この扱いの違いについては、一言申したい
その日の放課後、ホームルームが終わったタイミングで教壇の前に武が躍り出る。俺を除いて、みんな何事かと武の方に注目する。そして、武は何回か咳払いをして、みんなに向かって話し始めた。
「お~い、みんな、急ぎの用事や部活がない奴以外は、ちょっと俺の話を聞いていかないか? 多分、お前らこんな話、大好きだと思うから、損はさせないぜっ!」
確かに、昨日もクラスメイトの大半が、俺の告白の成否を聞くためだけに残っていたくらいだからな。よくも悪くもこのクラスの奴らは野次馬根性が盛んな奴らばかりなのは間違いないだろう。
「おっ! どうした、神山っ! なかなかどうして、気になる言い方するじゃないか、いいだろう、聞かせろよっ!」
「なんだなんだ? 今日も何かのイベントか? 面白そうだ、みんな、神山を囲め囲めっ!」
こうして、昨日の俺と似たような感じで神山がみんなに囲まれる。いや、正しくは、神山は俺のときのなんだか含みを感じる視線じゃなくて、期待と羨望の眼差しを浴びている。
まぁ、神山はクラスの人気者だからしょうがない気もするけど、何か釈然としないものがあるよな。そんな俺は神山を囲むクラスメイトから少し離れて、大局をうかがう。
「よ~し、みんな集まったな? それではっ! 私事ではありますが、俺からみんなに、とある報告をしたいと思いますっ! 実はな……」
神山はそう言って、みんなの視線を自分の方に集める。さて、神山のあの話を聞いて、クラスメイトはどんな反応をするやら。神山はニヤリと笑いながら勿体ぶっている。そんな神山に、クラスメイトのテンションが高まっていく。
「お~ なんだなんだ! 焦らさずに聞かせろよ~ 神山~」
「神山君、早く聞かせてよお!」
そして、ついに、神山の口からあの事実が伝えられる。
「この度っ! 私、神山 武にっ!彼女がっ! 出来ましたあ~っ!」
いやいや、冷静に考えたら、こんな大仰に言うことでもない気もするんだけどな。さて、クラスメイトの反応はいかに。神山の宣言に、クラスの空気がシンとする。
そして、誰からと言うでもなく、一人、また一人と、神山に彼女が出来たことへの祝福の拍手をし始めた。この時点で、俺はクラスメイトからの扱いの差に、少し不満を覚えていた。
「マジかっ! 神山! おめでとうっ! っていうか、お前彼女いなかったのかよっ! 勿体ないことしやがってっ!」
「え~ 私、神山君のこと好きだったのに~ でも、神山君が幸せならそれが一番私も幸せっ! おめでとう、神山君っ!」
神山に浴びせられる祝福の雨あられ。神山はみんなからの声にうんうんと頷きながら、握手を交わしたり、肩を組んだりしている。ああ、俺は一体なにを見せられているんだ。
そして、神山を囲む群衆から、一人の男が躍り出る。もちろん、赤西だ。赤西はこのての話が大好きでもあり、縁遠くもある悲しい生き物だからな。致し方なし。
「さて、神山。こんなに大々的に発表するってことは、質問責めにされる覚悟はあってのことだろうなっ?」
「応っ! もちろんだとも。みんな、なんでも聞いてくれよ。まぁ、答えられないことも有りはするが、どんどん来いっ!」
神山の奴、そんなこと言って大丈夫か? 誰かが例のアレに聞いてきたらどうするつもりだよ、全く。そんななか、赤西が真っ先に神山に質問をする。というか、尋問をする。
「まずは、これを聞かんと始まらない。神山、その彼女とやらは一体誰なのかね、う~ん?」
そんな芝居がかった赤西からの質問に、神山はズバッと答えた。
「一年C組の鍋島 椿ちゃんですっ!」
その神山の答えを聞いたクラスメイトから、驚きの声が上がる。この時点で俺のときとの違いにますます不満を覚えた。そして、矢継ぎ早に赤西は質問を飛ばす。もう、この形式で進みそうだな。
「神山っ! その、告白はどっちからしたんだ?」
「一応、椿ちゃんの方からだな! 二週間前くらいに呼び出されてさ。いや~ そのときはビックリしたよ」
「それで、お前は何で告白を受けたんだ? お前なら引く手あまただろうにっ!」
「いや、実は俺さ、面と向かって告白されるのは初めてだったりするんだよ。ラブレターとかでなら何度もあるんだけど。こうして真剣に告白されたのが嬉しくって、な」
神山が赤西の質問に答える度に、クラスメイトは驚きの声を上げる。そこにあるのは祝福の気持ちと、感心と、わずかな後悔の声。邪な恨み辛みは一切なかった。
「それじゃあ、最後に聞こうっ! 神山っ!」
赤西の声に妙に力が入る。俺はちょっと嫌な予感もしたんだけど、結果的には取り越し苦労だったようだった。
