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ティスがカーミラに連れられて、春奈の寝室を出ていった後。春奈は自宅のリビングで、ある男と会っていた。
「ご苦労様って言ってあげましょうか?」
「いえ結構、これは仕事でもなければ、奉仕でもない。ただの贖罪です。それよりも良かったので? 想い人が他の女に取られて」
仁の前で操作していた幻術を消して、張李は本体に意識を戻した。
「ふーん、思ったより女心というものを知らんのやね。――ここでお前を燃やし尽くしたいくらいには怒ってますが?」
今の春奈は仁ですら知らされていない特異異能を解除し、その代償技能であるとある感情も取り戻していた。
にこやかな顔をしていても、春奈の胸中は決して穏やかなものではない。
「おっと――恐ろしい。本当に燃やされる前に退散といきましょうか。御守の守護者もいらっしゃったようですし」
「はいはい、さっさと失せ。帰り道は何も手は貸さんからな、もう自己責任や」
張李が玄関とは別の出入り口から外に出ていくのと入れ違いに、宗一がやってくる。
「どういうつもりだ、安部。あれは張李だろ」
宗一は敵であるはずの北中華の魔法師がなぜここにと問い掛ける。
「『どういうつもりだ」もなにも――御守会長は今回の事件をおかしいとは思いはらへんのですか? なぜ真祖のクローンが仁君の元に現れたのか……、まさか『偶然』やとでも?」
影の中に潜んでいた祥子が出てくる。その傍には外の援軍に行かなかった青龍も一緒だ。
祥子は今までの光景を気にした様子も無く、戦いを終えて襲撃者を御調の人間に引き渡してきた宗一に飲み物のひとつでもとキッチンへ向かった。
「全部仕組まれていたってことか」
「そうです。仁君の剣神への根源化は時間の問題やと土御門の予言がありました」
星見の土御門。占術の特異異能を代々受け継いできた陰陽の一族において、予言は特別だ。なにせ、干渉しなかった場合は確定でその通りになるのだから。
復讐と御剣の在り方で揺らぐ仁はその存在すら揺らいでいた。いつ世界へ還ってしまうのかわからないほどに。
「占術ではなく、予言か。確かにそれでは――」
「そうです、必然とも言える未来です。せやから、うちや帝様は仁君と真祖のクローンを引き合わせた。どうして彼女だったのか……、これを見たらわかるでしょう?」
仁の持つ無銘だったレガリアの炎は弱まり、春奈の式神が彼の下に接近できるようになった。それは丁度ティスが仁に血を与えてる場面であり、WSDの仮想モニターに表示される。
真っ黒な仁の肌が少しずつ再生していく。現代医療でも匙を投げる火傷が、確かに回復しているのだ。
「仁を吸血鬼化させるつもりなのか?」
宗一からすればそうとしか見えなった。
上位者から眷属となるものに与える、血の契約。その副作用で仁の傷が癒されていると勘違いするのも仕方ない。
「そんなことはしませんよ。仁君とティスちゃんの異能は同格――血を与えられたからといって、簡単に吸血鬼化するような事態にはなりません。――それとうちは今回の件を全て聞かされてるわけではありませんから」
宗一からどこまで知ってるのか、尋ねられる前に春奈は自分の知る答えを話し始めた。
「元々、仁君は少しずつ根源化が進んでいました。10年前のあの事件で……」
御剣薫子が殺されたあの事件。それは宗一も知っており、仁の危うさは彼も気にかけていたことだ。
「これは結果も含んでの推測ですが、帝様は無銘やティスを使って荒療治をするつもりだったのでしょう」
「根源化の原因である復讐心の浪費か」
今の仁は文字通りに燃え尽きた状態と言えるだろう。かなり強引だった手段なものの、ここからもう一度根源化するほどの――感情の暴走を起こせるとも思えない。
「駄目だったらうちも居ましたので――」
「安部の異能は『式神使い』ではないということか」
「ふふ、どうでしょう」
学園で会った春奈とは何か違う。どこか妖しい笑みを浮かべる春奈に宗一はそれ以上、詳しく聞けなかった。
宗一は祥子の持ってきた飲み物とタオルで、疲れた体を労わると礼を言って自宅に帰ることにする。
帰宅する前、宗一は最後に春奈へ問いかけた。
「今後、真祖のクローンはどうするつもりだ?」
「どうもしません、御剣の養子として引き取るだけです」
「御調に預けるのは無理そうだな」
仮想ディスプレイに映る二人の姿を見て、宗一は少し冷やかすように笑い玄関から出て行く。
「もう……、うちも負けるつもりはまったくないですよ?」
春奈も、仁を大事そうに抱きしめるティスを見てそう呟いた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
不完全燃焼な部分も多々ありますが、モチベが尽きましたとさ。
質問があれば感想でお願いします。
 




