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運動音痴の現代剣聖  作者: 本間□□
2nd magic 人工吸血鬼は恋をする
18/35

3

「悲鳴のヌシはあれだろ?」


 白虎が見つけたのは聴覚ではなく嗅覚で、だった


 仁がその現場にたどり着いた時、辺りには微小な鉄臭さがあった。


「おいおい、まじかよ」


 距離のある物陰からすぐに突入しない程度には、冷静な仁は小さく舌打ちする。


「三人組の男が仲間で、少女一人をクロスボウ片手に追いかけ回してた……ってところか」


 日光とは無縁に思える日焼けのない白い肌、うす暗い周囲を照らすかのような美しい銀の髪が人間とはかけ離れた美しさを体現している。そんな儚げとも言える少女の太ももには一本のボルトが刺さっていた。


「いつの世も変わらんな。なあ、妖狩りの御剣」

「あれと一緒にすんな」


 傾いた太陽の光が僅かに入る裏道に、表情の無い仮面が不気味に浮かぶ。


 黒い無地のコートからでも体格でそれが男であることはわかる、あまりにも怪しい風貌の人間が三人。一瞬、それが大陸の人間かと頭を過るがすぐさま否定する。


 男達が首にかけている十字架ロザリオを見て、奴らが北中華とは無関係な可能性が高いと判断した。


 それに奴らはクロスボウなんて旧時代の武器は使わない。機械仕掛けの小型化されたクロスボウを使う奴らの心当たりは一つしかない。


「とりあえず、黒い方を無力化するか」

「うちは暴れられるならなんでもいいんやけど、あっちの味方していいん?」

「はっ、武器を持った男とWSDも持ってない少女。前者を攻撃して何が悪い」


 白虎の問い掛けに仁は鼻で笑い、わざわざ日本で暴れてんじゃねえぞと仁は言いたくなる。

 

 あの四人の中に誰一人として黒髪は居らず、どう考えても日本とは無関係な争いにしか見えないからだ。


「後者が異能者やってわかってて、そのうえ少女であるかも怪しいってのに。後でなんか言われても知らんからな」

「問答無用で攻撃してもいい状況になればいい」


 携帯端末の翻訳機を起動させて仁は突入するタイミングを見計らっている。その彼に白虎は最後に念を押す。


「いいのか? あの子供はヒトではないぞ」

「今を何世紀だと思ってんだ。異能者が妖怪と呼ばれていたのが何百年前のことだ?」


 過去の日本では共存できる妖怪に関しては、国が裏で人間として保護してきた。――いや、保護してきたのは御調を筆頭にした御三家が正しい。彼らの上司はそれを容認していただけであった。


「『吸血鬼(ヴァンパイア)』だろうが、狼人間(ワーウルフ)だろうが関係ねえ。剣聖()の剣は誰かを守るための剣だ、そうだろ?」

「変わらないのはお前らもか……。いいさ、好きに暴れてやれ。帝の剣よ」


 仁が白虎と話してる間に、男はクロスボウの装填を終えている。


「言われなくとも。――白虎、お前は制圧に回れ!」


 仁はWSDに待機させていた魔術を使い、風となって走る。


 正面から見ていた明久ですら一瞬反応の遅れた高速移動だ。完全な奇襲であった男達が反応するより早く、少女に近づく。


「つまんねえこと、してんじゃねえぞ!」


 少女に向けられて放たれたボルトを仕込み杖で弾き、仁は少女の前で仁王立ちする。


 男達は何か言ってるが、動きながらではノイズが酷くて翻訳はできない。


「『動くな!』」


 左腕のWSDが見えるように男たちへ向け、胸ポケットからわずかに顔を覗かせる携帯端末のスピーカーから英語に翻訳された音声が流れる。


「悪いが、こっちを処理するまで待ってくれ」


 仁は少女の方を振り返らず、男達に視線を固定したまま声を掛ける。助けられた少女は太ももに刺さったボルトで返事もできないらしく、痛みの嗚咽のみが聞こえる。


 治療をしようにも、まずは目の前の男達に対処せねばならない。仁は心の中で男共にありったけの罵倒を投げて、できるだけ早くケリを付けると決めた。


「――――」


 WSDを見ても動じることなく、男達の一人がクロスボウを仁に向ける。


 近くにいる男は「消えろ、小僧」と静かに答える。もちろん男が日本語を話したのではなく、仁の片耳に付けている無線の翻訳からだ。


「お前ら、『血の狩人』のテロリストだろ?」


 猫形態の白虎が物音を立てずに男共の背後に忍び寄る。仁はそれを一瞥して男達がテロリストである確信を得る為、会話を続ける。


「過ぎた好奇心は身を亡ぼすぞ」

「はははは、無知もまた罪だ。対象外の異能者も少しは勉強したらどうだ」


 不審者は特定の異能者だけを狙う狩人、魔族狩りや祓魔師を名乗るテロリストである事を否定しない。


 奴らは吸血鬼や狼人間など、『魔なる血(デモンブラッド)』と過去に呼ばれた異能者を執拗に狙う。


 もし推測通りなら、必然的に少女もその系統の異能者であると考えるのが自然。


「過去の妄執にしがみ付くだけの狂信者が。ヴァンヘルシングもあの世で嘆いてるだろうな、後進が思考停止の役立たず野郎で」

「――死ね!」


 大当たり。


 仁と話していた男とは別の人間がクロスボウを撃つ。


 ヴァンヘルシング教授は大昔の小説に登場するもっとも有名な吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)。それは創作なのか、事実を元にした物なのかは不明だ。


