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夢の中の桃源郷

『海人っ……! いいぞっ! ああっ! そう、そこ、そこだっ……! 上手いじゃないか、さすがは私の海人だ。これなら来栖とするときも大丈夫だな…… はあっ! いやっ、ダメだ、海人! これ以上は……!』


『東雲先輩っ! 東雲先輩の、すごく熱いですっ! わたし、もうおかしくなっちゃいますっ! これでわたし、本当に東雲先輩のものになれたんですねっ……! ああっ! わたし、なんだかフワフワしてきてっ……!』


 なんだろう、俺のベッドの上に、沙羅姉と来栖さんがいる。二人とも一糸まとわぬ、あられもない格好で、俺のベッドの上で喘いでいる。この光景、まるで天国にいるかのようだ。


 ああ、これは、夢だ。夢に違いない。だって俺、当然ながらしたことないから。それでも、この光景をずっと見ていたい自分がいる。ああ、夢ならこのまま一生冷めないで欲しい。でも、そんな願いは、現実の沙羅姉によって完全に吹き飛ばされた。

 

「起きろーっ! 朝だぞーっ! かいとーっ!」


「うわああっ!」


 沙羅との同居二日目の朝、俺の目覚めは沙羅の尋常じゃない肺活量から繰り出される爆音によってスタートした。これで起きない人間は存在しないだろう。ふと目覚まし時計を見てみると、セットした時間よりもかなり早い、午前五時を指していた。


「ほらっ! 起きろ起きろっ! 今日も外は晴れ晴れとした良い天気だ! さあっ! ランニングに行くぞ、ランニングっ!」


 事態が飲み込めていない俺は、寝ぼけ眼で沙羅姉の方を見る。沙羅姉は、パジャマじゃなくて、学校指定のジャージを着ていて、腰まである長い髪をヘアゴムでまとめていた。


「あ~ おはよう、沙羅姉……! って、なんで沙羅姉がここに!?」


 寝起きで何が起こっているかよく解っていない俺からの疑問に、沙羅姉は呆れた顔をしながらまくしたてる。


「な~にを寝ぼけている! 昨日からお前の家で共に生活し始めたんじゃないか! とにかく! さっさと顔を洗ってこい、そしてお前もジャージに着替えるのだ! さあ、駆け足っ!」


 そう言って、沙羅姉は手をパンパンと叩きながら俺をベッドから立たせようとする。


「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなり何さ!? まだ五時だよ、沙羅姉! それに、ジャージに着替えて何するのさ!?」


「言ったじゃないか、ランニングだよ、ラ・ン・ニ・ン・グ! 一日の初めは朝からのランニングに限るっ! 私と一緒に暮らす限りは、海人にも私の日課に付き合ってもらうぞっ!」


 いやいや、そんな勝手な。登校時間ギリギリまで寝るのがいつもの俺の生活リズムなわけで。俺はまだ覚醒しきっていない状態で抗議する。


「待ってよ、沙羅姉。俺にだって普段の生活リズムってやつがさぁ……」


「馬鹿者っ! そんなものこれからいくらでも変えていけるものだろうがっ! 全く、()()()()()おっ勃ててる元気があるなら、そのエネルギーをもっと有効に使わんかっ!」

 

 沙羅姉からの言葉に、俺の頭は完全に覚醒した。そういえば、俺の寝るときの格好は、Tシャツとトランクスなわけで、健全な男子なら、朝は体の一部が元気になることもあるもので。あんな夢を見たあとだから、尚更だ。


 俺は、沙羅姉と来栖さんに言い様のない罪悪感を抱いてしまった。昨日の沙羅姉からの、『テスト』が良くなかったのか、俺は沙羅姉はおろか、来栖さんの裸まで想像して、あんな夢を見てしまったんだ。


