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携帯端末から呼び出すことのできる自動運転型のAI搭載自動車。
それは黄色と白のミツバチカラーと丸い車体から「ミツバチ」の愛称で親しまれてる四人乗りの公共車両だ。
そのミツバチで自宅から仁達はショッピングモールにやってきた。
魔術師が御用達にしている専門店や魔法科学校の生徒、ダンジョンで働くハンターをターゲットにした娯楽施設も立ち並ぶ複合施設は休日もあって活気に溢れる。
「東京も陰陽系のツールが充実してたな」
用事も終えて陽がそろそろ傾き始めようという頃、二人は赤白コンビの鼻を頼りに見つけたカフェで休憩していた。
春とはいえそろそろ肌寒くなってきたオープンテラスには、ほとんど客の姿は無く。仁と春奈はきっと式神が騒いで迷惑になるからとこちらを選んだ。
「そうやね。本場(京都)以上ではないけど、はっきり判るほど劣ってるって事もなかったよ」
一丁前にそう品揃えを評価する春奈ではあるが、満足気に頬を赤らめているのは十分に彼女の要求を満たせるレベルだったからだろう。
後に紹介した冬乃へ伝えればきっと、「東京の陰陽師も負けていません!」と自慢げに胸を張るに違いない。
「式神の紙型を設計するソフトなんてあるんやね。うちら(京都の陰陽師)は最初っから決まってる形式しか使わんからなあ」
「良くも悪くも伝統的だからか」
「わざわざガワを考えんでも、術式を埋め込むのはどうとでもなるから。考えたことも無かったわ」
今日の買い物で一番の収穫となったのは、春奈の式神を創作する意欲が刺激された事だ。
式神使いは式神運用に圧倒的なアドバンテージを持つ異能であるが、彼女は式神の創作を苦手にしていた。既存の物を作るのではなく、全く新しい物に挑戦することをだ。
「「すぴーすぴー」」
「朱と白はどうする」
「しばらく寝かしけばええんちゃう?」
さきほどまで大騒ぎしてた朱雀と白虎は目的のハンバーガーにかぶりついて満足したのか、椅子の背にもたれ掛って眠ってる。
満面の笑みで眠る二人は「朱雀」と「白虎」の思念や概念を呼び出す思業式神と呼ばれ、紙や人形に概念を付与する擬人式神とは異なる。
四神は術式が全て残っていたからこそ春奈の異能で呼び出せる。けれど新規の式神を作ることは「式神使い」の力が及ぶ範囲外であった。
「WSDの方は何かないのか。無難なことしか言ってなかったが」
「んー、別に無いかな。あれより新しいのも師匠に見せてもらったし、店員さんに迷惑かけるのもあかんから、駄目な事言わんよう気つかってたんよ」
「やっぱりか。店に入ってからどんどんテンションが下がっていったからな」
陰陽師向けの専門店では三時間以上粘っていたのに、WSDの専門店では三十分もしないうちに出てきたのだ。
どちらのほうが春奈にとって楽しかったのかは聞くまでもない。軍の研究所のほうが充実してて、彼女の目が肥えてるのもあり仕方ない部分もある。
ただ一般の魔術師が使うWSDのレベルを知るという意味では来た意味はあった。
「その前のお店が良すぎたからやん? 冬乃ちゃんへのお礼もしっかり気合いれて考えんとなあ」
「選ぶのは俺なんだろ?」
「だってそっちのほうが冬乃ちゃんは喜ぶもん」
そういう所が冬乃の態度が冷たい原因だと仁は思ってるが、それを春奈は否定する。
「素直に謝って食べ物を――」
「――仁君はあれ……どう見る?」
仁の小言を遮り――聞きたくないからもあるが、春奈はずっと気になってた不穏な空気漂う店内に視線だけ送る。
「モデルとそのファンか?」
「魔術師向けのお店に囲まれたカフェで、ただのモデルなんていると思ってる?」
「はいはい、外国人と熱い視線を送ってる日本人だろ……。それで彼女がなんだ」
おそらくステイツから来たか在日の白人であろう。和風美人である春奈とはまた別系統の美人だ。外国人らしいメリハリのある顔で、歳は一回り彼女が上だろう。どちらかというと清楚と幼さの残る春奈と違って大人な魅力のある女性だ。
「どうみても民間の魔法師って感じじゃないやん。なんでこんな場所にいはるんかなって」
政府機関の関係者なら学園の近くではなく、行政地区や軍施設に近い商業地区にいる方が自然だ。周囲を見渡しても若い学生か、日本人系の顔しかない。
「日本の魔術関連の技術偵察に来たんだろ」
ショートケーキのイチゴにフォークを突き刺している春奈の疑問に、仁は適当に答える。軍属の魔術師とも交流があるからこそ、軍人特有の空気感とでも言えるモノが二人にもわかった。彼女が自然体で周囲を警戒している事に。