 けれど、彼らはヴァンヘルシングが実在したと主張し、崇拝していた。その崇拝の対象を出せば簡単にボロを出す。


 仁はあまりにもうまくいった愉悦を隠さず、獰猛な顔で白い歯を見せる。


「これで攻撃しても問題ねえなあ……。やれ、白虎!」


 飛んできた金属製の矢を仁が切り払う。最後の一人が少女を射線に入れて二射目を放ってみせるも、そちらはWSDに待機させていた風のシールドで逸らした。


「一人でなかったかっ! ――小賢しい!」


 人の姿に戻った白虎が男の背後から襲い掛かる。手加減のために魔術も武器も使わず、前に立っていた男以外の二人を素手で瞬く間に意識を奪った。


「お前ら実戦経験が少なすぎるだろ、新人か?」


 背後の仲間が出したと思われる野太い悲鳴に最後の男が思わず振り返る。


「きさ――まっ……」


 そんなあからさまな隙を仁が見逃すなんてこもなく、仕込む杖を抜かずに男の意識を刈り取った。


「さって、次はこっちか。監視は頼んだぞ!」


 軽く息を吐いた仁は白虎の「あいよ」と返事を聞いて、地面にうずくまる少女の方を見る。間近で見る小学生低学年程度の少女は自分と同じ人間には見えなかった。


 美人を春奈で見慣れてなかったら――、あるいはもっと成長した姿なら――。


 そう言いたくなるほどの妖艶さを感じさせる。


 これが魔性――なんて言われる由縁か。


 仁は彼女がサキュバスか何かじゃないかと考えるも、それはすぐ違うと気付いた。


 センスのかけらもない、いかにも、ある物を着せられただけの衣服は所々破けて肌が露出している。しかし、そこにあるはずの傷痕はなく白い肌がほんのりと赤くなっているだけだった。


「吸血鬼――『超越者(オーバーロード)』か」


 超越者は変異系全身型の最上位異能。吸血鬼以外にも巨人や妖精も同じ変異系異能に当たるのだが――。これほどの再生能力を持ち、白い肌と赤い目は吸血鬼の特徴といえる。


「――っ」

「悪い無神経だった。――今から治療ができる人間を呼ぶから大人しくしててくれ」


 さすがに高性能なAIでも人間の機微を翻訳することはできない。


 仁の不用意な一言で、少女の体が痛みではなく恐怖で震える。それを見た仁はすぐに謝罪し、優しく子供の頭を撫でる。


 少女の後ろから足音が近づいてくる。仁が一度白虎のほうを見ると、首を横に振る。


「――民間人に音を聞かれたか?」

「いや、違うで。主とそのお友達や」


 白虎の言う通り、亀型の玄武を肩に乗せた春奈が近づいてきた。その後ろにはおっかなびっくりなで一緒に歩く立夏もいる。


「お疲れ様」

「なんだ、お前らも来たのか」


 完全にすやすやと寝息を立てる玄武を仁は無視する。今はそれにつっこんでいる余裕はないからだ。


「戦闘がすぐ終わるのはわかってるし、他に不審者もおらへんもん」


 仁の足元で横になる少女を見た立夏は思わず「綺麗な子」と口に出るが、太もものボルトを見て顔色が悪くなる。


 しかし、春奈のほうは白虎との念話で少女の異能を知らされていたからか、表情は変えるまではいかない。


「それでそっちの子が助けを求めてた子?」

「ああ、治療したいんだがどこに頼るべきか……」


 仁がとりあえず祥子さんに連絡を取るか、そう思って端末を取り出す。その間に春奈が少女の前で膝をつく。


「とりあえず魔術で痛覚を鈍らせてみるわ」

「そんな術式、ストレージにいれてるのか?」

「術式の中身が見たくて、解析した後もそのまま……入れっぱなしだっただけだったり?」


 他にも身体を簡易的にスキャンするための術式であったり、使うかどうか怪しい魔術までWSDの記憶領域の端で置物となっていたのは知的好奇心に依るものであった。


「そのWSDなら圧迫される事は無いと思うが、たまには整理しろ」


 リングから立体ディスプレイを呼び出し、記憶領域から目的の魔術術式を探す春奈に仁はあきれ顔だ。


 その彼女は魔術をコレクションするのが楽しくなったのか、消すつもりは無さそうであった。


「ストック数が三桁見えてきたから、このままいけるとこまで行かせてな。――ってこれはなんかおかしい? この子の体質が邪魔してるかも」


 少女に了承を得て応急処置を始めた春奈であるが、途中で変な手ごたえを感じて魔術を止める。


「いや、矢が原因かもしれん。吸血鬼の概念耐性も受け入れたら効果は発揮しないはずだろ」

「そっか。吸血鬼が目的なら矢にAMMぐらい仕込んでてもおかしくない?」


 AntiManaMatter(反マナ物質)――異能や魔術などの人が使う魔法の源であるプラスのマナ物質とは逆、ネガティブなマナの正式名称だ。


 AMMは魔法に触れると、内包するエネルギーを使って打ち消す性質を持ち。一見、魔法に縁の無い人間には優れた物質に思える。けれど、実際にはその中身はヘドロより汚らしい物質だった。


