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運動音痴の現代剣聖  作者: 本間□□
1st magic 剣聖は走れない?
6/35

6

 土曜の午前が終わる頃。


 半日だけあるオンライン授業を自室のPC端末で終わらせた仁は、大きく伸びをしつつ自室から出てきた。


「お疲れ様です。お食事は用意してありますが、お食べになりますか?」


 二階から降りてきた仁は洗濯物を畳む女性と目が合う。


 二十代後半の家庭的とはかけ離れた、いかにも真面目で仕事のできる女といった風貌の女性――黒木祥子は御剣の本宅で働いていた女性だ。


 そのキャリアウーマンにも見える容姿と春奈の選んだ可愛らしいエプロンのギャップに毎度吹き出しそうになる。そんな彼女はダンジョン都市に暮らす仁と春奈の保護者兼自宅警備員として一緒に暮らしていた。


 そう、ただの幼馴染である安部春奈もここで暮らしているのだ。これにはさまざまな理由があるのだが、仁のWSDを頻繁に視る必要があるからとなっている。


 仁のWSDは彼の体質に合わせた、特別製。軍の技術者と春奈の合作であるそれは、最新技術の塊だ。当然メンテナンスには相応の設備と機密性が必要となる。そこで、用意されたのがこの家であった。


「祥子さん、いつもありがとうございます。――春奈は?」

「数分前にお食べになるとキッチンに向かいましたよ」

「そうですか、それなら俺ももらってきます」


 空腹でお腹を押さえながらキッチンに向かう仁の背中に、


「そういえば、お二人はお昼からお出かけになるのでしたよね」


 と、祥子が話しかける。


「ええ、春奈の式神用の材料を買いに行くつもりですが?」

「それなら、着替えも用意しておきます」

「助かります」


 振り返った仁はそういえばと、祥子の周りにはいつも家事の手伝いをしているはずの春奈の式神が一人もいないことに気付く。


(今日は(あか)と白か)


 呼び出されているだろう問題児の式神に仁は嫌そうな顔をする。その予想はキッチンに近づくにつれて聞こえてくる子供の声に、当たっていたとわかる。


「ビャク! それはオレのだ!」

「何言ってるのさ、先に見つけたのはうちや」


 勝気な赤い髪の子供はハンバーグの乗った皿の端を掴み、活発そうな白い髪の子供が反対側を掴む。


 二人とも上はシャツを、下は赤い子がスウェットパンツ、白い子がジーンズというラフな格好だ。


 現代的な服装にとても式神には見えないが、これでも由緒正しい四神の一角であった。


「はいはい、それは仁君のや。あなた達はお菓子でも食べてたらええんちゃう?」

 

 ダイニングでは二人の子供が昼食を巡って喧嘩をし、対面でお昼を食べている春奈の適当な声も届いていない。


「もういい! 格の違いって奴を教えてやる!」

「シュのマッチみたいな魔術でうちを燃やせると思ってんの?」


 立ち上がった二人の間にマナが吹き荒れる。魔術には至ってないそれは物理的な力も持っていないが、紅蓮と白金に染まった光の暴力がダイニングを埋め尽くす。


 本来、マナは機材かそれに適した異能が無ければ見えない。それが見えるのは二人の発するマナが濃すぎるからだ。マナの量が多いという意味ではなく、マナ一つ一つの記述量――質が高いという事。


「はあ……、こんな所で魔術使ったら強制送還やで?」


 そのあまりに眩しい光景に春奈は目を瞑りながら、怒りを込めて静かに言い放った。


 それを聞いた二人はマナをピタリと止めてどこかに消し去り、椅子にむすっとして顔で座る。


「「ぐぬぬ、魔術抜きで決着つけるぞ(たる)!」」


 小学生くらいに見える二人の子供は椅子に座ったまま、お互いのほっぺたを引っ張り抓る醜い争いを主の前で繰り広げる。これが四神と呼ばれる二体なのだから、威厳もなにもない。


 お互いしか見えてないおバカな式神から昼食を奪還して、仁は春奈の隣の席に着いた。


「ああ! ひゃく、ジンがごひゃん盗った!」

「なに、ひってるか、わかにゃんわ」


 取り合っていたことも半分忘れている二人だったが、昼食が無くなっていると先に気付いたのは赤い子、朱雀であった。急いで片割れ、白虎にもそれを伝えるが、お互い頬を掴んでいるので何を言ってるのか誰も分からない。


