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運動音痴の現代剣聖  作者: 本間□□
2nd magic 人工吸血鬼は恋をする
20/35

5

 そこは東京とは思えないほどの大自然が残った森林。それも当たり前である、なぜならここは日本最古の異能者、帝様の為に作られた場所だからだ。


 蓮司達には御三家が天皇の転居と共に東京へ来たと教えたが、それは正しくない。御三家は天皇ではなく、帝のために首都へと移ったのだ。


 時刻は夕刻。土曜とはいえ、謁見には遅い時間に呼ばれたのには何か理由があるのだろうか。


 整備された道でバイクを走らせる仁は一人で御所のある中心部にまでやってきた。


「これが天上神域か。空気が澄みすぎて息苦しい気がするな」


 仁はヘルメットを外して新鮮な空気を肺に入れる。少し緊張もしているのか、深く呼吸をし過ぎて咽てしまう。


 そして改めて御所を見て、仁は要塞のようだと感じた。御所を中心に賀茂家と御守の本家分家といった魔法師の総力を結集して作り上げられた、数十にも及ぶ複雑怪奇な結界。


 互いに干渉しあうことも考慮して設計され、これを作るのにどれだけの労力を割いたのか。軽く現実逃避気味な見学をしていると仁の耳に、


「帝様のマナに委縮してんだよ」


 と、低い男の声が届く。


 御所の入口から出てきたのは一人の白髪交じりな男性。羽織を着た男はキセルが似合いそうな貫禄のある風貌をしており、両腕にはWSDを身に付けているのが見える。


「あなたは――、御所の守衛殿でしょうか?」

「ああ、二階堂辰馬だ。娘とは学校で仲良くしてくれてるみてえじゃねえか」

「時雨先輩の……。って侍従長じゃないですか」


 自分を出迎えるために外まで出てきたのが帝を除き、この場所で一番立場が上の人間だった事に仁は目を開き驚く。


 二階堂の『月鏡つきかがみ』。そう呼ばれる辰馬は御守が信頼する魔法師の一人と言える。


 帝のお世話を担当するのは宮内庁ではなく、魔法省となっている。これは魔法省トップが御守であるからだ。


「はんっ、なんでもいいんだよ。どうせ、警備なんて名目でしかねえんだから。実際やってる仕事は警備じゃなくて雑用だ」


 悪ぶってる――というより、気楽な姿勢なのだろう。


 国の中枢で魔法師に加えて、政府や企業の重鎮(うるさい連中)を相手にする必要が無いのだ。ある意味ストレスの少ない職場だろう。


「この結界の数だと侵入者なんていませんよね」


 仁は帝様のマナとやらに慣れてきたのか、辰馬の堅苦しくない対応で緊張がほぐれたのか。御所の神聖な空気を感じられる程度には落ち着きを取り戻してきた。


「ははははは、わかってねえな、坊主」


 仁の見当違いな感想に辰馬は大げさに笑う。もしここに春奈がいれば、この結界が拠点防衛用の術式ではないと教えてくれたかもしれない。


 けれど、異能を最低限にまで抑えてる仁ではこの結界の意図を読み解くことはできなかった。


「ここは天上之帝様が神域、結界なんて人払いと帝様のマナを散らすためのモンだけだ。神域の守りは帝様自身が動く、あの人はそういう人だ」

「そういえば真祖と同格の魔法師でしたか」


 そう――ここは最強の魔法師が暮らす地なのだ。一流とはいえ、ただの魔法師が張る結界に頼らずとも、帝の魔術だけで守りは事足りる。むしろ、帝からすれば窮屈に感じるだけである。


 帝が貴人という意識の強かった仁は辰馬に指摘されて、それを思い出す。


 仁と話していた辰馬は突如、別の場所に視線をずらし恭しい態度を取る。


「――ええ、申し訳ありません。すぐそちらへ案内します」


 辰馬は虚空にむかって誰かと話している。仁でも感知できないそれは魔術か異能なのか、何の痕跡も見つけられない。


「帝様ですか?」

「そうだ。いつまでもしゃべってないでさっさと連れて来て――だそうだ」


 おそらく帝の真似らしく、高い声を出す辰馬の頭上から木製のタライが落ちてくる。御所の警備も任される魔法師がこの程度の奇襲を回避できないはずがないが、足元には蔦が絡ませるほどの徹底ぶりだ。


