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「レガリアの原形かもしれん、これは」
「原形……ですか」
仁のWSD、ヘバスが正常に稼働しているのを確認して、関係者は秋山開発室に集まった。
作業台の上にはケーブルに繋がれたレガリアの刀が置かれており、ケーブルのもう片方には機材とモニターがある。
試験途中で抜け出した紅葉は整頓もされていない乱雑な数値をモニターに並べて仁達にも見せるが、それが辛うじてわかるのは春奈くらいだろう。
「そ、元々レガリアってのは英雄と呼ばれた特異異能保持者のマナを長期間受け続け、英雄の死後も力が残留した物――と言われている」
紅葉の前提となるレガリアの基礎情報もはっきりとしない。技術者が知っているのは、あくまで記録に残るレガリア達からそうではないかと言われてる仮説の域を出ない話だ。
「随分とまあ、曖昧な情報ですね」
仁が何か知らないかカーミラの顔を見るも、彼女は興味もなく否定する。
「妹ならもう少し詳しく知ってるかもしれないが、余は知らぬぞ」
それを聞いて本気で悔しがるのは紅葉と春奈、片付けをしている技術者達からも惜しむ声が出る。聞けなかっただけで、長く生きた吸血鬼なら答えを知ってるかもと淡い期待があったのだ。
「それは……残念だ。レガリアはどれも持ち主含めて所在が不明か、簡単に接触できなくてな。所在の分かる保持者に調査の依頼なんてできるわけないし」
「当然だ、王権の象徴たるレガリアの調査なんぞ不敬と一蹴されるに決まってる」
吸血女王や帝もレガリアを所持している。なのでカーミラが少し威圧を込めて牽制する――と言ってもそこまで強烈なモノではなく、釘を刺す程度の圧でしかない。
「まあそういうわけでレガリア自体が色々謎の多い物質なんだが、――こいつにはレガリアがレガリアたる概念を持っていない」
「所持者が『勝利』を捧げる聖剣や、投げれば『必殺必中』の槍、なんて強力無比な概念のことですか」
仁が上げた例に紅葉が頷く。カーミラもそれらを実際に見たことがあるのか、昔を思い出す目でそれを聞いている。
「それじゃあ、その子をレガリアとは呼べないんちゃう?」
「だから原形だと言ったんだ。元々の持ち主も御剣だったと仁は言ったが、御剣の剣聖は少々変わっている。仁、――おまえ異能を本気で使う時、自己暗示にしてる言葉があるだろ」
異能を発動させる時、仁が口にする文言は彼の趣味で口にしているのではない。
剣聖の異能は感情を殺すのではなく、凪にする。その状態を素早く切り替える最適解として仁の出した答えが自己暗示であった。
「『無念無想』のことですか? 無我の境地において剣を振るう――それが剣聖の在り方ですけど――」
「それが原因だろう。本来、戦いってのは強烈な感情が発生するはずなんだ」
紅葉は一度言葉を切って「良くも悪くも、な」と仁と春奈の顔をじっくり見る。
「だが剣聖はその感情の起伏が極端に少ない、だから――」
「マナで変異するはずのレガリアが思念の足らないマナのせいで変異の途中で止まり、WSD以上、レガリア未満という中途半端な出来損ないができたってことだ」
紅葉が自慢げに推論を披露しようとしたところで、外から戻って来た鏡夜があっさりばらしてしまった。彼は手続きの控えをカーミラに渡すと肩を揉みながらレガリアの前に座る。
「良いとこだけ持ってくなよ」
一番行動的だったのは紅葉だが、もちろん鏡夜も逐次情報が入る様にして仕事をしていた。その彼も紅葉と同じ結論に至ったのである。
「知らんな。にしても『無銘』がこの刀の本質を表してたか」
無銘――暫定的にそう呼ばれていた刀が、持つべき概念(名)を持たないレガリアだったのは皮肉なモノだ。
「そういえば、あの消失現象の正体はわかったんですか?」
「ああ、あれは概念が付かなかったが故のイレギュラーだ。あの時、おまえはアレを消したいと願っただろ?」
「確かにそう思いましたが……それで消えたと?」
「概念が固定化されなかった結果、受けるマナから概念を具現化して――レガリアと呼ぶのも烏滸がましい、わずかな力を発揮したんだ」
カーミラとの御前試合では仁が持つ思念の強度が足りず、そのあとすぐに無念無想に入ったことで条件を満たすことなく戦いは終わった。それと手にしたばかりでレガリアとの共鳴率が足りなかったのだろう。
