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制服姿の美少女が気の抜ける調子外れな歌で街中を歩く。
「おーわった、おわたー。式神百枚枚三セット作り終わったんやー」
数週間前に頼まれていた探査用の式神を、厳重なロックの掛かった保存ケースと一緒に生徒会室の金庫に預けた。
その放課後、春奈の即興で作った歌が今の心境を表している。
「式神三百体って聞いただけで頭痛くなる量……」
春奈に遊びに行こうと誘われた立夏は、何百と式神を作る想像をしただけで苦痛に顔を歪ませる。
大部分を機械で作れると言っても、魔術的に人の手が必要な作業を無くすことはできない。ひとつひとつが簡単に作れるとはいえ、大量使役が得意な春奈が解決できない欠点の一つでもあった。
「そやろ? もっと褒めてくれてもええんやで。これボランティアやし……」
「だから祥子さんが、『友達誘って外食でもしてらっしゃい』ってお金を渡してくれただろ?」
春奈が立夏を誘った理由がご褒美のお裾分けである。仁と二人で食べに行くより友人も一緒が良かったからなのだが、蓮司と秋穂は部活のため不在だ。
「お腹だけじゃなくて、精神的に満たされたい!」
「はいはい、お疲れさん。――で、結局何を食べるのか決めたのか」
「んー、決めてなーし」
仁の投げやりな労わりを春奈は気にせず、マイペースに近くの店を見回す。
三人は学校の近くにある商業区ではなく、公共交通機関でダンジョンの近くにある繁華街へやってきた。ダンジョンから戻って来たハンターに混ざって、制服姿のままぶらぶらといい所はないかと探索している。
「学校の寮は八時が門限だから。それまでに帰れる範囲でお願いだよ?」
「そこまで遅くまで遊ぶつもりはないから大丈夫、大丈夫」
せっかくだから、思いっきり贅沢したいという春奈の要望に応えてここに来たわけであるが。
「さて……色々あるって言っても居酒屋が多いけど何処が良いかな」
「魔物料理なんてどうだ」
仁はダンジョンの近くに来たのだから、高級食材である魔物を使ったレストランはどうかと提案する。
「それや! ドラゴンステーキは無理でも魔牛なら届く?」
「十分足りると思うぞ。――滅茶苦茶に高い店を選ばなかったら」
そろそろ部活の片付けや帰り支度を始めてるだろう二人には悪いと思いつつも、立夏は昔食べた牛系魔物の味を思い出して涎が零れそうになる。
「本当に私も一緒でいいの?」
手で口を押える立夏もさすがに魔牛なんて高級食材を奢られるのは気が引ける。しかし、仁も春奈もそんなこと一切お構いなしで、どこかに扱ってるレストランがないか探し始めていた。
「ええよ、ええよ。うちも御剣も伊達に魔法の名家なんて呼ばれてへんってば」
「俺らだけ美味しいもん食ってる方が食べにくいわ。――小鳥遊と蓮司は……運がなかったな」
「あの二人も魔法師なんやから、これから食べる機会なんていくらでもあるやろ?」
……これが本当のブルジョワか。
高級な肉を食べに行こうと気楽に言い出す二人に、立夏は自分の感性が庶民に近いのだと改めて認識した。
「中央がハンター向けで、東の南寄りが良さげかな」
「ああ、そっちにオフィスビルが多かったな。立夏は……、いけるか?」
春奈の口は魔牛を欲している。
さっきまで適当に良い感じのお店に入ろうなんて考えていたのに。春奈は道を逸れ、携帯端末で値段を参考にレストランを探し始めている。
「それってどう考えても名前の前に『高級』が付くレストランとかホテルじゃないかな!? テーブルマナーとか全然知らないんですけど!」
それに焦り出すのは三人の中で少数派の庶民である。魔法科学校の制服ならドレスコードに問題はないと分かっていても、ブルジョワではない立夏には富士より高いハードルだ。
「ここなら、どう?」
「……どれ?」
立夏は春奈の端末を見て少し悩む。
「これなら何とか……。二人ともごめんね」
確かにこれなら味のわからない食事なんてことはなく、高校生でもいけるレストランかもしれない。
わざわざ自分に合わせた場所を選んでくれた春奈に立夏は感謝し、主役に気を遣わせたのを気まずそう謝る。