「……あーいってぇ。わざわざ角をぶつけなくてもいいじゃないですか」


 ぼそりと「来客中だから大丈夫だと思ったんだがな」と余計な事を言う辰馬に二度目のお仕置きが落ちてくる。


「二度も同じ手が通用すると思わんでくだせえ――、って、それはずるいですよ!」


 回避ではなくキャッチしようとした辰馬に落下してきたものは水入りタライ。彼はそれをキャッチし損ねて頭から水を被った。



 地面にびしょ濡れで倒れ込んでいる辰馬をどうしたものか。仁が悩んでいると清流が如く澄んだ女性の声がどこからか聞こえる。


(愚者、辰馬はいつも一言多いのです。辰馬それは放置して構いません。御剣の子はこちらへ)


 仁の足元で、案内するように点々と続く光が現れる。おそらく今の声が帝様なのだろうと思った仁は、その案内に従うことにした。


「坊主! ……場所が場所だから異能を控えてるようだが、いつでも戦えるようにはしとけよ」 

「それってどういう――」


 辰馬にどういう意味か問い掛ける前に姿が消えた。文字通り神隠しにあってどこかに飛ばされたのだろう。


「マナの感知能力は抑えてるつもりはないんだけどな」


 仁はここが自分の常識が当てはまらない場所なんだと再認識して、帝の居る御所へ足を踏み入れる。




 御所の庭には壁となる仕切りはない。大昔の寝殿造りを再現したお屋敷は煌びやかな物ではなく、日本らしい侘び寂びを表現している。


 砂利の敷き詰められた道を踏み鳴らしながら、仁が案内されたのは大きな庭であった。入口で感じていた異質なマナは徐々にその濃度を増し、まるで大社にいるかのような錯覚を起こす。


「謁見の場にしては随分開放的ですが?」


 誰もいない空間で、危険を感じた仁は大きく後ろに跳ぶ。


「察しは付いているのだろ。謁見の前に御前試合だ」


 仁の居た場所には一本の槍が突き刺さる。血のように紅い――ではなく血で作られた槍だ。


「吸血鬼がなぜここに……っ」


 建物の中から槍を投げたのは、金の髪をなびかせた美女。サーティスと同じ紅い目に、黒いゴシックドレスから覗く肌は白い。


 モデルも裸足で逃げだすプロポーションの持ち主は、舞台から降りる女優かのように御所の段差を歩く。


「御前試合だと申したろう。下らぬ問答に時間を取るつもりはない。――さあ、構えろ。剣聖(ソードマスター)の坊や」


 ティスが吸血鬼だとわかってすぐ資料を読み漁った仁には、彼女が吸血姫であるとわかる。


 血の武器を生み出せる異能を持つのは真祖と第一世代しかいないからだ。


「ちっ。こんな玩具で禁忌等級と戦えってか!」


 手持ちの装備はただの金属杖と両手のWSDのみ。準備不足な状況に仁も文句の一つが出る。


「――ん? 天上殿ですか……わかりました」


 槍を宙に構えていた吸血姫も、仁が持つ武器が見合わないものだとわかって少し待っている。


(失敬、武器の事が抜けていました。宝物庫から適当に選びましたのでお使いください)


 そんな彼の前に帝が一本の刀と鞘を出現させる。それはただの鉄で打った刀で、実用に適した最低限の装飾しかされてない平凡な見た目をしていた。


(忘却、その刀の銘はなんだったでしょうか……。いえ、覚えていないということはその程度だったということです。頑丈さは保障しますので、どうぞお好きにお使いください)


