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運動音痴の現代剣聖  作者: 本間□□
2nd magic 人工吸血鬼は恋をする
27/35

13

 室内試験場では妖艶な金髪美女が体を密着させ、黒髪の青年に悲鳴を上げさせていた。


「軍曹は羨ましいですか?」

「いくら美人だからって痛いのは……遠慮願いたいですなあ」


 腕が胸に挟まれてるわけではあるが、黒髪の青年――仁に柔らかな感触を感じる余裕はない。


 それは腕挫十字固、アームロックなどと呼ばれる関節技が決まっているからだった。


「誰が関節技を決められたいか聞きましたか。――吸血姫殿と戦ってみたいかって話です」

「いやいや少尉殿は真面目過ぎですって。美女を相手にダンスではなく、戦士として戦いたいかなんて――まだ若いのですから枯れるには早いですよ」

「そう言う軍曹はもう少し落ち着いたらどうです。家庭を持つべき年齢を随分昔に通り過ぎてますよ」


 外野の下らない雑談が仁に届いていたなら青筋を立てていただろう。その彼は必死な形相で関節技から抜ける術を考えていた。


 これが魔法無しのルールなら詰んでいるのだが、そのような制限はない。


 仁は新品のように輝くWSDへ命令を与えて、カーミラの寝技から逃れるために動き出す。




 彼がカーミラに遊ばれる発端となったのはお昼を食べてしばらくした頃。


 一同は研究所にある食堂の椅子で食休みしていた。春奈の横にはお腹いっぱい食べたティスがもたれ掛かって寝息を立てている。


 朝から研究所に来ていた仁は、昼過ぎにメンテナンスの終わったWSDを受け取ることになっている。それとティスが使うWSDもすでに選び終わっており、鏡夜に渡した書類が受理されるのを待っていたのだが――。


 そんな中、紅葉がとある提案をする。


「あの刀、WSDの動作確認のついでに軽く使ってみてもらえない?」


 何もおかしくない話である。仁は刀の能力を調べてもらうために持ち込んだのだ。


 紅葉が同僚に頼んで開発室にある機材を使ったり、分解したりして調べてみたものの、刀に込められた概念は分からず仕舞い。(なかご)――刀身の柄に被われる部分――には銘すらなかった。


 戦闘に使ってその反応を調べてみてはどうかと言われて、仁も二つ返事で了承する。


「よし! ならテストの相手は余がやってやろう」


 それを聞いたカーミラが待ってましたと言わんばかりに、にやりと笑う。それを見た仁もカーミラが何を企んでいたのか察する。


 彼女はWSDの動作確認で暴れるつもりだったのだ。


「最初からそれが狙いだったのか!」

「武器を受け取ったら試し切りするのが常識であろう?」


 この場でばらしたのは逃げ場がないからだろう。動作確認せずに帰るわけにもいかず、カーミラは力技でも試験場に乗り込むつもりであった。


「カーミラさん、受け取ったのはWSDやから試運転のほうが正しいんやない?

「ふむ、――いや刀の力も調べるなら同じようなモノだろ」

「それもそっか。まあ……うん、いってらっしゃい、ふたりとも」


 見当違いな指摘をする春奈はさらっと逝ってくるように仁を促す。


 ――どうせここ最近は学校外でやってる訓練にも乱入されるのが当たり前になってるやん、腹決めて扱かれてきたら? 


 彼女の真顔だが、笑ってる目がそう言っている。


「いやいや、ここは軍の研究所だからな? 相手なら少尉も軍曹もいるだろ」

「私は遠慮しておきますよ。仕事とはいえ、レガリアを持った相手と相対したくありませんので」


 全力で拒否する口実を持ち出すが、仁の無駄な努力はすぐに打ち砕かれた。


 飛んできたフレンドリーファイアーは若い軍服男が放ったものだ。


 その男は混じりけのない黒髪にビシッと着こなした軍服が、いかにもエリート軍人であると主張している。かといって堅苦しいかと言われると、爽やかな笑みがそれを和らげてくれる。――ただその笑みは若干、黒さのようなモノを感じさせるのだが。


 彼の階級章には一本線と桜星と言われるマークが入っており、それが少尉であることを示す。


「俺も断る。誰が巻藁になりたいっていうんだ」


 その少尉と一緒に入ってきたのは爽やかと真逆の暑苦しい中年男性。


 少尉と同じ軍服ではあるものの、着崩した上着の前は開きそこから見える黒いシャツの下は逞しい筋肉がその存在をアピールしている。


 似たような服装でありながら全く別の印象を与える凸凹コンビは仁と親しい軍人であった。


「久木少尉! 青葉軍曹! お久しぶりです。誰もお二人で試し切りするなんて言ってませんよ」


 二人を視界に入れた仁は立ち上がり、しっかりとした敬礼をする。当然ながら仁は上官、部下、同僚、どれでもないのだが、いつもの癖で久木達も同じく敬礼で応えた。


 昔から専用WSDの調整に付き合ってくれたこの二人は、仁にとって兄貴分であり年の離れた友人と言える。なのでこれくらいの軽い冗談を言い合うのはいつものことであった。




 そんなことがあって兄貴分に見捨てられた仁は、カーミラにアームロックを掛けられることになった。


 カーミラもわざわざ実用性の無い攻撃をするあたり、お遊びの気分が大きいらしい。


「イギギッ。――そんな攻撃、どこで使うんだって話なんだよっ!」


 仁は固定された左腕を念動でカーミラ共々に持ち上げる。

 

