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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

源五郎のぬくもり 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おお、こー坊。歯ぁ抜けたか。これでお前も、また一歩大人へ近づいたな。

 そろそろ、お前も全部の歯が抜けたか? じいちゃんの友達には、乳歯が頑丈すぎて永久歯が生えてこない、なんてことがあるらしくてな。ちゃんと大人の歯に生え代わっていくというのも、大変なことなんじゃよ。

 ところで、抜けた歯は上か? 下か? ふむ、上の歯か。

 上だったら縁の下へ放るのは知っておるよな。下へ下へ伸びるようにの願掛けじゃが……投げる時には、いちおう縁の下を見て、何もないかを確かめろよ?


 いや、なあに。じいちゃんが昔、住んでいた場所に言い伝えがあってな。縁の下に注意を払うよう、教えてくれたお話なんじゃ。

 お、興味があるか? じゃあ、よく聞いとれよ。



 むかしむかし。

 じいちゃんの住んでいた場所は、よく山の事故が起こる場所だったという。

 その日も、大人たちが数名、山の中へ狩りに出かけてしばらくすると、天気が急に悪くなってな。木々で騒がぬ梢はないほど、強い雨風が一帯を襲うことになった。

 この悪天候では、下山もままなるまい。人々は出かけていった者たちを心配しながらも、自らの住まいが傷つく恐れにも、配慮しなければならなかった。彼らが帰ってきたとき、自分たちの家が無事でなければ、身体も心も落ち着くまい。

 悪い天気は、それから3日続いた。外から人のやってくる気配はない。やがて雨があがったが、山に入っていった者たちは姿を見せなかったという。


 雨があがって7日が経ち、ようやくひとりの男が村へ帰ってきた。

 源五郎というその男は、山に入った者たちの中でもかなりの古参。その彼が泥だらけの半裸体にうつろな目をして、白昼堂々、村人たちの前へ姿を見せたんじゃ。

 その右腕は、不自然にだらりと垂れている。彼がふらつきながら歩くのに合わせ、ぶらりぶらりと左右へ揺れる。肩が外れるか、骨でも折れているのではないかと村人は心配したが、源五郎は何も言わない。

 会話どころか、痛みによるうめきすらもらさず、自分の家へ真っすぐに帰り着いた源五郎は玄関を閉ざし、その日はもう姿を見せなかった。

村人としては、他の皆の行方など、聞きたいことは色々あったが、明らかに様子のおかしい彼のこと。今日はゆっくり休ませてあげようということで意見は一致し、やがて夜になったんじゃ。



 ことは、村に建つ家の一軒で起こった。

 夜半に家族そろって談笑していると、「じゃり」と砂を踏む音が不意に聞こえたんじゃ。

 思いがけない音の近さ。もちろん家族に、砂のついた草履の類を履いたまま、家にあがっているような者はいない。何か大きい動物でも、縁の下に入り込んだのじゃろうか。

 害をなさないならと、音の主は捨て置かれることになった。調べようにも、明かりの少ない当時の夜間の暗さは尋常ではない。下手に潜り込んで、蛇に噛まれでもしたら面倒なことになる。

 結局、その晩はいくらか時間を置いて、何度か各人の眠る床の向こうから、同じような砂を踏む音がしたそうじゃ。とはいえ、熟睡している者ならば気に留めない程度の音量だったらしいがな。


 翌日。外が明るくなってから、家主はさっそく縁の下へ潜り込んでみた。

 ぬかるんだ地面の上へ、ふんだんにまぶされている細かい砂たち。恐らくはこれらが、昨夜に音を立てていたものたちだ。這い進む家主の身体に踏まれて音を出すも、実際に室内へどれほど漏れているかは分からない。

 ときおり、目の前や身体の上を、ミミズかムカデらしきものが這っていくのを見たり感じたりするものの、この図体で昨夜のような音を出せるはずがない。少なくとも家主以上の大きな図体の持ち主が、ここへ入り込んでいるはず……。


 家の中ほど。自分たちが寝ていたあたりの真下へ来て、目も暗さに慣れ始めている。家主は手をつきながら這っていたものの、急な違和感に、思わず後ずさった。

 地面が温かいんじゃ。突然、人肌に触れたような心地がして、それでいながら小便を撒いたような臭みは一切ない。ぬくい地面は、ざっと人が大の字に寝転んだときくらいの大きさはあった。