 帝は上等なモノではないと言うが、それが普通の刀でないことは手に取らずともわかった。


 刀身は周囲のマナを取り込み薄っすら発光し、今にもこの身を振るえと言っているかのようにマナを波打たせる。


「もしかしなくてもレガリアクラスの刀だろ」


 OverTechnologyWeapons――英雄のレガリアとも呼ばれる超兵器を指す言葉。


 過去の英雄達が振るったとも言われ、強力な概念が内包された武器は今の技術を以てしてもWSDで再現できていない。


 仁は仕込み杖を適当な場所に投げて突き刺し、刀を手に取る。


「ふむ、その刀をどこかで見たような気が――、どこだったか」


 実際手に取ってさらに顔を引きつらせる仁に吸血鬼が話しかける。彼女も見覚えがあるらしくどこで見たのか、記憶を掘り起こしていた。


「あなたも忘れていると。帝様もそうですが何かを隠しているのか、単純に忘れてるのか」


 美女は手を顎に当てて考え込むが思い出せなかったらしい。忘れた事はきっぱりと捨てて、戦いに意識を戻す。


「さあな、千年以上生きてると色々抜け落ちていくのも摂理であろう。しかし、これで武器の不利はなくなった。これで、存分に余を楽しませて見せろ」


 千年――吸血姫の中でも最古参であろう情報に仁の表情は険しくなる。そんな仁を悪戯っぽく笑いながら吸血姫はさらに槍の数を増やし、二桁の紅い槍を宙に舞いさせる。


 ――そして、彼女の手を振る動作を受けて槍の雨が降り注ぐ。


「武器さえあれば凌ぐくらいはできんだ――よっ!」

「感心、感心。安易に異能の力に頼らぬか。そうであったなら、力尽きるまで物量で押し潰しておったぞ」


 魔術による肉体操作を限界にまで引き上げ槍を避け、無銘の刀を槍の柄に当てて弾き飛ばす。


 一息つく間もなく降り注ぐ槍を回避し、時には切り裂きながら無傷で捌く仁に吸血鬼は戦いのギアを一つ上げることにした。


「ただ飛ばしただけの槍ではパワー不足。だが、直接投げた槍なら――どうだ?」


 そう言って一本の紅い槍を手に取る。吸血鬼の強化外骨格も関係ない圧倒的な膂力からくり出される投槍は、人体を容易く貫通する威力を持つ。


「――くっ、この馬鹿力」


 風を切る――ではない、(くう)を貫き轟音を鳴らす赤い死神。仁は迎撃は困難と瞬間的に判断し、真横へ飛び込むように回避した。


 その直後、着弾点から爆音と共に土と芝を吹き飛ばすクレーターが生まれる。


 美しかった庭は見るも無残な姿になったのだが、吸血鬼が気にする様子はなかった。


「麗しいレディに言ってくれるな。余の硝子でできた心は傷ついたぞ」


 吸血鬼の横には順番待ちしている槍の行列がある。仁にもこれから何が起こるのかすぐ理解できた。


「では、その失言の償いをしてもらうとしよう。――立ち止まってる時間はないぞ」


 なんとも嫌らしい攻撃だ。――仁は辛うじて躱せる連射で、辛うじて防げない威力の槍をひたすら回避し続ける。


「この程度か? 剣聖の坊や。貴様にあの童を守る力がないようでは、余が殺すことになるぞ?」


 金属を砕く音が続けて二度、庭園に響く。


「……どういう意味だ」


 空間と共に槍を切り裂き、静かに仁は吸血鬼を睨みつける。その目は異能を発動寸前の状態だ。


 吸血鬼は仁の放つ気配の変化を見て、槍を投げる手を止めた。


「陛下の御意思だ。貴様が知る必要はない」


 クローンの吸血鬼の事が既に知られている


 彼女らが保護か、処分か、どちらに傾くか不明であった。しかし、目の前の暫定吸血姫は処分するつもりなのだ。


「いいだろう、あんたの挑発に乗ってやるよ。あんた達がアイツを殺すつもりなら、俺が守ってみせるさ。――『無念無想――、我こそ剣を以て理を覗く者也』」


 仁の覚醒に無銘の刀も力強いマナの脈動で応える。


 その姿を見守る吸血鬼は童との遊びが――戦士との戦いへと変わることに、一瞬だけ狂気を含んだ笑みを見せた。

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