「どうした、海人。そんなに私の方をまじまじと見て。ん? どうした、顔が赤いようだが、ま、まさか、風邪かっ!? 大丈夫かっ! 海人!」


「いや、そんなんじゃないよ。ありがとう、沙羅姉、お陰でバッチリ目が覚めたよ」


「そうか、それならいいのだが。本当に、大丈夫か? もし体調が優れないようなら、無理にランニングに付き合い必要はないぞ?」


 沙羅姉は、俺の方を覗き込んで、心配そうな顔をする。そんな沙羅姉の顔を見て、俺の頭のなかにさっきまでの夢がフラッシュバックしてしまって、何だか申し訳ない気持ちになってしまう。


「いや、俺もちょうど運動したいなと思ったところなんだ。すぐに準備してくるから、沙羅姉は外で待っててよ」


「ああ、それなら、私は外で待っているよ。あんまり急がなくてもいいからな。無理はするんじゃないぞ」


 こうして、沙羅姉は俺の部屋から出て、玄関の方へと向かった。俺は沙羅姉の言う通りに、顔を洗って、予備のジャージに着替えた。そうだ、俺に体力が有り余っているから、あんな夢を見てしまったんだ。煩悩を解消するために、ランニングも悪くないよな。


 俺は準備を終え、沙羅姉が待つ家の前まで歩いていく。その途中、不意にさっきまでの夢が頭をよぎってしまい、少し前屈みになりながらも、何とか玄関前まで辿り着くことが出来た。


 …………


「はあっ……! はあっ……! 沙羅姉っ……! ちょっとタンマ……!」


「おいおい、こんなもので音をあげるとは情けない。普段、私はこの倍のスピードで走っているんだぞ? 海人」


 日が昇りきらない、弱い日差しのなか、俺と沙羅姉は、近くの公園にある遊歩道をグルグルと走っていた。人気のない公園はランニングにもってこいだ。しかし、俺だってそれなりに走れるつもりではいたけど、沙羅姉はやっぱりレベルが違う。


 俺が息も絶え絶えで走っているなか、沙羅姉は息ひとつ乱さずに黙々と走り続けている。多分、俺のペースに合わせてくれているんだろうけど、それでも俺は何とか沙羅姉に付いていくのがやっとだった。


「さて、ひとまずはこんなものか。そろそろ時間もいい時間だし、今日のところはここまでにしておこうか」


「よかった…… 登校前に疲れて倒れちゃシャレにならないから、助かったよ……」


 膝に手をついて肩で息をする俺をよそに、沙羅姉はスポーツドリンクを一口飲んでから、そのままそのスポーツドリンクを俺に差し出した。


「ほれ、水分補給はしっかりしておけよ」


「ああ、ありがとう、沙羅姉」


 俺はそのまま、沙羅姉から差し出されたスポーツドリンクをぐいっと飲む。ああ、体に水分が染み渡るのを感じる。水分が入って、意識がハッキリしたところで俺は気づいた。このスポーツドリンク。


「どうした? 海人、そんな顔をして。そのスポーツドリンク、好みじゃなかったか?」


「いや、沙羅姉、もしかして、わざとやってないか?」


 俺からの問いに、沙羅姉は俺からスポーツドリンクを引ったくり、ゴクゴクと飲みながら答える。


「何をだ、海人! そんなことより、さっさと帰って朝御飯だ! 運動した後の朝御飯はいつもと違って格別だぞっ!」


 この感じ、多分、沙羅姉は全く解っていないな。不意に訪れた、沙羅姉との間接キス。俺はその事実に、少し嬉しさを感じつつも、来栖さんへの罪悪感も感じていた。


 でも、俺のファーストキスは、来栖さんのために取っておくんだ。男がこんなことを気にするのもおかしいかもしれないけど、それでも、それだけは守れるようにしたい。


 俺はそこで、ふと思った。来栖さんは、これまで誰かと付き合ったり、その、キスや、それより先も経験していたりするのかな。いや、そんなことで、俺の気持ちが揺らいだりはしないけど、やっぱり、気になるよな。


 そんなことを考えながら、俺は沙羅姉の後ろについて、ゆっくりとジョギングしながら家へと返っていった。その間、俺の頭のなかには、さっきのスポーツドリンクに仄かに混じった、沙羅姉の味が終始モヤモヤとまとわりついていた。

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