 吸血鬼の身体能力が高いとはいえ、体重は女性相当でしかない。踏ん張りの効かない状況で持ち上げられるのに抵抗することは困難であった。


「一度誰かに仕掛けてみたかったのでな。妹たちにやるのも可哀そうだろう?」

「俺ならいいのかよ」


 カーミラはあっさりと仁のアームロックを解き、仕切りなおす。


「これも親愛の証だろうに、有難く受け取るがいい。――が、さすがにおふざけはここまでだ。妹に遊び惚ける姉と思われても困る」


 一度関節技を決めて満足した彼女は改めて二本の剣を生成し、軽くそれを振り赤い血を撒き散らした。


 遠くで見学するティスも目を擦りながら二人の戦う姿を見て、頑張れと手を振っている。


「もう手遅れじゃないか?」

「なるほど、挽回するためには余も頑張らねばいかんということだな」

「余計な藪突いちまった! ほどほどで良いってティスも思ってるぞ」


 仁は無銘の刀にマナを喰わせるが、やはり何か力が発動する気配はしない。帝の言う通り頑丈な武器として使うしか、今の仁にはなかった。


「よっ――と」

「どうした、最初に戦った時より大人しいじゃないか」


 すでにカーミラには仁との戦い方に慣れてきたように見える。


 お互い純粋な技量のみで戦っている。さすがに全力全開でいざ勝負、という場面ではないからだ。過剰な攻撃は控えると、どうしても異能に頼らない戦いとなってしまう。


 剣聖の異能とWSDの力で仁が高い戦闘力を持つと言っても、長く生きる吸血鬼の戦士相手では経験値が足りない。


「あんたがガチガチに対策を組むからだろ。剣術と異能の二刀流なんてズルいだろ」

「これは余も初めて使う歪な二刀流であるが、なかなか楽しいぞ」


 カーミラの右手は只の剣術を扱い、左手は宙に浮く剣を操る。いくら仁が彼女の動きを無刀取りで止めても、その隙は異能で動く剣が防いでしまう。


 攻めたいタイミングで巧みな妨害を入れる浮遊剣に仁の苛立ちが溜まる。それが思わず口に出ても何もおかしなことではなかった。


「――消えろ!」


 何度と繰り返した、横から飛んでくるカーミラの剣を仁は同じように無銘の刀で弾こうとした。


「なっ、……お主、異能は使っておらぬよな?」


 仁は剣が弾かれて遠くへ飛ばされる姿を想像していた。それはカーミラも同じであり、次の剣を生成していたのだが――思っていた結果と違い生成が途中でキャンセルされた。


「使ってないぞ、それに俺の異能に物を消す力はないさ」

「……レガリアの力か」


 剣は無銘の刀とぶつかると同時に消失した。その現象は空間切断でも、概念構造体の脆弱な箇所が攻撃されたのでもない。文字通り姿が消えたのだ。


「二人とも試験は終了だ。着替えを済ませて開発室のほうに戻ってくれ。その間に情報を整理しておく」


 紅葉は機材のデータを全てコピーし、厳重に扱うよう同僚に指示を出す。


 その顔は何かしらの答えを見つけたらしく、早く開発室に戻りたそうにしている。


「愛羽さん! 同調システムとかを使ってませんが?」

「ちっ、その辺は私がいなくてもいいだろ。レガリアだけ預かるから勝手にやっといてくれ」

「ちょっと愛羽さん!?」


 そう言って愛羽はレガリアを回収して足早に試験場を出ていった。ちゃっかりその後を春奈もティスを連れてついていく。


 見慣れた動作確認テストを見届けるより、未知のレガリアを調査する方が楽しいに決まってるからだ


「……レガリア無しではつまらんな。余は先にシャワーでも借りるとしよう」


 それはカーミラも同じらしく、彼女もまた汗を流す為にシャワー室に一人で歩いて行った。


 残されたのは第三開発室の男衆ばかり。彼らも美しく舞うカーミラに見惚れていたので、肩を落としてガッカリしている。


「いつも通り、男臭い試験場になったな」

「田中さん達は滅茶苦茶な事言い出さないのでそれはいいんですけど。どこか釈然としないのはなぜでしょうか」

「知らねえよ」

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