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短編で「戦場帰りの少女は恋を知った。」も投降しました。
読んでもらえると嬉しいな。
「懐かしい匂いがする」
「――生体系と機械系で違うとはいえ、同じ研究施設だからな。なにかしらの共通点があってもおかしくないんじゃないか」
仁は学校の合間を縫って軍の施設に来ていた。ティスとカーミラのためにゲスト用の手続きを済ませて、いつもの開発室へ続く清潔にされた廊下を歩く。
「そうなの?」
「知的とか科学者特有の空気ってやつ……かな?」
「正確には違う。お前たちが言っているのは雰囲気の話であって、ティスは吸血鬼の嗅覚を言っているのだ」
ティスと手を繋いで歩く春奈はカーミラの言いたいことが分からず首を傾げる。それと一緒になってティスも春奈の真似をしている。
「嗅覚?」
さすがに外では目立つという事で夜が似合うドレスから、パンツ・ルックに着替えてるカーミラはどこか心躍らせているかのような表情で最後尾からついてきていた。
その彼女は人間と吸血鬼の違いについて少し説明してくれる。
「余らは匂いと呼んでおるが、吸血鬼はマナに含まれる思念を嗅覚で感じることができる。ティスはその吸血鬼特有の感覚を言っておる」
それは視覚でマナの情報を得る魔眼を嗅覚にしたような物だ。さすがに魔眼ほどの情報を得る事はできないが十分に有益な能力と言える。
「――そっか」
それを聞いたティスは少し頬が緩み、しきりに鼻を動かす。懐古の匂いを記憶に残そうとしているのだろう。
「カーミラのほうは随分嬉しそうだな。こういった施設に興味がないと思ってたのだが?」
「うむ? 気にするな。他国の研究機関に入れるなぞ、好奇心の塊な妹に良い土産話になると思っていただけだ」
「……それが全部って訳じゃなさそうだな」
含みのある笑みを浮かべるカーミラの表情は、この一週間で幾度と見た悪巧みの顔だ。
意外と――ではないが、このお姫様は人を困らせるのが好きだ。仁達が学校のある間、ティスの勉強と護衛をするカーミラと夕食まで一緒にするのが当たり前になっていたが。
その時に見せる顔を今もしていた。
「くっくっくっ、レディの内面を探るでない。――どうせ後になればわかる」
「変な事を考えてくれるなよ?」
「余をなんだと思って――」
「戦闘狂だろ」
食い気味な仁にカーミラは一瞬真顔になった後、吹き出した。
――打てば響く、なんと心地のいい会話のコミュニケーションか。
カーミラは姉妹とは違う、弟が居たらこんな風だったのかもしれないと密かに妄想していた。
「ふむ、――否定はせん」
「……それでいいのか、吸血姫」
「人生楽しんだ者、あるいは満足した者の勝ちであろう、のう?」
「はいはい。有難い含蓄だとは思うが、それは免罪符じゃないからな。――っと、着いたぞ」
歩きながら話してた仁は立ち止まり、とある一室のセキュリティに自身のIDカードを読み込ませる。
「ここが国防軍東京魔法兵器開発研究所、第三開発室。俺のWSDを開発した所だ」
そう言って仁が先に開発室へ入る。
ここは歩兵兵器を専門に開発している研究所である。なので地方にある設置・搭載兵器を開発しているところとは広さで劣っているが、都内の研究機関としては最大の規模だろう。
なお第一開発室が魔法兵の使う装備、第二開発室は一般兵、あるいは機械化兵が使う装備を開発している。
もちろん軍や国の研究機関がここだけでということはなく、京都、沖縄を中心に同規模の魔法研究機関が幾つもある。ここは数多くある研究機関の一つに過ぎない。
「お久しぶりですね、秋山さん」
開発室では事前に送っていた暗号化された仁の戦闘記録、それを技術者一同で確認していた。
その中の二人組の男女に仁は話しかける。仁の後から入った春奈も「先生、遊びに来ましたよ」と手を振って自分の存在をアピールする。
「おい、仁。その呼び方は止めろって言ってるだろ」
金髪に紫がかったサングラス、チャラさより爽やかな印象が強い軍服の男。|栗栖鏡夜が「秋山さん」と渾名で呼ばれて嫌そうにする。
「今さらだって、試験部隊の魔法師君達にも定着しちゃってるじゃん」
