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御調が密かに調査を始めた旧研究区にあるバチカン所有の研究施設。そこに血の狩人を名乗った男達が居る。
「例の男から通信が来ています、隊長」
「隊長はよせ、マリウス。とっとと通信機を寄こせ」
いまだに『欧州十字教会』の正規部隊だった頃の呼び名が抜けないマリウス、対異能部隊の副隊長だった彼は上司だったヨハンに外部協力者と繋がった通信機を手渡す。
通信機を手に取った上司の脳裏に浮かぶのは、中華人である胡散臭い男の顔。表向き利害の一致から協力してるが、その裏で何か企む自身が嫌ってる男でもある。
「――メッセージだけのやり取りばかりだった貴様が、直接連絡をしてくるとは何かあったか」
「ははは、緊急って訳ではないのですが伝え忘れた事がありまして。それとヨハン『隊長』殿、アレを直接お届けできず申し訳ありません。こちらも日本の猟犬に追われてる身ですので」
相変わらず腹の立つ中華人だ。ヨハンは小さく舌打ちし、さっさと全滅しろと心の中で唾を吐く。
「そちらの事情はどうでもいい、何のようだ」
「はははは、随分嫌われた物ですね」
「支援物資を送ると聞いて、届けられたのが実戦にすら出ていない試作品だ。どう喜べと?」
彼が今いるのは研究施設の中でも、ダンジョンの素材などを収納する大きな倉庫。そこでは自分と同じ除隊扱いになった部下が物資を搬入してる最中であった。
ヨハンが視線を送るのは人が10人は軽く入る大きさの金属コンテナ。支援物資に混ざるそれをまだ確かめていないが、事前に聞いている話通りなら北中華製の新兵器が入ってるはずであった。
「確かに実戦投入はまだです。ですがあなた方には必要な戦力だと思ったのですが?」
「――否定はせん。新たな真祖が成長する前に、芽を仕留めるのが我らの使命。その協力には感謝する」
ヨハンは黒い虫と同程度の感情しかない相手であっても礼を言う。
ヨハン=エルドレッドは真面目過ぎた。だからこそ将来大きな爆弾となりえる、幼い真祖の芽を潰すことに躊躇いが無かった。
ある意味狂信者なテロリストと変わらないのだが、御三家と帝が居なければ日本も同じ決断をしていたかもしれない。
「いやはや、どういたしまして。こちらとしましても目の数が散ってくれるのは助かるので、持ちつ持たれつというやつですよ」
「近く日本で戦争を起こすつもりか――」
ロシアで真相のクローンが作られていると、座標付きで欧州十字教会に情報を流したのはこの男である。教会は北中華の思惑と考えているが、ヨハネの直感はこの邪仙が独自に動いているのだと告げている。
「はっはっは、さすがにそこまでしませんよ。――私はね? それに本国もアレの戦闘データを取れたら満足してくれるはずです。今の彼らに全面戦争を始める余裕はありません」
中華内乱では裏に何人もの邪仙がいた。それは主に北側(政府勢力)に手を貸していたため、北側は大規模な武力衝突を選んだのが内乱の始まりである。
ステイツの武器や資金の提供程度の支援なら、十二分に勝機はあると政府軍は考えていた。――まさか彼らも邪仙がダンジョンに関わる条約を破り、世界中から禁忌級の魔法師を送られることになるとは思っていなかっただろうが。
その結末が当時の中華指導者の暗殺と領土の半分以上を失う事となった。
今の北中華に大規模な戦争を起こす体力は無いのだ。
「他人の土地に火種を持ち込んでおいて言うことではないな」
「私は命令されてるだけですよ? それに彼らの家は今にも大火事を起こしそうで、形振り構っていられないのです」
東西ドイツ問題と同じで南北中華でも経済格差は広がり続けている。
また内乱が起こって今度は自分達の首を吊るされる、彼らはその強迫観念と過去の亡念で軍備拡張に躍起となっているのだ。
「あの内乱の理由は貧困だけではないだろ」
「それがわかる頭を持っていたら、あの老人どもが――」
男の苦労がちらほらと覗けるのはヨハネを爽快な気持ちにさせてはくれるのだが……、それがずっと聞くつもりもない。
「はあ、――伝え忘れたのは本国の愚痴か?」
「失礼、もちろん違います。少しお伝えしておきたい情報がありまして」
「なんだ」
ようやく本題に入るのだがヨハンの顔は苦々しい。情報提供すら部外者に頼らざる得ないほど厳しい状況なのだから、それもしかたない。
真祖と本気で対立した場合を考えて、ヨハン達、偽装部隊は十字教会と接触はできない。
もし彼らの正体が知られたとしても、離反者だと言い逃れができるようにはしてある。ヨハンが若手を扇動し組織を離れたとカバーストーリーを、ヨハン自身が用意していたのだ。
「実は吸血姫が東京に現れたと目撃情報が」
「戦闘狂と知識狂いのどちらだ?」
引きこもりの本狂いや面倒を起こしそうな収集家が東の果てにまで来るはずがない。となると、候補となるのはこの二人ぐらいだ。
「容姿から前者ではないかと」
「――はん、女王でないなら幸運だ」
「それとすでにクローンとも合流を済ませて、日本の魔法師と共同であなた方の排除に動いてるようです」
「日本がクローンを守る為に? まさかアレが真祖から作られたと知らんのか。――いや、テロリストを名乗ったから排除に動いたか――どちらにせよ愚かな」
テロリストを装ったのは間違いだったか。
ヨハンは偽装の一環でその名を使ったのだが、それが裏目にでた。まさかクローンの吸血鬼を守る為に動くとは想定していなかった。
日本も真祖の危険性を理解してるはず、なら早くても我々がクローンを殺してから動く。ヨハンはそう考えていた。
「クローンの居場所はそちらに送った物資の中に紛れ込ませたので、活用してください。――では私はこれで。――グッドラック 神の槍」
最後まで皮肉交じりな張李は通信を切る。
ヨハネはすでに切れた通信機に「私はすでに『帰還する者』ではない」と呟き、通信機を部下に返した。
「隊長、そんなにあの男が嫌いなら私が対応しますが?」
「気にするな。物資の中に情報が入っているそうだ。それらしいモノを持ってこさせろ」
「了解」
マリウスは物資の整理を始めていた部下に、データが入ってなかったか確認させる。
遅かれ早かれ部下が見つけるであろうデータは後にし、ヨハネは実際に新型兵器を見るために金属コンテナへ一人、歩いて行った。
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