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運動音痴の現代剣聖  作者: 本間□□
2nd magic 人工吸血鬼は恋をする
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「お手数をおかけしました、陛下」


 尊大な吸血姫が恭しく頭を下げたのは夜を支配する女帝であった。


 吸血姫と並んでも優劣の付けられない艶麗さに、吸血鬼は皆そうなのかと仁は余計な事を考えてしまうほどである。


 女王の仁を見る瞳は爛々と紅く輝き、それだけで呑み込まれてしまいそうな魔性を持つ。かの有名な吸血鬼の魅了がどういう物なのか、仁は身をもって体感する。


「構わぬ、妾もミカドと共に楽しませてもらった」

「あなたが吸血女王の――」


 仁は女王の名は出さない。資料から簡単に知ることはできたが、許可なく王の名を呼ぶのは不敬である。


 ただ、これは古い時代の話なので必ずしも守る必要がある物ではない。


「軽々しく名を呼ばぬのは感心よ。しかし、貴様には妾の名を呼ぶ名誉を与える。妾の名は吸血鬼の女王、エリザベート――エリザベート=アルカードである」


 尊大ではない。威厳を纏ったエリザベートは地面より高い御所から尻餅をついたままの仁を見下ろしている。


 そんなエリザベートがパチンと指を鳴らすと、荒れ果てた庭が元の状態へ書き換えられていく。


「これが――現人神の魔法」


 ――伝承で語られる現人神のみが使える魔法の一つ、時空魔法。


 魔法はマナの力で『一時的』に現実を書き換える力。それを無視して、魔法を長期間残せるのは帝、または女王のマナがあるからこそ。これほど濃いマナであるなら、完全に固定化するまで効果が続く。


「妾の眷属よ、『当てられたら褒美のひとつでも与えてやろう』――だったな」

「はっ、あれは一太刀いれたとカウントしても問題ないかと」

「うむ、剣聖の子よ。何か望みはあるか?」


 女王に尋ねられた仁は考える間でもなく望みを口にする。ここにきた目的でもあり、帝に吸血鬼勢力との仲介を頼むつもりだった仁としてもまたとないチャンスである。


「クローンで生み出された吸血鬼――サーティスを認めて頂きたく」


 仁は片膝をついて、姿勢を正して願い出る。


「妾に引き取れとは言わぬのか?」

「奴らがどこから遺伝子を入手したのか知りませんが、エリザベート殿とティスは無関係。ならば、陛下に『望み』で預けるのは仁義にありません」


 吸血鬼のクローンであるティスが吸血鬼の女王と無関係であるはずがない。それでも仁は真っ直ぐにエリザベートへ言葉裏に告げる、危害を加えるつもりなら――と。


「それに、我らは行き場の無い異能者を保護してきた一族の末裔。その誇りを私が捨てるわけにはいきません」


 どこか試しているかのような女王の目に、仁は臆する事なく答えた。その問答は正解だったらしく、女王はさらに目を細め紅い唇を歪ませる。


「良かろう。ただし、アルカードの姓は名乗れ。それだけは譲るわけにはいかん」

「それは――」


 アルカードは女王と直属の眷属である姫のみが名乗る名のはず。仁もそこまで厚遇される理由が分からず困惑している様子だ。


「あれも妾の吸血姫として扱う」

「ティスを吸血鬼勢力に所属させるという事で?」


 仁の問い掛けに女王は「そうではない」と拒絶する。その顔はどこか寂びそうにも見えた。


「それは無理な話なのだ。あれの出自は色々と面倒ばかり。吸血鬼と関わりの無いお主の所の方が、あの者にとっても幸福であろう」

「陛下は何を知って――」


 自分の知らない事情を女王は知っている。仁はそれを聞き出そうとするが、女王は話を強引に終わらせようとした。


「あれを庇護に入れるつもりなら、日本に入り込んだ虫はお主らで排除せよ。妾の姉妹を守ると口にした男が情けないモノを決して見せるでないぞ」


 女王は訳も言わず、吸血姫に一言二言伝えると転移で御所を去っていた。


「……ティスはただのクローンじゃないのか?」

「一つ大事な事を教えてやる。吸血姫に銀の髪を持つ者はいない。あの色を持つのは下位の吸血鬼か、女王陛下その人だけだ」


 何故かこの場に残された吸血鬼の姫が伝えた情報に仁は愕然とする。ティスの銀髪がクローンによる変容ではないなら、彼女は吸血鬼の女王と同じ血を持つことなる。


「それとこれは余からの褒美だ。有難く受け取れ」


 そう言って彼女は呆然とする仁の頬に口づけし、耳元で自身の名を告げる。


「余の名はカーミラ――由緒正しき吸血姫の筆頭だ。また次に会う時を楽しみにしている……御剣仁」


 最後に妖艶な笑みを浮かべたカーミラは一人、森の中に消えていった。


(退屈、美女の接吻を余韻に浸っている所申し訳ありませんが、そろそろ私の元へ来ていただけませんか)

