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運動音痴の現代剣聖  作者: 本間□□
2nd magic 人工吸血鬼は恋をする
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20

おそらく次回でおしまいです。


 なぜエリザベートという異能者は吸血鬼と呼ばれるようになったのか?


 血を好むからか、――否。


 血を自由自在に操るからか、――否。


 血に濡れた道を歩んできたからか、――否。


 御剣が剣を以て真理に近づいたように、吸血鬼の女王は血を辿って世界の中枢を覗くからだ。


「――受け入れてくれるかな、お兄様」


 吸血鬼にとって血は一つの世界。そこには過去を、想いを、繋がることができる。


 少女の姿は変わっていく。


 小学生でしかなかった幼さは消し飛び、春奈よりも少し年上な、けれど大人の女性にはまだ青い姿へ変えていく。


 それは変異系魔法の最上位異能だからこその魔法。


 すでに将来美人になることが約束されたティスという幻想の花、それが実際の形となる。


 春奈の省エネ式神のようなちんちくりんな身長から数十センチ伸び、肩まであった銀の髪も一緒に長くなり腰の辺りを揺蕩っている。


 スタイルにいたっては密かに憧れていたカーミラに近づき、立夏がこれを見たら血の涙を流して絶望するに違いない。


 ただし服だけは異能の影響を受けてないため、カーミラが異能で目隠しを作ってる間に、難しい顔をして姉が最初に着ていたのと似たドレスを作る。


 カーミラの瞳が少し潤んでいるのはエリザベートの若かりし頃を思い出しているのか。ティスが彼女のクローンなのだからこの容貌は当然のモノである。


「カーミラは周囲に被害が出ないよう防いで。私は仁を止めてきます」

「はっ、妹君の御心のままに」


 すでに周囲は赤く染まり始めている。概念的な炎だからこそ大規模な火災に発展してはいないが、このまま放置すれば収拾がつかなくなる。


 遠くではサイレンの音が響き、仁のもとに向かおうとするティスの頬を水滴が流れる。ティスがそれを指で拭って確かめてみると、ただの雨粒だった。


「――雨? どうして」


 確かに夜の空はどんより曇っていた。


 雨が降る条件は整っていたとしても、あまりにタイミングが良すぎる。


(違う、この雨も概念的なモノ。でも……足りない。お兄様の怒りがこの程度で鎮火するはずがない)


 焼け石に水、いや火山噴火に小雨と言った方が適切だろう。物足りない慈雨にティスは険しい顔で空を見上げる。


「天上殿でしょう」


 と、カーミラが濡れる指を見て言う。


「仁が帝様と呼んでいた人ですか?」


 自分の元となった真祖と同格の現人神。ティスもカーミラからその人がどれほどの存在かはしっかりとたたき込まれている。


「ええ、あのレガリアは天上殿が御剣に与えたモノ。それがこのように暴走しては彼女が手を貸してもおかしくはありません」

「そうですか……」


 帝は延焼を防ぐのに手は貸すがそれ以上は干渉するつもりはないらしい。これは自分がやるべき役割、ティスはそう言われているのだと理解して走り出す。


「些事はこちらにお任せください。――妹君は仁を」

「はい!」


 仁の居場所は探すまでもない。派手な戦闘音を追いかければそこにいるはずなのだから。




 火傷が全身を覆う、それでも青年は復讐の炎を消すことはない。


 肌は黒く炭化し、服も少し溶けて肌と同化しているように見える。焼死体に見間違いそうな仁が生きていられるのはレガリアの力があるからか。


「『終炎 無命』――でしたか。文字通り、そのレガリアの持つ概念は『終炎』。おそらくは火に属する概念では最上位の位階にあるでしょう。さらに言えば君が無関係の人間を巻き込む性格とはとても思えない」


 一切の反撃をせず、届かない攻撃を浴び続ける張李。


 彼には右手を顎に置き、目の前のレガリアが持つ概念をじっくり考察する余裕すらある。


 張李はまるで最初からここにいないのではと思ってしまうほど、仁の攻撃が効かない。もし仁の正気があったなら、その異常さに様子見を選ぶはず。今の彼は攻撃の無意味さを理解していないのかもしれない。