前の戦いでレガリアが発動しなかった理由を仁に聞かれた紅葉と鏡夜は、当時の状況を聞いてそう答える。
「それにしても万能な力ですね。他のレガリアと違って具現化できる概念に幅がないので?」
久木少尉が『無銘』のレガリアとして破格の汎用性に感心する。その気になればありとあらゆる能力を持つことができるのだ、それはWSDのようなレガリアと言える力だ。
しかし隣の青葉軍曹は胡散臭そうにしている。彼の人生経験で、こういった話には必ず落とし穴があるのを知っているからだ。その勘は紅葉と鏡夜の顔を見れば当たっているのは明白であった。
「幅はありませんが、高さは低いでしょう。紅葉が先ほど『レガリアと呼ぶのも烏滸がましい』――と言った通りです。例えば消失の概念を持ったレガリアであれば、生物、非生物、魔法も問答無用で消し去ることができますが、紛い物では魔法に限定されると思われます」
「そうそう、『必殺必中』を真似ても威力が少し上がって、少し誘導する程度の影響しかないだろうね」
それを聞いて、帝がこのレガリアを本当にただ忘れていたのだと仁は答えを知った。WSDのようなレガリアとはつまり、WSDでも十分な能力しか有していないのだ。
多様な機能を持つ武器型WSDや携帯性に優れる腕輪型の方が、時と場合によっては適しているだろう。
たしかに術式を学習して魔術を使えるようになる必要がないのは大きな利点だ。けれども、レガリアとしての能力がその程度では名前負けではないだろうか。
「いずれレガリアに至る可能性は?」
「当然ある。――だが剣聖として使い続けて、仁の代でそうなるかは不明だ」
久木に敬語を使う鏡夜に対して、歳が近いんだからと紅葉はため口で話す。この辺りも二人の性格がよく出ている。
ちなみに一回り以上、年上の青葉に対しても紅葉は敬語を使わない。おそらくどっちでも気にしないとわかってるからだろう。
「そうですか、なら私が使った場合はどうでしょう」
あくまで仮定の話として、久木が確かめる。別に自身でなくとも青葉軍曹や他の信用できる魔法兵ならいい。
今の無銘に戦略的価値がなくとも、本物のレガリアへ育てることが可能なら軍人として試す価値はあるのではないか。
御剣の刀だと思ってる久木が軍で有効活用できないか考えるのも仕方のないことだ。
実際には帝に渡された刀なので、他の人間に一時的とはいえ貸し出すことはあまりしたくないと事情を知る者は思うに違いないが。
「鏡夜はどう思う、私は困難だと思うが?」
紅葉に意見を求められた鏡夜は目を閉じて少し考える。これまでにレガリアの育て方なんて考えたことも無く、簡単に答えを出すには難しい問題だった。
「私も紅葉と同意見です。一度定着したレガリアならブレることはないでしょうが、この刀は剣聖の刀としての概念がベースにあります。それを無視して育てるとなると、逆効果になるかもしれません」
鏡夜の推測を聞いて久木はレガリアの事は諦めることにしたらしい。その後の紅葉の言葉を聞いて彼は自分のやろうとしていることが間違いだと悟ったのだ。
「それにレガリアは英雄の生きた証だ。狙って作るべきではない、というのが私の内心だな。苦境――、悲劇――、絶望――、復讐――こいつが目覚めるときはどれだろうな」
ここの研究者達は知的好奇心を持つ探究者だ、けれどもマッドなわけではない。
「少尉殿、それでは北中華の非人道実験と変わりませんよ」
久木の隣では青葉もまた、彼のやろうと考えた事を諫める。
「……二人の言う通りですね。それにコントロールできるかもわからない事に手を出すべきではありませんか」
結局のところ、それは反マナ物質を作ろうとするのと変わらない。人の不幸で力を生み出すべきではないのだ。
若干気まずい空気が流れると、青葉がパチンと手を打ち鳴らして立ち上がる。
「まっ、世の中そう旨い話がその辺に転がってるなんて無いってことですよ。少尉殿、そろそろ俺らも第一に戻りましょうや」
「わかった。――仁、例の作戦は我々も参加が命じられた。不謹慎ではあるが、戦場でお前と共に戦えるのを楽しみにしてる」
久木はそう言うと自身の職場である第一開発室へ戻っていった。その後ろを青葉が「じゃあな、坊主」と陽気な笑顔で出ていく。
「仁もそれは便利な刀くらいに思っとけ。使う時は常に異能を発動させて、暴走しないよう心掛けるように」
最後に紅葉から刀の注意点を聞いて、仁達は国防軍の研究所から帰ることにした。
 