 人の強い意思――すなわちプラスな感情から生まれるマナ物質の逆という事は、反マナ物質は人の苦痛から生まれる。


 当たり前であるが人を痛めつけて生まれるエネルギーを国が認められるはずがない。その事実が知られた時点ですぐさま製造、所持が禁じられる禁制品となった。


「そのAMMってこれのことやろ?」

「それぞれ持ち込んでたとは、用意周到な連中だな。どこでこんな危険物を手に入れたんだか」


 白虎が地面に転がされた男をまさぐって、厳重にロックされた長方形の箱を三個も取り出す。その箱はマナを通さない素材で作られており、魔法の塊である白虎が触れても反応を起こすことはない。


 封がされたままの二箱を白虎に渡された仁は軽く振って中身の有無を調べた後。箱の表に描かれた文字を指でなぞる。

 

「中身は……確認するまでもないな。『Divine Bolt』――神に捧げた矢か神聖な矢か知らんが。人間を捧げて人間を殺す――時代遅れで無意味な行為にいつまで執着するのかね」


 御剣も人に仇名す妖怪を退治してきた一族。故にその成り立ちを否定はしないが、時代の流れに乗れなかった愚か者を見下す。


「こいつらの方が悪魔なんじゃないの?」

「実に的の得た意見だ。『血の狩人』ではなく『血もない悪魔』に改名してもらうか」


 気絶していると分かっていても、警戒してる立夏は遠巻きに男達を睨んでいる。その彼女の意見には仁も同意する。


 そんな放っておくと、いつまでも罵倒していそうな二人を春奈が止める。


「怒ってるのはわかったから、雑談はそこまでや。仁君はボルトを抜くの手伝って」

「ANNは?」

「無意味なマナを流して無駄遣いさせてやった。今は完全に痛覚を失ってるはずやから、矢を抜いてすぐに異能を使ってもらったらええはず」


 魔法を無力化すると言っても、そのエネルギーは有限。わざと相殺させて力を使い切らせたら、ただの金属製ボルトと変わらない。


「――異能の力だけでいいのか」

「ちょっと確認しておきたいことがあるんよ」

「そうか」


 翻訳が届かない小さな声で問う仁に、春奈も声を落して答える。


 どうせ奴らが襲撃してくる可能性を考えると病院に頼るのもリスクがある。ここで再生できるならそのほうがいい。

 

 仁はそう思い、少女の異能に自身の治癒を委ねることにする。


「いけるか?」


 痛みを感じなくなった少女の表情は少し安堵したようで落ち着いたものになっている。異能による生命力の強化で致命傷にはなっていないが、早く治療を施すに越したことはない。


 仁の異能による再生が可能か確認すると、少女は理解して頷く。


 小学生――それも低学年ぐらいの少女に何もできないことを仁は心苦しく思うが、春奈と同じように視線を子供に合わせる。


「工藤は直視するなよ、――飯が食えなくなる」

「――ごめん」


 ボルトを抜くのは仁一人で十分だ。春奈は少女の頭を抱きしめて、傷口が見えないように視界を塞ぐ。


「準備はいいな?」

「うん」


 初めてマトモに聞いた透き通ったハープの音色のような少女の声に、仁は思わず彼女の頭を撫でる。


「感覚は……無さそうだな」

「大丈夫。『慣れてる』から、お願いします」

「――そうか」


 嫌な言葉を聞いた仁はボルトを手に取って軽く呼吸を整える。「いくぞ」――仁が声を掛けると同時に、ぐちゃりと柔らかい肉の感触に無心で矢を引き抜く。


 しっかりと魔術が効いてる少女は悲鳴を上げることもなく、静かに合図を待っていた。


「抜けたぞ!」

 

 それを聞いた少女は吸血鬼の再生能力を見せた。再生途中の内側から蠢くピンク色の肉を直視した仁はその不気味さに思わず顔を逸らす。


「終わったぞ、工藤」


 ある程度再生が済んだ所で少女は気を失った。異能の使い過ぎと、春奈の温もりで彼女の気が緩んだからだ。


「あーうん、何もしてないけど。ほんとごめんなさい」

「この子を見つけたのは工藤の異能だろ。誇っても良いと思うが?」

「……ありがとう」


 立夏は仁の真っ直ぐな称賛に顔を赤らませる。それを春奈はにやにやと今にも口笛を吹きそうな顔でみていた。

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