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間もなく幼い吸血鬼の柵を断ち切る為に、テロリストの掃討作戦が始まろうという数日前。
その吸血鬼であるティスは三人の少女に囲まれていた。
「よし、吸血姫。このアニメを見ようぜ、いや見ろ。絶対面白いから見るべき、日本語の勉強にもなるぞ」
「折角四人いるんやからゲームにしよ? セイはこういうのに参加しないし、ゲンもやりたいやんな?」
「ヤダ、ねたい」
「あ、あの! 私はカーミラお姉ちゃんに勉強を――」
アニメの布教がしたい朱雀。
四人でゲームがしたい白虎。
いつも通り寝てたい玄武。
我の――個性が強い三人に振り回されるティス。
なんともカオスな空間にカーミラはティスの勉強を放棄して、祥子に淹れてもらった紅茶でまったりしていた。
唯一この三人をまとめられる青龍は春奈と共に学校へ行っている。
戦闘時以外で、春奈の式神四人が同時に顕現しているのは珍しい事だ。その理由はティスの友人に丁度いいから、お友達ロボット扱いで呼び出されていた。
「お前たち、少しは協調性を持ったらどうだ」
「あの――カーミラお姉ちゃん。勉強は?」
「今日はやらなくていいだろ。周りがコレだからな」
まるで幼稚園か小学校の低学年みたいなリビングにカーミラは意外と楽しそうにしている。
長い寿命を持つ吸血姫はゆっくりとした時間の中で生きている。日本人のように決まったスケジュールを絶対に守る、なんて忙しない生き方をする吸血鬼の方が変わりモノだ。
ティスの教育も十年単位という気の長い時間で考えており、今は力を最低限コントロールできれば十分だと考えているのだ。
平穏とは無縁な人生を送って来た先輩(姉)としては後輩(妹)には綺麗なまま育ってほしいという願いがあった。
とはいえ妹に絡む、自分と同じかそれ以上に生きる四神のその幼さをカーミラは疑問に思わずにはいられない。
一体どのような生涯を経れば、あのような純粋なままで居られるのか。
大人になってしまったカーミラには理解できなかった。
一方カーミラに珍獣扱いされている四神は「協調性の無いコレ」と言われて、集まってこそこそ内緒話をしている。正確には動かない玄武の元に朱雀が白虎を引っ張って来たというのが正しい。
そして内緒話が終わったらしく、朱雀がポーズを取ってカーミラとティスに向き直る。
「引かぬ!」
朱雀は手を腰に置いて自信満々に――、
「――媚びぬ」
白虎は耳を赤くして顔を逸らしながら――、
「省みぬー……」
玄武はクッションに顔を押し付けたまま――、
微妙に息の合っていない寸劇を三人は繰り広げる。
その元ネタは数百年も昔で、特定の日本文化に詳しくないカーミラはもちろん、今の日本人にすら伝わらないだろう。
何故彼女達がそれを知っているかというと、当時も安部家に使役されていたからである。テレビで見たサブカルチャーを真似する外見少女は中身の精神年齢も幼かった。
「確かにそれも協調性だが、方向性を間違っておる」
この場合はジェネレーションギャップと言うべきか、カルチャーショックと言うべきか。
だだ滑りした朱雀はカーミラのボケ殺しでトドメを刺され、他の二人に責任転嫁しだした。無理やり巻き込まれた上、朱雀の理不尽な言いがかりに白虎もご立腹である。
「お前らがちゃんとやらないからだろ。恥ずかしながら言ってんじゃねえよ」
「だから海外の人にやっても通じないって言ったやん」
「ぐー」
「さすがに相手が悪かったか」
ティスもどうしていいのかわからず、ぽかんとしてる。
今まではティスと式神たちの接触は最低限に抑えていた。それは大きく環境が変化し、精神的にも疲労しているティスの事を考えてであった。
それもそろそろ落ち着いてきたのだから、式神たちから触れ合うのも精神の健全な成長には不可欠だと仁達が話し合って決まった。
そんな研究所育ちの彼女にとって、精神年齢とはいえ――同年代とコミュニケーションを取るのは初めてに近い。
「それで結局何にする」
そして冒頭の言い争うに話は回帰する。ただいつまでも喧嘩してるほど式神たちも愚かではなく、白虎が妥協案を出す。
「アニメ流しながら携帯ゲームで遊べばいいんじゃない」
