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突然現れた乱入者の第一声は春奈に対する嫌味であった。
純日本人な風貌をした同学年の女子生徒。同じ日本人系の顔つきであるが狐を思わせる春奈に対して、土御門を名乗る少女の態度ときつい印象がするツンツンした目は猫のようだ。
「冬乃ちゃん」
と再びちゃん付けで呼ぶ声がする
まだ言うかと思った冬乃は反射的に怒ろうとするも、春奈にしては声が低いと遅れて気付く。
「――だからっ、……仁様?」
声の主を見て言葉が途切れた。それは冬乃にとって春奈と同じ幼馴染の男の子。
(いきなりちゃん付けなんて、ちょっと昔を思い出してしまうじゃないですか!)
内心、ドキリと心臓が一拍だけ強く脈動する。冬乃にもし尻尾があったら、ピンと立っていただろう。
若干キョドり気味な冬乃の頭にポンと仁の手が乗る。
「悪かった、……ちょっとした冗談だ」
仁は違和感を感じられない程自然に冬乃の頭を撫でる。その様子から彼女が仁とも知り合いであることを蓮司と立夏も察せられた。
「高校生にもなって、頭を撫でられても嬉しくないのですが?」
「こう――なんというか、頭の位置が撫でやすい丁度いい高さなんだよ」
「小さくて悪かったですね!」
仁のバカでも見えるオブラートを冬乃は明後日にぶん投げて、中身を剥き出しにする。
冬乃の体型は春奈と比較して色々と貧相だ。――いや、仁の隣に並ぶ春奈と比較してと言うべきか。
それを外野から見比べていた立夏は、
(私の仲間だ! そもそもこの学校の生徒ってみんな身長高すぎない? たしかに海外の血を引いてる人も多いし、近代に入ってから人間の体格は良くなっているってテレビで聞いた事あるけど、私は古代人かい! 私だって外国人の血を引いてるはずなんですけどー!?)
と、密かに純日本人の冬乃をちびっ子仲間認定していた。
立夏の脳内で失礼な扱いをされている冬乃は仁に怒ってみせる。
コンプレックスを刺激されて「ぐぬぬ」となっているのだが、頭を撫でられてわずかに上がる口角が彼女の内心を表している。
それを近くで見ている春奈は「うふふ」と悪戯心を躍らせる。
「その小さな子供を見る目はなんですか、バカ狐」
「いやいや、相変わらずかわいい子猫ちゃんやねえ」
春奈と冬乃の視線がぶつかる。――だからと言って火花が散ることはない。冬乃の視線が刃であっても、春奈の目は可愛い妹を見るかのような包容力のあるクッション。
どれだけ勢いよく鎬をクッションにぶつけても意味はない。火花を散らすどころか、ボフンッと受け止められて終わるだけ。むしろ子供みたいな自分を自己嫌悪するのであった。
「これで勝ったと思わないでください! 私だって近いうちに成長するのですから!」
春奈は決して思った事を口にしない。ただ心の中で、
(朱雀が見る映像作品の噛ませ役みたいなこと言ってるやん、この子ったら)
と、思うだけだ。
「……数年前から変わってないよな」
仁の何気ない一言。それを聞いた春奈は「あーあ、言っちゃった」と口元を動かす。
「そ、そんなことは――」
まさかの人物から飛んできた奇襲が冬乃の慎まし過ぎる胸に突き刺さる。それこそ『ぐっさり』とだ。
「大丈夫だよ、私達は15歳。まだ成長期が来てもおかしくないから」
「知らない人……!」
「工藤立夏だよ」
「――私は土御門冬乃と申します」
そんな冬乃の肩に手を置いて慰めたのは、もちろん立夏だ。涙ぐむ冬乃は立夏の身長を一瞥すると固く握手を交わすのであった。
「何やってんだろうな、あのちびっ子ども。――で、安部家と土御門家って仲が悪いのか?」
仁の後ろから周囲に届かない小声で聞いてきたのは蓮司である。
「いや、あの二人だけだ。もちろん同じ血筋同士で対抗心を持ってる者もいるが、そもそも担う役割が違う」
「土御門は東京出身だよな。何を担当してるんだ?」
「占術……だな。幻術の賀茂家と共に政府へ協力しているはずだ」
土御門家が得意とするのは占術。ただ未来を占うと言っても自由自在に分かるわけではなく、災害や不作など国の凶兆を視るのが大きな役割だ。
蓮司が納得するのと同時に、校内では予鈴のチャイムが自由時間の終わりが近い事を知らせる。
がるる――
あらあら――
一方的に点かない火花を散らそうとする猛獣と、猛獣使いの獣側。冬乃がその音に気付いて「あ、まず」という顔をした。
「冬乃、俺に用があったのか、春奈と遊びに来たのか。どっちなんだ?」
冬乃は表情を取り繕う余裕もない程先ほどの言葉が効いている、その元凶の仁が彼女に助け舟を出すのは当然だろう。
「仁様に決まってます! 私がバカ狐なんかに会いに来るわけないじゃないですか。御守様から仁様に伝言を頼まれたのです。『午前の行事が終わったら生徒会室まで来い。例の件で話がしたい』、だそうです」
「わかった、たしかに聞いたよ」
「どういたしまして」
用件が済んだ冬乃は「それではまたお会いしましょう」と告げて、自分の教室に走りさっていった。
「うちも行った方がええのかな」
「おまえも例の件を知ってるんだろ?」
「もちろん、仁君のWSDにはうちの魔術が組み込まれてるから。もちろん見てるで」
「その手の機能は削除したと秋山さんが言っていたはずなんだが」
「――ひょえ?……違うんや。ちょっと自主練で飛ばしてた式神から見てただけやね」
白々しい春奈の冗談。どこか本気にも聞こえる彼女の頭上に拳骨を落とし、仁達も自分の席へ戻っていった。