 葵ちゃあ~んっ!」


 葵ちゃんは、わたしからの質問をスルーして、椿ちゃんに詰めよった。すると、椿ちゃんは顔を真っ赤にしながら、脚を閉じてモジモジとし始めた。どうしたんだろう? 椿ちゃん。


 そして、椿ちゃんは、聞き取れるか聞き取れないかギリギリの、小さな、小さな声で答えた。


「じ、実は…… 『C』、まで、ですっ。アハハッ……」


「ぬ、ぬあにいっ!? マジかっ! 椿っ! や、野郎っ! 椿の純潔をなんだと思っていやがるっ! チクショウっ! なんてこったっ!」


 椿ちゃんからの答えに、葵ちゃんがなんだか怒ってるみたいだった。葵ちゃん、なにをそんなに怒ってるんだろう? わたしは鼻で息をしている葵ちゃんに聞いてみた。


「葵ちゃん、どうしてそんなに怒ってるの? なんなのっ、『C』までってっ!」


 わたしからの質問に、葵ちゃんはげんなりしながらも、まだちょっと怒りながら答えてくれた。


「簡単に言うとだな、椿とその神山先輩とやらがエッチしたってことだよっ! クソッ!」


「エ、エッチって、その、あの、エッチ、ええっ!?」 


 わたしは葵ちゃんからの答えにビックリしてしまった。そんなわたし達に、椿ちゃんは顔を真っ赤にしながら小声で言った。


「二人とも、声が大きいよっ…… 誰かに聞かれたらどうするのさっ……」


 こうして、わたし達の昼休みの時間は過ぎていった。話に夢中で、わたしのお弁当は半分くらいしか減っていなかった。授業中にお腹が鳴らないといいけどなっ。


 それにしても、椿ちゃん、もうエッチしちゃったんだ。まだわたし達、学生なのに。でも、わたしはそんなことよりも、椿ちゃんがもう大人の仲間入りをしていたことに、素直に、『スゴいなあ』と思った。


 そして、わたしもいつかは東雲先輩とエッチするのかな、なんて考えてしまった。そんな、まだ手を握っただけなのに。キスだって、まだなのに。でも、恋人同士って、そういうものだよね。


 いきなりエッチしたいなんて言ったら、東雲先輩に嫌われちゃうだろうし、わたしもまだ心の準備が出来てないし、まずは、東雲先輩とキスをするのを次の目標にしようっと! わたしのファーストキス、東雲先輩にもらって欲しいなっ!

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