「それでいいか。おい、ゲン――駄目だ。完全に寝てやがる」
春奈から「ティスちゃんと仲良くお留守番しいや」と言いつけがあったにも関わらず、玄武は手の届かない場所(夢)へ旅立ってしまった。
ただそれを言った主も玄武が積極的にティスに関わっていくとは思っていない。そもそも一足先にマイペースな玄武はティスと一緒にお昼寝をしたり、他の式神と違った形の関係を築いていたりした。
「三人でできるのでいいじゃん」
そう言って携帯型のゲーム機をティスに渡す白虎。朱雀には携帯端末とコントローラーを用意している。
「そうだな。オレは見るアニメ選ぶから、ビャクは好きなゲーム選んでいいぞ」
「よし、うちに任せとき。盛り上がるゲームを選んだる」
「本当にお主らは童よの。毛ほどもティスの好みに合わせるつもりが無い」
「大丈夫だよ。私もこういうの初めてだから……」
アニメやゲームに触れた事の無いティスには何を選べばいいのかわからない。それ知っているからとは言え、ティスに確認することもなく自分達の趣味で選ぶ二人は実に自分勝手だ。
「そうそう! だからお勧めを選んでるんやん」
お勧め――そう言って放送端末に保存してあるフォルダにはかなりレトロな作品が並んでいた。
最近のモノも見るのだが、朱雀は自分が式神として不在だった時代に出た作品を順に追う趣味がある。
なのでどうしてもひと昔の作品ばかりで溢れてしまう。それがアニメや実写映画問わず、映像作品を片っ端からなのだから膨大な数だ。
「よーし、こっちは再生押したぞ。そっちはどのタイトル――、なんで仲良くなるために遊ぶゲームで友情破壊ゲー選んだ?」
こちらは朱雀と違って『最新』のゲームだ。白虎もまたレトロなモノに手を出すのが多いが、お手軽に複数人で出来るゲームを選んだからであった。
ゲーム初心者にも優しいで選んだゲームではあるが、内容は白虎の言う友情にヒビを入れるとことで有名なシリーズのゲーム。
実際に朱雀と白虎が青龍をボロクソにして、リアルファイトに発展する事件が起こった事を二人もよく覚えている。
「どこぞの偉い筋肉ダルマも言ってたやん。『壊して造る、これすなわち大宇宙の法則なり』って」
「ビャクは宇宙人と仲良くなるつもりなのか?」
「――いや、肉屋の主人やない? そこは……」
「余よりも俗世に慣れ親んどるな。吸血鬼とはいえ、余も人間なのだが」
カーミラは白虎が持つゲーム機の画面を見て遠い目をして乾いた笑いが出す。そのゲームは彼女も知っているシリーズである、なぜなら一度「夜の国」を亡ぼしかけた過去があるからだ。
帝と女王は昔からお互いの国へ遊びに行き来するほど仲が良い。そんな二人があるとき大喧嘩しそうになったことがあった。
その原因が一作のゲームだったのは、直近の眷属しか知らない。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
ティスは突然様子がおかしくなったカーミラに声をかける。
彼女にそんな恥ずかしい祖国滅亡危機を言えるはずもなく、心配するティスに「大丈夫だ」と笑って誤魔化す。
「よし、余はティスの味方として参加するか」
「ほー、バトロワにしようと思ったけどチーム戦にするつもりか、吸血姫コンビ!」
「ゲーマーなうちらに勝てると思わんことやな!」
朱雀と白虎はお手本のような噛ませなセリフを吐いて、負けフラグを構築した。
――その結果がこれである。
「お姉ちゃん、これって何?」
「――ちょ、たんま! 許してええ」
ゲーマーという名の負けず嫌いな赤白コンビに接待プレイをするつもりなぞ、毛頭無い。……いや、する余裕が無かった。
「ふむ。使ってしまえ」
「はーい」
ゲームの仕組みをよくわかってないティスはカーミラに言われるがまま、トドメのアイテムを選ぶ。
「ひでぶっ――」
「シュゥゥゥゥウ、一人にしないで!」
ここまで一方的にティスの運だけで負け続けた白虎は、ついに断末魔を上げて灰になっていった。その様子を目の当たりにした朱雀は吸血鬼に狩られる生娘のように震えている。
「……ゲーム運の良さは陛下と真逆か(ボソッ」
「うん?」
「なんでもない――よくやった、ティス」
「うん!」
姉に頭を撫でて褒められる純粋無垢な吸血鬼は誰よりも幸運であった。