あとは冬乃への詫びの品を選んで帰るだけ、面倒事は御免だ。そう思いながら仁は甘いケーキと紅茶の組み合わせを軽い疲労が残る体に染み渡らせる。
「一般販売されてるものが海外で売られてないとでも?」
「はいはい、わかってるさ。だがステイツの軍人がいるからって何か裏を勘繰るのもやめとけよ。元軍人のハンターかもしれないだろ」
頭では「現役の軍人だろうがな」と思いながらも、仁は関わり合いになりたくないと嘯く。仁の眼には彼女がただの魔法師ではない事が見えていた。
「――で、魔術師? 異能持ち?」
「わかって聞いてるんだろ」
さっきから建物の屋上から意図を持ってこちらを見てくる小鳥に、何としても目を合わさんとする仁。残念ながら春奈が手を振っているので、その努力は無駄であった。
「もちろん、仁君が魔術師相手にそこまで警戒するはずないもん。最低でも異能を持ってないと仁君に不意打ちなんてできないでしょ?」
春奈の言う通りあの美女は異能者だ。その上一つの異能だけではない、最低でも二つの異能を持つ――複数異能所持者。
「変異系魔法の身体変質異能――魔眼だな」
「ふーん、だからオッドアイなんだ」
「両目、別々な魔眼のな」
そこまでとは思ってなかった春奈は大いに驚き、フォークを持つ手が止まる。複数異能という希少な異能者が海外で一人になるなんて、よほど自信があるのか日本の治安を信用しているのか。
「ダブルスキル? なんでこんなとこにいるん?」
「日米共同作戦があるからよ」
周囲を警戒して小声で話す春奈の目の前に、小鳥が着地した。
「斉藤さんですか」
「旭さんでもいいのよ?」
「俺は公安に入るつもりはありませんよ」
斉藤旭。将人と同じ公安の人間だが、「憲兵隊」と恐れられる実力行使を前提とした特殊部隊の副隊長だ。非魔法師でありながら、あらゆるギミックデバイスを使いこなす現代戦闘術のスペシャリストと呼ばれる。
「あら残念、振られちゃったわね。無機質な女はお断りかしら」
「じー」
仁と話す旭の入った小鳥をジト目で見つめる春奈。会話に混ざりたいと二人へアピールしつつも、周囲に認識障害の結界を張る事は忘れない。
「結界を張ってくれたのね、ありがとう。もちろん春奈さんも勧誘したいのだけど?」
「お断りでーす」
「でしょうね。私も二人がうちに来てくれるなんて思ってないわ」
嬉しそうに断る春奈に、断られた旭も笑いながらあっさりと引いていく。
旭は最初から諦めてる風を装ってるが、なんとか二人を自分の所に引き込めないか策を巡らしている一人だったりする。
「憲兵隊がこんな所で何のお仕事で」
「もちろん、彼女の護衛よ」
「――監視の間違いでは?」
「そうとも言うわ」
小鳥の口で「ふふっ」とクールに笑う姿が、仁には現実の彼女と重なって見えた。仁が余計な事を言ったと後悔したがもう遅い、旭が自分達を巻き込むつもりなのだと理解した。
「で、それを話したってことは何か依頼したいことでもあるのでは?」
「依頼してもいいのかしら。もう少しとぼけてくると思ってたのに」
「それが無駄だと悟りましたよ」
「大人になったわね、剣丞君」
上泉剣丞、それは仁が軍や国からの依頼で動く時の偽名だ。実際には剣聖用装備の開発と引き換えに、データを提供するだけの仕事だが、時折実戦データのためだと駆り出されることもあった。
「これが大人になるって事なら、大変遺憾ですけど?」
「あらあら――まだだったの」
「セクハラで将人さんに捕まえてもらいますか」
「ちょっとしたお茶目じゃない。ねー、春奈さん」
誘惑路線で策を仕掛けてくる旭に仁は将人の助けを借りようか本気で迷う。彼も「何かあれば公安も手を貸す」と身内のセクハラで頼られるとは思ってないだろう。
「旭さん、大人の女性が高校生にそういう話は……、おばさん臭いからやめた方がええかと」
「……そんなことはないでしょ――って。ちょっと! 東条君、何笑ってるのよ!」
小鳥の姿が一瞬ブレて、本体の触媒たる式紙が透けて見えてしまう。小鳥の式神を使役する術者が春奈の「おばさん」発言に思わず吹き出してしまったからだ。
「もういいでーす。二人に依頼するお仕事は対象の護衛と周囲にいるバカの排除。報酬は何が良い?」
「祥子さんに後で相談します。とりあえずは貸しイチで、もちろん――それぞれにですよ?」
「いけずな子供やわー。じゃ、――生死は問わん、公安で処理するから好きに料理しな。ただし狩り尽くすな、次に取る分は残せ。以上」
「了解」
最後に彼女の本性を見せて式神はどこかへ去っていった。
魔法の系統についてはそのうち説明が入りますよ。