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神山と鍋島

 最初の授業が始まる前のこの時間、いつもの俺はただ机に突っ伏してダラダラと過ごすだけなんだけど、今日からはそうもいかないようだ。朝の俺と沙羅姉、そして来栖さんでの騒ぎを見ていたクラスメイトに茶化されたり、恨み言を言われたり、散々だ。


 そして、ひとしきり俺がもみくちゃにされ終えたタイミングで、げんなりする俺のもとに、背がバカみたいに高い、一人の男がやたら爽やかな笑みを浮かべながらこっちにやってきた。


「よっ! ご両人っ! 朝からお熱いことで! 聞いたぜ? 海人。お前、あの六条さんの熱烈なアタックを反古にして、一年の来栖さんと付き合うことにしたんだって? それも、あっちから告白してきたって話じゃないか」


 そう言って、『神山かみやま たける』は、俺の頭をグリグリとなでる。武とは入学以来、ウマがあって毎日こんなやり取りをしている。いわゆる、気の置けない友達って奴だ。


 でも、武は俺と違ってルックスもイケメンだ。下級生はおろか、上級生にもファンが多く、頭はそこまでよくないけど、その高身長と長い手足を活かして、サッカー部で二年生ながらゴールポストの守護神をしていたりする。


「ああ、武か、おはよう。そっか、武は昨日風邪引いて休んでたんだっけ。おうよ、俺にもようやく運が回ってきたってことさ。でも、昨日は大変だったんだぜ? 俺、赤西のせいでみんなからリンチされてさ。全く、モテない男共の嫉妬ほど見苦しいもんもないもんだ」


 俺の聞くも涙語るも涙の、昨日、俺の身に起こった惨劇。それを聞いて、武はその場で腹を抱えて笑いだす。


「カッカッカッ! そりゃ仕方ないっ! だって、お前と六条さんがくっつくのは暗黙の了解みたいなもんだったからな! みんなから嫉妬されるのは仕方ないって!」


「でもよお、俺、みんながそんな風に思っていたなんて知らなかったんだぜ? なんで教えてくれなかったんだ、武」


 俺からの半分抗議に近い問いに、武は大声で笑い続けながら答える。


「いやっ! それ以前に、お前と六条さんのいつものやり取り見てたら、そう思わずにはおられんだろっ! それに、俺だってお前がそんなに鈍感だとは思ってなくってさ。いや~ 参った参った!」


 ああ、やっぱりそうだったのか。武は、人並み外れて人となりを見る眼力が鋭い。その武がそう言うんなら、俺は鈍感な男だったんだろうな。


「それにしても、相手が、『新聞部主催! 守ってあげたくなる女子ランキング第一位』の来栖っていうのはさすがに出来すぎだよな。こりゃ学校中の男子を敵に回したっ言っても過言じゃあるまい!」


「ああ、赤西やみんなからも全く同じことを言われたよ。本当に、俺、どえらいことをしてしまったんだな…… っていうか、何なんだ、そのランキングの知名度は……」


 俺が自分のやってしまったことを改めて噛み締めていると、武は少し真面目な顔で、机の上に座りながら、俺に言った。


「それに、さっきお前、『俺にもようやく運が回ってきた』って言ったけどさ。俺に言わせれば、お前が六条さんと幼馴染だって時点で、周りの男共よりも相当運に恵まれとると思うぜ?」


「う~ん、そう言われても、いまいちピンと来ないんだよな~ だって、俺と沙羅姉はずっと一緒だったわけだし。そりゃ、沙羅姉は美人だし、なんでも出来るし、性格もいいし……」


 俺の言い分に、武は軽くため息をつきながら、頭をパシッと叩き、目を閉じて首を振る。


「それを解っておいてこれじゃあ、なに言っても無駄だな。やれやれ、やっぱりお前は制裁を受けて正解だよ。あ、勘違いするなよ? 昨日俺がその場にいたら、みんなを止めていたからな!」


「ああ、解ってるよ、武はそういう奴だってことは。昨日は運が悪かったと思って、これ以上ぐちるのは止めるよ」


 俺がお手上げのポーズを取りながら武に言うと、急に武はニヤリと笑って、俺に顔を近づけながら言った。


「話は変わるが、俺にもちょっとしたニュースがあってだな。お前に一番に聞いて欲しくて、誰にもまだ言っていないことがあるんだ」


 いきなりの武からの告白に、俺はちょっとたじろきつつも、武にそのニュースとやらについて訪ねる。


「何だ、武、そんなに改まって。そんなに重要なことなのか? そのニュースとやらは」


「ああ、下手したら、俺もお前と似たような立場になりかねない、ビッグニュースだ。だから、ここじゃあ話せない。みんなに聞かれたら非常にマズイからな!」


「ゴ、ゴクリ……」


 普段はおちゃらけている武が、こんなに真剣な顔をするのは滅多にないことだ。俺は思わず唾を飲み込んだ。


「だから、今日は一緒に学食に付き合え。そこで話す」


「あ、ああ、解った。っていうか、昼はいつもお前と一緒じゃないか……」


「ま、そりゃそうなんだか。とにかく! 今日は絶対一緒に飯食うぞっ! あ、そろそろ授業始まるな。それじゃあ、頼んだぞ、海人!」


 そう言って、武は俺をビシッと指差しながら自分の席へと帰っていく。さて、武がここまで言うニュースとは何なのだろうか。俺はそれが気になって、この後の授業の内容が頭に入ってこなかった。