「うちも格式張った場所で食事するのは面倒やから、これでええねん。――なあ、仁君」
いくらテーブルマナーをしっかり叩き込まれたとはいえ、春奈は堅苦しい食事が好きではない。そういった細々とした事を気にせず料理を味わいと本心からの言葉である。
「お前はそれが嫌で東京に逃げてきたんだろ?」
「それも……一理ある。――てへっ」
春奈が後継者ではないからこそ許される暴挙であろう。他にも派閥争いが嫌な彼女の意図を汲んだ現当主の計らいでもある。
舌を出して誤魔化す春奈に、仁も仕方なく苦笑して流してしまう。そんな二人に立夏も笑みをこぼした。
目的地を決めた三人は歩いて移動する。私服姿のハンターが多かった通行人も、スーツ姿に移り変わっていた。
そんな中、
「――えっ?」
突如立夏の足が止まる。
「どうした?」
「なんか女の子の悲鳴が聞こえたような気がして……」
「俺らは聞こえ……ないのは異能か」
仁は立夏の異能を思い出すが、それでも念のために自分も耳を澄ませる。
「素の状態だからそこまで遠くないと思うんだけど、――どうしよう」
異能は無意識下でも多少の影響を受ける。立夏は僅かに聞こえた音の方向、路地裏を指さす。
「聞こえた以上、そのまま立ち去るのも後味が悪いだろ。春奈のご褒美はお預けか」
「駄目なら駄目で後日にしますか」
「警察に任せちゃえばいいんじゃ」
少し緊張気味な立夏はそう提案する。
一方、仁は正義感ではなく義務として動く。悲鳴だけで通報するのはあまりにも情報不足だからである。
「状況を確かめてからでも遅くはない。春奈、偵察を頼む」
「ほほい。――玄武、白虎、出てらっしゃい」
春奈が呼ぶと隠行で姿を消していた式神が姿を現す。魔法で隠れていたのではなく、マナだけの存在としてWSDのマナバッテリーで待機していたのだ。
「――うちの出番や!」
「……呼んだ?」
出てきた二人の内、白虎は相変わらず元気な様子で。玄武――黒い髪の少女は眠たそうな顔で欠伸をしながらだ。
「白助は俺の補佐を」
「えー、補佐じゃなくて暴れさせてよ」
文句を言いつつも猫の姿に変化して、白虎は仁の肩に飛び乗る。
「知るか、ここは街中なんだよ。黒子は春奈と彼女の護衛を頼む」
「了解……ぐぅ」
「立ったまま寝んなよ」
うつらうつら寝る玄武に立夏はこんなのが護衛で大丈夫なのか不安になる。よく名前の出てくる有名な存在であるが、とても強そうに見えないのでそれも仕方のない事だ。
「あー、これでも並の魔法師なら軽くあしらえる程度には強いから安心しろ」
「玄武は結界術のスペシャリストやから、守る事に関しては四神で一番適してるの子だから……」
主とその身内が擁護するも、当の本人は春奈の腕にくっついて目を瞑っている。
「ゲンが寝坊助なのはいつもだから気にするだけ無駄だってば。危険が近くに迫ったら勝手に反応するから、そういうモンだって思っておけばいいさ」
白虎は毛づくろいしながらこう言う。
白と黒の縞模様が珍しい、まるで白い虎を猫サイズまで小さくした姿。その愛らしさに立夏は頬を赤らませ、撫でようと白い毛に手を伸ばす。
「黙って触ろうとすんな!」
「――あうっ」
白虎の尻尾でペチンと手を叩かれた立夏はそれも嬉しそうに顔が破顔している。たまにいる拒絶されてもダメージを受ける所か、喜ぶ人種に白虎は嫌そうに仁の肩から逃げ出す。
決して被虐趣味という意味ではなく、猫のつれない態度が可愛いと思う性質の人間の事だと補足しておく。
「白虎! 場所はわかるの?」
「うちをなんやと思ってんの、マスター。虎の耳が人間に負けるとでも?」
自慢の耳をちょこちょこ動かし、白虎は音のする裏路地へ入っていく。仁も置いて行かれる前にその後を急いで追いかける。
「おい! 俺の足を考えて案内してくれよ?」
「はいはい。ニンゲンは――いや、仁は走るのが下手だからな。って、おいこら。魔術まで使って本気で斬りかかってくんな」
けらけらけら。
可愛さのかけらもない猫の笑い声に、仁が仕込み杖のスィングを飛ばす。白虎は猫科の身軽さでそれを避けて、走り出した。
小説書くの楽しい……、全然日の目は見ないけどな!
VRモノは出すのが確定、異世界恋愛も今短編として書き書きしてるってばよ