 もはや消化試合でしかない仁から視線を外し、張李は考察を続ける。


「そのレガリアの力はずばり、『復讐対象に対して絶対的な攻撃力を有し、周囲に被害を与えない代償として自傷ダメージを受ける』……君の性格を考えれば、これが一番正解に近いでしょう。もちろん、復讐のレガリアに共通する精神汚染のおまけ付きなのは言うまでもありません」


 最後の力を込めた一振り。その剣圧と熱風も張李の髪を揺らす事さえない。


 そして、剣聖は力尽きた。炭化した体は僅かに揺れ生存を確認できるが、それだけだ。もう仁に戦う力は残っていない。


 仁の内から漏れ出すマナに、間もなく完全な根源化が始まるのだろうと張李は推測する。彼の表情は強張り、「もうすぐのはずですが……」と呟いた。


「これでは独り言です……。言語能力を失った、記憶と思考も限界でしょう。今、貴方がなぜ戦っていたか、理解してしますか? もしかして、今戦っていたのも覚えてないかもしれませんね」


 そこに、ようやく成長した体に感覚が追い付いてきたティスが空から降りてくる。


「それはあなたも同じではないですかっ。あなたからは最初から戦う気持ちが感じられませんでした」

「……ヒロインの登場は間に合いましたか。当然ですよ、お嬢さん。私は戦う為にここへ来たのではありませんから。――後は若い者同士に任せましょう」


 自分の仕事はここまでだ。


 真祖のクローンが来た事に張李はなぜか安堵して、立ち去ろうとする。


「待って! あなたは何の為にこんなことを……」

「根源化という現象を見たかった、なんて言ったところで吸血鬼の鼻は騙せるなんて思ってません」


 根源化とは概念と昇華した人間が世界と同化する現象。最上位の異能者が共通して持つある種の『死』と同意のリスクである。


 これは滅多に観測できる事象ではなく、道化師のような男が見てみたいと望んでもおかしくはない。けれどティスにはそれが嘘であることを真祖の嗅覚が教えてくれる。


「あなたは仁のお母さんが亡くなった事を後悔しているのでしょう?」


 背中を向けたままの張李は大きな、大きなため息を吐く。


「はあ……、悪人には悪人の守るべき仁義というモノがあります」


 振り返った張李は大仰な手振り身振りで、まるで自らを間抜けな道化師だと言いたげに芝居を交えて語り始める。


「私は悪人ですが、外道になったつもりはありません。もちろん、私の手が及ぶ範囲で、と付きますけれど。だからこれは贖罪なのです、部下の独断専行を止められなかった私の、子を守る為に死んだあの方への」

「それを彼に教えてあげれば――」

「黙れ!」


 道化の初めて見せた感情。


 御剣薫子の死は張李の悪としての仁義に反した。例え将来、敵になる魔法師だとしても当時は10にも満たない子供と民間人の母親。それを手にかけるのは悪人ではなく、外道の所業だと彼は言った。


 張李は悪人だ。だが決して畜生や外道に堕ちたつもりはないのだ。


「言ったはずです。悪人には悪人の仁義があると――。どのような理由があろうと、部下の管理責任は指揮官の私にあった。私は自身の行いを他人に押し付ける屑ではありませんよ、真祖のお嬢さん」


 と、張李は言って姿を消した。最初からそこに居なかったように。


 張李の事は気になるが、今は仁を助けるのを優先すべきだ。心の中で居座るもやもやとした感情を置くに押し込むと、ティスは仁の前に立った。


「お兄様――絶対に死なせません」


 ティスは口の端を噛んで血を流す。そして、それを口づけと共に仁の中に流し込んだ。


 きっと真祖の力なら治せると信じて、血を通して作った魔法的な繋がりを頼りに仁の再生を試みていた。


「ティ、ス……か?」


 焼けた喉で仁は喋る。


 さすがは不死身とも言われる真祖の異能か。ティスの再生は仁の尽きかけた生命力を死の淵から強引に、こちら側へと手繰り寄せたのだ。


「はい、お兄様。駄目です、お母さまも言ってたでしょう、『御剣は感情に囚われてはいけません』って」


 仁を抱きしめてほほ笑むティスの姿が幼き頃に失った母の笑顔と重なる。


「ごめん……母さん……。俺、仇を――」

「仁……違うの、あの人はお母さまを殺してなんていない。あの人は最初から仇じゃないの」


 うわごとを呟く仁にティスの言葉は届いたのか、それさえもわからないまま仁は再び意識を失った。


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