「帝様、色々衝撃的すぎて愕然としていると言っていただけませんか」





 精神的な疲労も抜けきっていない仁は帝に急かされながらも、ようやく御所に入ることができた。


 謁見の場は平安時代の貴族といえばわかるだろうか。数えるのも億劫になる枚数のある畳の間に、桜や紫陽花の絵が描かれたふすまが奥まで続く。


 その最奥、御簾越しに一人の女性が静かに佇んでいた。


 仁は畳みの上で平伏し、帝の言葉を待つ。


「歓迎、ようこそ――御剣の子。私が日本最古の魔法師、天上乃帝(てんじょうのみかど)。人だった頃の名は……覚えておりません」

「――御剣仁です」


 御簾越しの帝は「頭を上げてください」と感情の起伏が乏しい声で許可を出し、部屋の隅にいる辰馬に御簾を取り除くよう命ずる。


 独特な言い回しが印象的で、口調は少々硬いがなんとなく可愛らしい女性だと仁は感じた。


 そんな帝の顔が御簾を退けられて露わとなる。


「御簾を用意しろって言ったのは帝様でしょ? 最初から顔を御見せになるなら何のために用意したのですか」

「重要、第一印象とは大事なモノ。やはり身内とはいえ雰囲気の演出は必要だと考えますが、御剣の子はどう思いますか?」


 帝は可愛らしくちょこんと首を傾げながら仁にも意見を求める。


 若い――、それが帝への印象だった。女子高生、人によっては中学生にも見える黒髪の乙女。尊顔には白い布の目隠しが巻かれその目を見ることはできない。


「帝様がどう思われたいか、によるかと」


 帝の持つ力の片鱗を、剣聖の異能を通して感じ取る仁は緊張しながら答える。


「納得、では神秘的な私を演出できたと思いますか」

「――はい」


 ドキリと心臓の鼓動が早くなった気がした。


 ここに来るまでの言動のせいで、帝の神秘で出来たカーテンが吹き飛んでしまっているのは仁の責任ではない。


 目を隠しているはずなのに仁は帝の視線を感じる。きっと目隠しの下は半眼になっているのだろうと思っていると、帝は目隠しを少し下にずらした。


「了解、『可愛らしい女性』……と。神秘さは演出できませんでした……、しくしく」


 扇で顔を隠してはいるが、演技の欠片もない泣き真似である。そんな帝に困る仁に、呆れ顔の辰馬がフォローを入れる。


「帝様、言葉のキャッチボールも大事にしてやってください。勝手に心を読むのはいけませんよ」

「否定、御剣の子は気にしていないようですが?」


 叱られた帝は意も介さない。

 

 彼女にとって心を読むというのは会話と同義なくらい自然なこと。目隠しの封じも効果があるのか怪しい。


「自分も似たような能力を持ってますので、気にしないでください」


 あっさりと心を読まれた仁に嫌悪感はない。そもそも相手は社会的にも生物的にも上の立場だ、心を読まれたくらいでどうこう言える力関係ではない。


「剣聖が読むのは心ではなく動きだろ――ってある意味同じもんか。だが帝様を甘やかすな、駄目なモノは駄目だとだな――」

「本題、貴方のお願いは吸血鬼勢力との仲介だと思っていましたが、いかがでしたか?」

「――ちょ、ちょっと帝様?」

「はい、ありがとうございます。おかげであの少女が抱える問題の一つを取り除くことができました」


 辰馬のお小言を遮る帝は知らん顔で呼び出した本題に入る。仁も帝に話を振られて無視するわけにもいかず礼を述べることにした。


 小言を遮られた辰馬は肩を震わせて半笑いである。思わず「おまえら……」と言ってしまいそうになるのを必死に抑えているのだ。


「はいはい、どうせ俺は帝の玩具ですから。坊主は覚えとけよ――娘にある事ない事吹き込んでやる」

「辰馬さん!? 俺が帝様の話を止めるわけにはいかないでしょ」


 帝に悪意があっても、仁に関してはただのとばっちりだと辰馬もわかっているが――。実は仁も面白がって帝の話に乗っているので、完全な被害者という訳でもなかった。


 心を読んでそれがわかってる帝はご満悦である。


「放置、中年が拗ねた所で需要はありません。というわけで真面目な話を済ませましょう」

「けっ、俺は車の用意でもしてきますよ」


 このままこの場に留まっても碌な目に遭わないと察した辰馬は、仁の帰り支度をすることにした。


 平気な顔で帝と話してはいるが、御前試合と称した神々のお遊びに付き合わされた仁の疲労はかなりの物だ。大人としてそれを見過ごすわけにはいかない。


「助かります、帰りの運転をどうするか困ってたので」

「坊主のバイクは適当な奴に運転させとくからな」

「ありがとうございます」


 結界の外までバイクを押して、祥子に迎えでも頼もうか考えていた仁は辰馬の気遣いに感謝する。


 背を向けて手を振る辰馬は本来、飄々とした粋な男なのだ。帝の戯れで三枚目のような扱いではあるが、無能な人間がここに立っているわけがない。


「小事、エリザとの問題は解決したのであとは小さな問題だけです。御調にも協力するようお願いをしてあるので、後日そちらの方で連絡を取り合ってください」


 辰馬がいなくなって、帝も真面目に話をするつもりになった。さすがにフォローできる人間が居なくなった状態で悪ふざけするほど帝も鬼畜ではない。


「わかりました。それとこの刀もお返しします」

「――不必要、それは御剣の子が持つのが最善。許可は辰馬にでも言ってなんとかしてください」


 帝に貸し出された刀を仁は丁重にお返しするが、彼女はそれを受け取らなかった。


「しかし、これはレガリアでは――」

「勘違い、それの前の持ち主は御剣でした。私は預かっていたものを持ち主に返しただけです」

「……そういう事情ならば受け取らせていただきます」


 与えられたモノを返すのも不敬である。仁はレガリアの刀が持つずっしりとした重みを手に感じながら、自分の横に戻した。


「確認、他に聞きたいことがありますか?」


 帝は「今回と関係ない話でも構いませんよ」と質問の幅を広げる。おそらく仁に聞きたいことがあるのだとわかって言ってるのだ。


 神通力を持ち人間とは比べ物にならない知識量を蓄える帝と話ができる機会なぞ、次がいつになるかわからない。仁は久方ぶりの新しい子との交流が楽しそうな帝に遠慮なく尋ねることにした。


 「それでは――」


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