 …………


 午前中の授業を終え、俺と武は学食の一番角の席に陣取る。ここなら俺達の話も聞かれまい。俺の目の前にはうどんが湯気を立て、更に向こうには、麻婆定食と武が鎮座している。


「さて、さっそくだが、朝言った『ビッグニュース』について、海人に話したいと思う。実は、このニュースは、あながちお前に関係ない話でもないんだ。だから、心して聞いてくれ、海人」


「お、おう? そ、そうなのか? なんだかますます気になってきたな。オーケー、解った。心して聞こうじゃないか、さあ、話したまえ、武」


 俺の前で肘をついて、手を組む武。そして、ほんの数秒組んだ手に額をつけててから、顔を上げて、満面の笑みを俺に向ける。


「それがな? 俺にも彼女が出来たんだ」


 俺の目の前には、今まで見たことがないほどの親友の笑顔。俺の方まで顔がにやけて来てしまう。俺は感情のまま、武に言った。


「そうなのかっ! そりゃめでたい! 武にも彼女がなあっ!」


「ちょっ! 声がデカイぞ、海人。もう少しボリュームを絞ってくれよ、恥ずかしいからさ」


「あ、ああ。悪い、武。それにしても、俺と同じ時期に武にも彼女が出来るなんて、なんだか運命的なものを感じるな~」


 武からの報告に、俺は素直に祝意を示す。そんな俺に、武は静かにするよう言いつつも、その顔には喜びが滲み出ていた。


「とにかく、本当によかったな、武! いや~ 俺と武、二人に遅めの春が来たって奴だな。ん? そう言えば、武、さっき、『お前にも関係のない話でもない』って言ったよな? そりゃどういうことだ? 武」


 俺からの質問に、武は神妙な顔をしながら答える。


「実はな、海人。その、問題は俺の彼女が誰なのかってことなんだ。それがな、海人……」


「ゴ、ゴクリッ……」


 俺は固唾を飲み込んで武からの言葉を待つ。そして、ふた呼吸ほど置いてから、武の口が開かれた。


「その、俺の彼女、一年C組の鍋島なんだわ。鍋島 椿」


「へ~ そうなのか。その鍋島さんって、そんなに有名人なのか?」


 なんだ、何を言い出すかと思ったら。武には一年生にもすでにファンは多いから、なにも驚くことはない。俺のあまり気のない反応に、武は更に神妙な顔をする。


「海人、お前知らないのか? 鍋島と来栖、そして佐伯。この三人がなんて呼ばれているかっ!」


 あれ? そう言われてみたら、どこかで聞いた気がしてきた。沙羅姉が言っていた、『一年C組のお花ちゃん達』。それと、今日の朝、来栖さんが言っていた、『友達の椿ちゃんと葵ちゃん』。つまり、この話が符合するのはっ……!


「ま、まさかっ……!」


「ああ、そのまさかだ! 俺達は他の男子を差し置いて、一年C組のお花ちゃん達の二角を落としたというわけだっ! ちなみに、鍋島の方は、『新聞部主催! 踏まれたい女子第一位』の女傑らしいぞ」


 これはものすごい偶然。俺達、なんかものすごいことをした気がしてきたな。それにしても、何なんだ、その、『踏まれたい女子第一位』っていうのは。


「つっても、椿ちゃん、みんなが言うほど気が強い感じじゃないんだぜ? 確かに、見た目はちょっとクールビューティーな感じだけど、夜はすげぇんだ」


「いやっ! なんだその、『夜は』ってのは! ま、まさか、お前らっ……!」


「ああ、そういうこった。いや~ 椿ちゃんのあの美貌からは到底考えられない、あの甲高い声っ! 思い出しただけで堪らんぜ」


 なんてこったい。早い、早いぞ、武。まさか、すでに親友が大人の階段を昇っていたなんて。まぁ、武なら誘えば乗る女子はいくらでもいそうだけど、それにしても、なぁ……


 ともすれば自慢話と取られかねないこの話、武はみんなになんて言うつもりなんだろう。黙っていても、二人の知名度的にすぐバレるだろうし。


「それでだ、海人。みんなには俺達がすでにヤッたことについては伏せておいてくれないか? 一応、みんなには椿ちゃんと付き合い始めたことは話しとこうとは思うんだけどさ」


「まぁ、他人の色恋について敢えて話す気はないけどさ。なあ、武、何で俺には話してくれたんだ?」


 俺からの当然の問いに、武はさも当たり前のように答えた。


「だって、親友じゃん、俺達。だから、海人、お前も来栖さんとヤッたときはちゃんと教えろよなっ!」


 いや、俺と来栖さんはまだ手を握っただけの関係なわけで。そんな、俺と来栖さんが……


「ま、それはそれとして、みんなに話すときに、俺も袋叩きになりそうになったら、任せたからな、海人」


「ああ、そりゃもちろん。全力で止めにいくから安心しろよ、武」


 こうして、学食での俺達の約束は交わされた。もうすでに致したことはともかくとして、本当に、よかったな、武。俺達はちょっと冷えた昼御飯を掻き込んで教室へと戻った。さて、武がみんなに話すであろう放課後が楽しみ、もとい、少し不安だな。

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