「その、キ、キスはもう済ませたのか?」
「ああ。つい最近だけどな。いやっ、恋人とのキスってのはいいもんだぜ? 赤西も早く彼女作ったらどうだ?」
いや、神山。赤西は彼女を作らないんじゃない、作れないんだ。まぁ、神山には悪気はないんだろうな、多分。神山からそう言われた赤西は、もう形無しだった。
「あ~ それでは、神山氏への質問は以上とさせていただきます。皆さま、他になにかございますでしょうか?」
力ない赤西からの問いに、クラスメイトは口々に答える。
「ありませ~ん」
「ないで~す」
「おめでとーうっ! 神山くーん!」
そして、ある一人が言い放った一言によって、俺の不満は最高潮に達した。
「いや~ それにしても、お花ちゃん達のうち二人に彼氏が出来たわけか~ 東雲はともかくとして、神山なら安心してお花ちゃんのことを任せられるよなっ!」
その一言には、さすがに我慢できずに、俺は叫んだ。
「ちょっと待てーっ! お前らっ! これはどういうことだっ! なんで俺にはあんな仕打ちをしておいて、神山にはみんな何も言わずに普通に祝っているんだよっ! 不公平だっ! 断固抗議するっ!」
そんな俺の渾身の訴えに、神山を祝福しているみんなが一斉にこっちを向く。その視線は冷ややかで、なんとも言えない圧があった。そして、そんなクラスメイトを代表して、赤西が俺の訴えに呆れながら答える。
「おいおい、なにを言い出すかと思ったら。お前と神山じゃ男としてのランクが違うだろうがっ! それに、お前の場合はあの麗しの六条様からのアタックを無下にしたという罪があるっ! それを棚に上げてなにをのたまっているんだよっ! 東雲っ!」
そんな赤西の言い分に、クラスメイトは一斉に首を縦に振る。まぁ、前者はともかくとして、後者についてはぐうの音もでない。俺は赤西に反論できる材料を持ち合わせていなかった。
「グギギギ……」
「さて、神山。発表とやらはそれだけか? それなら、今日はもう解散でいいかな? 皆の衆」
赤西からの問いに、満場一致で、『異議なし』の声が上がった。そして、クラスメイトはみんな散り散りになり、教室には俺と武だけが残された。
「そんなっ……! この扱いの違いはあんまりだっ……! チクショウ、みんなにあのことをぶちまけるべきだったかっ……!」
地面に突っ伏しながら落ち込む俺に、武が俺にしか向けない笑顔を浮かべながら、手を差しのべる。
「まぁ、そう言うなよ、海人。クラスのみんなだって、お前が来栖さんを幸せにしてやれば見直すさ。それに、お前はそんなことする奴じゃないってのは、俺はよく知ってるからな」
「……ああ、そうだな。悪い、武。冗談でもこんなこと言っちゃいけないよな。本当に、スマン」
「いいって。それより、今日、俺、部活休みだから、久しぶりに角のラーメン屋でチャーシュー麺でも食って帰らないか? 今日は空手部も道場改修で休みだし、どうせ一人だろ?」
「あ、いや、それがな……」
そう、今、俺は沙羅姉と同居しているんだ。このことは、ことが落ち着くまで誰にも言うつもりはなかった。でも、武は武と鍋島さんとの秘密を話してくれたんだ。ここで黙っていたら、俺は武のことを親友と呼ぶ資格はない!
「武、ちょっといいか?」
「なんだ、海人。そんな難しい顔してよ」
「あのな、実は俺……」
俺は、今自分が置かれている状況について、武に話せるだけ話した。もし、このことを武が誰かに話そうが、俺は後悔するつもりはない。
「……というわけなんだ。まったく、沙羅姉の行動力には参ったよ」
俺の話を聞いた武は、少し驚きはしたものの、何とか俺の置かれている状況を理解してくれたみたいだった。
「あの六条さんならそれくらいは確かにやりそうだな。でも、このことは来栖さんには今は黙っておいた方がいいだろうな。大丈夫だとは思うけど、なにか面倒なことになるかもしれんし」
「ああ、もちろん、そのつもりだよ。武も、やむを得ないとき以外は、このことは誰にも言わないでくれよ?」
俺からのお願いに、武は力強く頷きながら答えてくれた。
「そりゃそうだ! それにしても、これで俺とお前は、秘密を持つもの同士、運命共同体ってやつだなっ!」
「ああ、これからも、よろしくな、武」
こうして、俺と武に共通の秘密が出来た。ま、武なら滅多なことでは話さないだろうから、そこは安心だ。そして、俺達はそれぞれ自宅へと戻った。さて、明日からはこの状況がどうなるか、少し不安もあるけど、間違いなく来栖さんとの関係は進展してるから、大丈夫だよな。