「「ジン、それはオレ(うち)の!」」


 ようやく喧嘩をやめて呆然とする式神に、仁は呆れてこう言うしかなかった。


「お前らは食パンでも食ってろよ」


 式神にとっての食事は嗜好品である、にもかかわらず食欲に執着するのは一体なぜなのか。それは術者である春奈でさえわからない。


 けれど戦闘において非常に優れているのは間違いなく、そんな式神のモチベーションを維持するため食事はしっかり提供しているはずなのだが――。


 そんな二人は仁の皮肉も届かず、大真面目に何パンを食べたいか考え込む。


「――ベーコンとチーズのピザパンがいい!」

「うちはたまごパン」

「……勝手に作っ――。お前らがやると食材全部使い切るな……」


 問題児組は家事を手伝わないのではなく、手伝えないのだ。残り二人はしっかりと家事のできるので――ひとりは怠け者だが、家庭的な式神達とは対照的な性格をしている。


「ハンバーガーが食べたいって黒の順番を奪って無理やり顕現したのは誰や?」

「「――ビャク(シュ)」」


 二人の同時にお互いを指さす。


「……はあ、外に出たら買ってあげるから良い子にしててな」


 近くの棚からクッキーを取り出して、式神に渡した春奈。これでしばらく子供も大人しくなり、落ち着いて昼食に戻れると食事を再開した。


「天気は曇り――雨は降らなそうか」


 仁がダイニングに備え付けられた多機能モニターの電源を入れて、一日の天気を調べる。


 ネットから世界中の番組がAIによるリアルタイム翻訳で流されるのだが、二人にとってはただのBGMでしかない。


「ふうん、天気の悪いデートは残念」

「俺は荷物持ちだろ?」


 隣で一緒に天気を確認する春奈はデートなんて冗談めかしているが、その顔は悪戯が大好きな式神と同じ顔をしている。


 この術者にして、この式神ありか。そう納得した仁は自身の役割が恋人ではなく荷物持ちだと訂正する。


「うちみたいな、か弱い女の子に重い荷物は持たれんよ。だからしゃあないんよ」

「こいつらは何のための式神なんだろうな」

「うちのマスコット担当?」


 リスとハムスターが必死にクッキーを頬に貯め込んでいるのを見て、春奈はため息を一つ吐く。その心情は決して役立たずな部下を持った上司ではなく、元気過ぎる妹を持った姉の気持ちだろう。


「こいつらの事はいいか。今日、行くのは近くのモールでいいよな」

「ダンジョン都市のモールってあそこ一つやろ? ええよ、穴場とかわからへんし。東京の専門店って行ったことが無かったから、一遍いっぺん行ってみたかってん」


 そう話し合いながら昼食を食べる姿は、デート先を決める恋人にしか見えない。ただ目的地が魔法師向けの専門店で、色気が無いのは誰もが同意するだろう。


 そんな恋人を通り越して夫婦のような二人の会話は続く。目の前にいる式神(子供)がそれをさらに強調しているのだから尚更だ。


「秋山さんの所で最新のWSDが見せてもらえるからって、すぐに行く気を無くすからだろ」

「しょうがないやん? 軍の研究所なら先生の解説付きで見せてくれはるんやで。それに市販品じゃないうちらのWSD見られたら面倒になるかもしれへんかったし」


 本来なら武器でもあるWSDはライセンス登録諸々の手続きがあるので、専門店でしか入手できない。けれど春奈と仁は軍のテスターとして協力している都合で、軍から手続きしている。


 そんなWSDを専門家から見れば、市販品でないことは一目瞭然だった。


 現在はそうならないために偽装しているので通報されることはない……だろうが、無理にリスクを負う必要もない。


「高校生が軍のWSDを所持しているのがバレたら、通報されるに決まってるだろ。興奮して怪しまれる話はするなよ?」

「そんなおバカちゃんちゃうやい。でも今してるWSDについて聞かれたら誤魔化さないといけないし、店員の接客は断ったほうがええな」


 特に興味もない番組を消そうとする仁の手からリモコンが消えた。リモコンの行方は朱雀の小さな手の中、クッキーを食べ終わって次は娯楽に飢えている。


 仁が勝手にしろと手で示すと、白虎と一緒になって二人で番組漁りを始めるのであった。


 食い意地戦争の次はチャンネル戦争になるのは目に見えてるので、その前に昼を済ませようと仁と春奈の手が少し速くなる。


「その前に魔紙の購入が先だからな。毎回京都の実家か、東京の陰陽家を経由して買うのも手間だから、ダンジョン都市で販売してるとこ探したいって言いだしたのは春奈だぞ?」


 仁も装備の手配は実家か軍に頼むので、一般の店には詳しくない。春奈に付き合って、当てもなく探すはめになるのは遠慮したい。


「大丈夫、大丈夫。昨日校門で待ち伏せした冬乃ちゃんに『どこか質の良い魔紙を扱ってるお店ないかな』って聞いたら教えてくれたお店だから」


 と、答える春奈の顔は満面の笑みだ。その顔に嫌な予感がした仁は重ねて聞く。


「……正直に答えたのか?」

「――『教えてくれないと、捨て犬みたいな目でずっと後ろついてくで』って犬の式神でお願いしたら」

「それは脅迫って言うんだよ」


 中身が春奈とはいえ、小さな子犬(段ボールの小道具付き)の悲しげな眼は真面目な冬乃の良心に深刻なダメージを与えたに違い。周囲から向けられる学校関係者の――社会的なダメージも含めて……。


「さすがにそれはやり過ぎだ。ちゃんと今度謝っとけよ」

「ひゃうん。――うちもあの子の泣き出しそうな目でやり過ぎたってちゃんと思ったんよ? だから、お詫びの品選ぶの手伝ってーな」


 仁のデコピンで奇声をあげた春奈も、「さすがにちょっとやり過ぎたかな?」と()()()()()()冬乃を見て良心にダメージを受けていた。


「何を買うつもりだ」

「んー、形が残る物にしよ?」


(冬乃が食べ物を粗末にしないと知ってるくせに、こいつは俺に考えさせるつもりだな)


 仁は素直に謝罪のできない、幼馴染を心配するのだった。

春奈の居候についてはもう少し理由があります。

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