「俺はお前とセットで扱われるのが嫌なんだよ。なんで、お前が出し忘れた書類の催促が俺の方に来るんだよ!」
ソフトウェア開発責任者、鏡夜の相棒ともいえるハードウェア担当の愛羽紅葉のほうは特に気にしておらず、いつもの迷彩の作業服に愛用のコーヒーカップを手に持つ。
誰が呼び始めたか不明であるが、栗と紅葉で秋の山コンビと定着したのは彼らがこの研究所に入って間もないの頃。それは仁と春奈に出会ったのと同じ時期であった。
「いやあ、いつも悪いね。ほら、わたしに言うより保護者に言ったほうが早いだろ?」
「おまえってやつは……」
これがいつものやり取りだ。傍目から見ても仲の良さのせいで、秋山コンビなんて言われてるのを鏡夜だけが気付いていなかった。
「愛羽さん、よろしくお願いします」
ほっとくといつまでも夫婦漫才してる二人に仁は用件を済ませるため、紅葉に両腕のWSD差し出す。それを紅葉はコーヒーを置いて受け取る。
「あいよ。といっても今回は時間がないからガワとかは予備パーツ使って、換えのない量子コンピューターを移すだけだがな」
腕輪型WSDは大雑把に記憶領域、マナバッテリー、演算装置、仮想ディスプレイなどの入出力装置の4つから構成される。
この中で演算装置だけは交換せず、今の物をそのまま使う。小型の軍用量子コンピューターは大変高価な軍事物資だ。御剣の次期剣聖だからと、二個三個と融通できる代物ではない。
目を細めて演算装置に故障がないか確かめる紅葉から離れ、仁は欠伸をして眠そうな鏡夜に近づいた。
「徹夜だったんですか?」
「ああ、プログラムの修正は手元に無くともできるからな。俺の仕事はあと微調整だけだ。しかし随分と……、空間切断を使ったみたいだな」
WSDに内蔵された学習機能が空間切断の高負荷な処理にエラーを吐いて、解消するのに苦労したと鏡夜は仁に愚痴る。
確かに魔法科学校に入ってから、すでに三度の戦闘で使っている。一ヵ月もしないうちに実戦でこれほど使ったことは確かになった。
いっそのこと学習機能は切ってしまえばいいと思うかもしれないが、仁の思考と動きのラグを緩和するためのモノ。これを捨てる選択肢は最初からない。
「戦闘記録を今も確認してたみたいですけど?」
「それはあれだ――、お前の専用装備をどの方向で作るかプランを考えてただけだ」
「専用装備……ですか?」
自分の思った通りに体を動かせる腕輪型で満足していた仁に、「何言ってんだこいつ」と鏡夜の目が言っている。
「おいおい、ここはユニークスキル持ちの専用装備を作る場所だぞ? リングを作っただけで終わりと思ってたのか」
「はははは、あれだけで十分な性能でしたので」
「おまえ……、完全に忘れてるだろ。ヘバスはお前の代償異能を克服するためだけのモンだぞ?」
腕型WSDを開発陣はハイエンド バイタリティ&アシストシステムでHeBAsと、セバスに被せた名前を付けている。
またヘバスは内部の、式神の技術を組み込んだWSDの学習AIを指す場合もある。
「勘違いしてただけですよ、ついでにこれもそのプランに組み込んでもらえます?」
仁は楽器ケースのような入れ物から、帝に与えられた刀を取り出し近くの作業台に置く。
鏡夜が軽く見た感じ、それはただの真剣である――ここは天上神域のような濃いマナが無いため発光反応をしていないのだ。
「なんだこのWSDでもない古臭いカタ――ナ、じゃねえぞ!」
大声と共に勢いよく立ち上がった開発室の責任者に、技術者達がなんだなんだと集まり始めた。
もちろん紅葉も気になるようで視線だけはそちらに向けている。
「機械的なパーツは見られませんがなんです、それ?」
一瞬マナを流したと思ったら、すぐ手を引っ込めた鏡夜に部下が不思議そうな顔をしている。
しかし、鏡夜のほうに訳を話す余裕はない。なにせ感触を確かめようとマナを流した瞬間、スッポンみたいに吸い付かれたのだ。
「オーバーテクノロジーウェポンズ」
鏡夜は決して手では触れず、作業台に乗せたまま下から横から――あらゆる方向から目を見開いて、それを確かめる。
「――は?」
聞いた部下だけではない、周囲の技術者たちも全員頭に疑問符を浮かべている。目の前にある古臭い刀が博物館に並ぶような国宝級の希少品と聞かされればそうもなる。