 ――間違いなく、何かがここに入り込んでいる。


 そう家主は察し、家族と相談のうえで、一晩を縁の下で過ごすことにした。

 ござを敷き、旅をする際の護身武器である「道中差し」を胸に抱いて、仕事の終わりとともに、暗闇の中で相手を待ち受ける家主。

 じゃが、その日に縁の下へ潜り込んでくる者はなかった。代わりに、家主のはす向かいの家で同じようなことが起きたらしいんじゃ。

 床越しに、一晩中断続的に続く砂の音。そして翌日に残る、縁の下のぬくもり……。更に、これらのことにくわえ、眠っていた者たちの体温が急激に奪われることも知らされたんじゃ。冬の日のことだし、最初に音を聞いた家主たちは、空気の冷たさによるものだと思っていたようじゃが、他の家々でも同じことが起こっていた。

 

 これらの報告が5件目にのぼると、いよいよ村全体でも警戒の色が出てきて、報告がされた晩は、大人たちが総出で村中を見張ることになった。誰もが奇妙な捕り物になると思っていたところだが、予想に反して、あっという間に犯人が見つかってしまう。

 源五郎だ。あの山から帰ってきて以来、ほとんど家の中へ籠って姿を見せなかった源五郎。知人をはじめとする、誰からの呼びかけにも答えをかえす様子を見せなかった源五郎。

 それが召集の段で、周囲が無理やり外へ引っ張り出そうとしたところ、自ら玄関の戸を開けて出てきた彼は、手近な家の縁の下へ潜り込もうとしたんじゃ。たちまち、彼は取り押さえられてしまい、なおも無言で動こうとする様子を見せるゆえ、柱の一本に身体をくくりつけられたんじゃ。

 やがて夜が更け、これまで縁の下の音を聞いていた時間になっても、どの家にも異状は見られない。そのうえ、縛られていた源五郎が、にわかにこれまで以上の力で暴れ出したんじゃ。

 

 縛られた柱ごと、身体をぐわんぐわん揺らし、縄さえも悲鳴をあげている。とても数日前に、右腕を不自由にさせながら帰ってきた者の力とは思えない。

 再び取り押さえようとした面々だが、今度はうまくいかなかった。源五郎の身体は異常なまでに熱くなり、彼に触れたところから、たちまち肌は赤みを帯びて、水膨れさえできる始末だったという。

 じかに触るのは無理と、人々が熊手などを用意し始めたわずかな間で、源五郎はついに縄をちぎり飛ばし、駆け出してしまう。今度はいずれの家の中でもなく、山の方へ向かってじゃ。その足は、健脚で鳴らした村の者たちであっても、とうてい追いつくことができず、背中を見送るよりなかったという。

 そして源五郎が姿を消した晩、件の縁の下での異音も、ぬくもりの残りも確認できなかったのじゃ。

 

 

 源五郎がこの度の犯人に違いない。じゃが、それなら彼はどうして縁の下へ潜った? そして家人の身体が冷え切ってしまうことに、何か意味があるのか?

 その答えは、翌日の昼を過ぎてから訪れた。

 源五郎が村のはずれに姿を見せたのじゃ。やはり右腕をぶらりと垂らした姿勢のままじゃが、驚くべきはその後ろに続く者たち。それは源五郎と共に山へ入り、消息を絶っていた村の者たちだったのじゃ。

 彼らの生存を諦めていた家族たちは、望外のことに喜びを隠せなかった。しかし、いざ迎えに出てみるも、一抹の不安がよぎる。

 源五郎と同じく、彼らはいずれもこちらの呼びかけに、反応を示さなかった。しかも少し目を凝らせば、源五郎のように骨を折っていると思しき、挙動におかしな者がちらほら。身にまとう服の下から汚れ出るほど、血がこびりついていることもある。実際、抵抗をしない彼らを脱がせてみると、肩からわき腹にかけ、大きな切り傷がついていたのじゃ。

 出血はほとんどなくなっている。けれども縫うなどの治療を施された痕もない。彼らはいずれも、苦悶の色ひとつ浮かべずに動いているのが不自然なケガを負いながら、ここへ帰ってきたのじゃ。

 しゃべらず、食事も求めない。しかし、身体はほんのりと温かい彼らは、ただひたすらに横になろうと望む仕草をした。

 家族はそれを受け入れ、いずれの家も喜びとは遠い、静かな一夜を過ごしたのじゃ。



 その翌日。帰ってきた者たちはみな、冷たくなっていた。息もせず、ぴくりとも動かず、疑う余地のない死がそこにあった。源五郎も同じくじゃ。

 もしかすると、彼らはすでに山中でこときれていたのではないか。しかし、どうにか家へ帰ろうと強く思い、身体を動かすための熱を求めた。

 ゆえに、まだ熱の残っていた源五郎が村へ戻り、他の皆のために、縁の下で熱を集め続けたのではないか……と伝わっておるのじゃよ。


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