「だからオーパーツとか、リーサルウェポンとか、レガリアとか呼ばれるアレだって言ったんだよ!」
「「「はああああ?!」」」
「エクスカリバーや、アスカロンで有名なあれですか?」
「日本人なら天叢雲剣を例に出せよ」
「……そういう話じゃないだろ」
好奇心より破損した場合の恐怖が強い技術者達の中で、演算装置を放り出した紅葉がしゃしゃり出てきた。
「まじ!? 見せて見せて――てか触らせろ」
戦闘で使う為に仁はここに持ち込んだのだ。壊れたら壊れたで、実戦に使える耐久性ではなかったと言えばいい。そんな風に思ってる紅葉は鋼の心臓で刀に手を伸ばした。
そこらで上がる悲鳴を無視して、仁は鏡夜に刀の出処を話す。
「過去の剣聖が使った刀か。来歴を考えればレガリアになっていてもおかしくはないのか?」
どれだけ御剣の剣聖が使ってきたのか不明だが、御剣には多くの妖怪と戦った歴史がある。その中でレガリアを手にしていてもおかしくはない。
今まで部外者だから、静かに傍観者をしていたカーミラは無意識に思っていることを口に出す。
「小さい男共よの。女の方が肝が据わっとる」
それを聞いた鏡夜も情けないとは思いつつも、一応の言い訳を入れてから自己紹介を始める。
「科学者は思慮深い方が好まれると思いますがね……。挨拶が遅れて申し訳ありません。私がこの開発室の責任者、栗栖鏡夜です。あなたが夜の国の黄金姫で?」
男ばかりの職場で、ちらちら横目で美女を気にする人間も多かった。しかし吸血姫だと知らされている彼らに話しかける度胸はない。
鏡夜もカーミラの美貌とオーラに臆しており、仁が紹介してくれないかと責任者として挨拶する機会が掴めずにいた。
「うむ。今回は末妹が世話になる」
静かに春奈の手をぎゅっと掴んでいたティスが小さくお辞儀する。その姿に、彼女が吸血姫の妹だとわかっていても和む空気が男女問わず流れた。
「いえいえ、WSDの用意と手続きだけですから、手間って言うほどの物ではありません。――安部君、そっちのお嬢さんが使うWSDはテストルームに用意してあるから、どれがいいか選んできてくれるかい?」
「わかりました」
吸血鬼組が国の研究機関に来ていたのはティスのWSDを入手するため。
女王やカーミラがWSDを所持していないからといって、ティスも持たない理由にはならない。夜の国の住民ももちろんWSDを使うのが当たり前だ。
「よく許可がでましたよね。どのルートでWSDを確保するか困っていたんですけど」
三人が移動するのを見送り、仁は持て余した時間を鏡夜と雑談しながら潰すことにした。
さすがの紅葉もレガリアをずっと弄ってる訳にもいかず、同僚に首根っこを掴まれて今は自分の仕事に戻っている。
「君の父君が国益を持ち出して説得をしてくれてね」
「国益ですか?」
御剣東は危険性ではなく、利益によって関係者を言いくるめた。
吸血女王と敵対するリスクーー過剰な恐怖で説得するのは、彼女達との溝を深める。それならば、友好的にした場合のメリットを提示した方が説得しやすい。
「もしかしたら夜の国にWSDを輸出できるかもしれない……とかね」
「なるほど。夜の国は工業的な部分が弱いって聞いたことがあります」
現在も細々とした貿易はある。けれどその繋がりをさらに強固なモノにできれば経済以外の影響は大きい。
夜の国と親密になる意味は仁が思っているより大きいのだ。
「弱いじゃなくて大量生産大量消費の文化ではないのさ。だから科学的な知識が先進国より劣ってるなんて思わない方が良い。それどころか特定の分野は最先端にあるはずだ」
特に医学の中でも血液関連が有名な分野だった。カーミラが好奇心の塊と称した妹が吸血鬼の肉体について調べ尽くした成果の一つと言える。
「彼女達が国家機関の立ち入りを許可されたのは、夜の国が中立的立場を数百年維持してきたことが一番の要因だと俺は思うがね」
中華内乱のような、邪仙がダンジョンで世界を亡ぼしかけるみたいな凶行を行わなければ吸血鬼も動かない。
愚か者が喧嘩を売らない限り、彼らは平和的な種族なのであった。
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